「――…」
ゆっくりと重い瞼を開ける。開けた視界に、ぼんやりと映ってくる誰かの顔。自分を覗き込んでいるのだろう。ぼやける視界が次第にハッキリとしてきて、見覚えのあるその人物の表情が変わったのがわかって、
「わぁ!よかった!……だいじょうぶ?」
可愛らしい顔と声の持ち主はシンバが目を開けたのを確認すると満面の笑みを浮かべたが、しかしすぐに表情を落とした。
――マリン
どのくらいの間瞳を閉じていたのだろうかと考えながら、視界を広げ辺りを見回す。見た事あるような無いようなその風景。マリンがいるということは自分は今何処かの―おそらくセブンスヘブンの二階にあるであろう部屋のベッドの上にいると認知する。ご丁寧に布団まで被せられており、手厚い看護を受けているのがよくわかった。
返事をしない自分により不安になったのかマリンは泣きそうな顔をしてしまっていて、ユックリと左手を持ち上げ「大丈夫」と彼女の頭を撫でた。刹那マリンはニッコリと笑ってくれて、その笑顔につられるようにシンバも笑みを浮かべた。
ふと左手に―いや両手についていたはずの錠がない事に気づいた。おそらく誰かが外してくれたのだろう。
「…おみず、のむ?」
「うん、ありがとう」
嬉しそうにまた笑って部屋を出ていったマリンと入れ違いに、黒髪の似合うスラッとした女性が目に映る。シンバはまじまじと目の前の人物を見つめてしまった。すげースタイルいい。すげー美人。本物だ。それは紛れもなく、本物のティファだった。
喜びたい衝動に駆られたが、それを必死で抑えようとあからさまに黙りこむ。
「目が覚めたのね。気分はどう?」
「…よくは、ないかも…!」
くらくらする頭を押さえながらシンバは態勢を整え、座りなおした。
銃が掠めた場所にはキレイに包帯が巻かれていた。それに自分が着ているのは白いワンピースではなく、Tシャツに短パン。…きっとティファのものだろう。少しシンバには、大きかった。
「あなた、名前は?」
「…シンバ」
「シンバ、私はティファ。さっきの子はマリンっていうの」
うん知ってる。と心の中で呟きながら、コップを抱え戻ってきたマリンからそれを受け取り口元へと運んだ。冷たい水が体内を伝って行くのが感じられ、そうとう喉が渇いていたのかと実感する。そういえば実験台にされた時から何も飲み食いしてない事を思い出した。
「クラウドが血だらけの貴方を抱えて入ってきた時には吃驚したわ。…あ、クラウドっていうのは――」
「…金髪の?」
シンバはわざとそう問うた。知ってるよなんて口が裂けても言えない。知らないふりをするのは大変な事だとこの世界に来てから改めて実感している。
「そう、私の幼馴染なの。仕事帰りに倒れている貴方を見つけたって」
「クラウドが見つけてくれなきゃ、あぶなかったね」
「うん、ホンマに。…ありがとう」
「お礼なら、本人にね――?」
ドドドド――
「…?」
すこし温かくなった空気の中。響いてきたのは、大勢の足音が階段を駆け上がるような音。
「――おう!姉ちゃん!目が覚めたのか!?」
その次には度煩い声が部屋に響いており、そこには厳つい筋肉だらけの男―バレットが立っていて、続けてクラウド、ウェッジ、ジェシー、ビッグスが部屋に駆け込んできた。
「……!」
瞬間、包まれる緊張感。いきなりのそうそうたるメンツ勢ぞろいである。ジェシー、ウェッジ、ビッグスはある意味初めましてで、こんな顔していたんだとまじまじと眺めてしまった。
「…大丈夫か?」
金髪の男性―クラウドの小さく低い声が部屋に響く。 …あぁ、この声、本当にクラウドだ。とシンバは直接聞くクラウドの声にうっとりしてしまっていた。
「よかった!目が覚めたのね!クラウドが血だらけの貴方を抱えて列車に乗り込んで来た時は吃驚したわ!」
「…列車?」
「…覚えてねえのか?俺たちはとある作戦を終えて列車で帰るところだったんだけどよ」
「ところがクラウドだけはなかなか列車に乗ってこなくて」
「列車の扉が開いたと思ったら背中に貴方を背負って入ってきたんすよ!」
「あれには驚いた、うん」
壱番魔晄炉爆破後、仲間とバラバラになったクラウドが八番街を駆け回るシーンがあったな、と頭の中で回想する。…となると今頃神羅は壱番魔晄炉爆破事件と、シンバ―いやバハムートによる67階壊滅事件のダブル不祥事で忙しい事になっているだろう。
「おう姉ちゃん!名前は何てんだ?俺はバレット!マリンの父親だ!」
「私はジェシー。こっちはウェッジ、そしてビッグスよ」
「…クラウドだ」
「ウチはシンバ。クラウド、助けてくれてありがとう。それに、みんなも…」
ウェッジ、ビッグスは照れ臭そうに頭を掻いている。
「シンバ、何があった?…アンタ、神羅兵に追われていたよな――?」
クラウドのその問いかけに少し俯いて、手に持っていたコップを見つめる。
「…――」
シンバは、今までにあった事全てを話した。
気づいたらミッドガルにいて、レノに拾われ無理矢理タークスになった事。大きなドラゴンを倒した事。自分には秘めた能力があるらしい事。それがきっかけで宝条に実験台にされた事。そして、タークスが自分を売ったらしい事。その後、バハムートに助けられ逃げ出してきた事。
「そんな事が…――」
「神羅の人間はそんな簡単に仲間を切り捨てるんすか…!?」
「こんな子を、実験台にするなんて…!」
全てを話終えて自分も今まであった事を整理できた様な気がしたが、気がかりな事はまだまだたくさん残っているように思った。…寧ろ増えていく一方かもしれない。
「シンバ、それでお前は…これからどうするつもりだ?」
意外と黙って話を聞いてくれていたバレットの、突然の質問。その意味を確認するようにシンバはバレットを見た。
「俺たちは、アバランチっつー反神羅組織だ。…いわばお前の敵だ。お前が神羅の人間なら、俺たちは馴れ合う事を許されない」
「バレット…!」
ティファが身を乗り出してバレットを止めようとするも、ティファのそれを止めたのはクラウド。
「……けどよ。お前が神羅を憎むっつーんなら、話は別だ」
バレットの言葉が切れたのを確認し、シンバは視線をバレットから逸らす。
「…、」
今までの記憶が蘇るように、頭の中に回り始める。…そうして最後に思い出されるのは、宝条との会話だった。
『この世界には存在しないのだよ――』
『君は、何者だ…――?』
――…
何かを、決心したように。シンバはそっと目を瞑った。
「…ウチは、この世界の人間やない」
言ってしまえばこんなに楽な事はないと思った。モヤモヤしていた感情も、一気に吹っ飛んだ気がした。
「…シンバ?…何言ってるの…?」
それは当然の質問。皆が皆、唖然としてシンバを凝視していた。
「…そのまんま。ウチはこの世界の人間ちゃうねん」
宝条に捕まり実験され、それによって自分の遺伝子型や血液型がこの星に住む者達のモノとは全く違うものだという事が判明した事をシンバは話した。
それを宝条は鉱物を掘っていたらダイアモンドに当たったかのように喜んでいて、それを見て自分はもう終わるのだと。実験や薬漬けにされて、人ではなくなってしまうのではないかと思ったことも話した。
隠していたって、仕方がない。いづれバレるのならば、序盤から公表しておいた方が、自分的にも楽だと思った。
それに彼らは、とてもいい人達だから。嘘で接したくないと、本能的に思ったのかもしれない。
「その時にバハムートが現れて、助けてくれたん。…それも宝条は喜んでたけどな、」
「……」
「ウチは、もうあの場所には戻れへん。…ううん、戻りたくない。タークスの人らはみんなええ人らばっかやったけど、ウチの事売るくらいやからもういらんやろうし」
やはり自分はタークスには向いていなかったのだ。根っからの平和主義が悪の道に染まる素質なんてない。今思えば、いいきっかけだったのではないのか、なんて。
握っているコップの中の水に自身の顔を写す。話した事に偽りなどない。…それが、今の本心だった。
「別に神羅を恨みたいとか、そんなんはない。…でも、神羅にはもう――」
シンバはもう一度バレットに目を向けた。二人の視線がぶつかる。
「だからってわけやないんやけど…よかったらウチをアバランチに入れてくれへんかな?」
一人ではいたくない。シンバはそう付け加えた。
「……何か特別な力を持った、違う世界から来た女。…神羅がそれを利用しないわけがないな」
現に神羅兵や研究員達がシンバを必死に取り戻そうとしていた事。きっとシンバはとてつもない何かを持っているのだろうとクラウドは思った。
「…これ以上、神羅の好き勝手させてはいけないわ!」
「そうっす!神羅からシンバさんを守るっす!」
「賛成!!」
「いいっすよね?!バレットさん…?」
「…お、俺は最初からそのつもりだったっつーの!……ちょっと、シンバを…為しただけだっ!」
そう言ってバレットはバツが悪くなったのか、みなに背を向ける。
「…ウチの話、信じてくれるん?」
「……あれが作り話ならたいした大嘘付きだな」
チラリと振り返ってそういうバレットがどこか可愛らしく見えて、シンバは一つ微笑んだ。
「そやな。…ありがとう」
「元タークスに元ソルジャー!心強いわね」
元タークスといったって試用期間一ヶ月程度である。そんなに期待はして欲しくない。なんせタークスの前は一般社会人だったのだから。
「よろしくね!シンバ!」
「ようし!そうと決まれば次の作戦会議を早速始めるぞ野郎ども!!」
「「おー!!」」
バレットとその一同は勢いよく部屋を飛び出していった。ティファは軽く食事を用意してくると言い、マリンと共に部屋を後にしていく。
残ったのは、クラウド。たいてい初対面ならお互いの情報を交換し合うのだが、シンバは全てを知っているので何も聞くことがない為、逆に質問が浮かばない。クラウドに関してはきっと無口だろうから質問が無いのも納得は出来る。…とすればやはり話を切り出さねばいけないのは自分か。と考えていると、クラウドが先に口を開いた。
「そういや、これ…」
クラウドがそう言って差し出したのは、ロッドと赤い丸いモノ。
「シンバの、だろ?」
「うん、ありがとう…」
シンバはそれを受け取るとロッドは自身の膝の上におき、マテリアを自身の手のひらの上に置いた。そして、それを見つめる。
「バハムート、か。…すごい力だな。そんなマテリアまだ見た事が無い」
「…これが、バハムートのマテリア…?!」
「なんだ?知らないのか?…赤は召喚マテリアなんだ」
…そういえばそうだった気がする。あんなにやり込んでいたのに何故今まで気づかなかったのだろうかと自分で自分を疑った。
しかし、それでも自分の中の疑問は終わりを見せない。
「…ホンマにここから出て来たんかわからへん」
「…マテリアを使って呼び出したんじゃないのか?」
「呼んだんかなあ…。けどウチそん時マテリア持ってなかったよ?」
クラウドもシンバの手の中のマテリアを見る。
「しかもさ!そのバハムート、めっちゃ小っちゃかってん!バハムートいうたらこーんな大きいんとちゃうん!?」
こんなんこんなん!とジェスチャーで必死にバハムートを表す。だいたい擬音語やジェスチャーで表してしまう、生まれ持った性格だから仕方がない。
いきなり大声を張り上げたシンバにクラウドはいささか驚いたが、しかしすっかり態度の変わった彼女を見て一つ笑を落とした。
――クラウドが、笑った…!
何だかいけないモノを見てしまったような気がして、シンバはしばし静止してしまった。ゲームの中のクラウドはどこか冷たい―冷めてるイメージが強かった為、まさかこんな事で笑みを浮かべるなんて思わなかったからだ。
「…なんだ?」
「いや、クラウドが笑ったから…」
「…俺が笑うのがそんなに変か?」
「いや、笑わなそうやん?クラウド」
ゲームではその設定です。なんて死んでも言えない。
「…どういう意味だ?」
「っ冗談や!ジョーダン!」
それ以上追求されても困るので、シンバは笑ってごまかした。すると急にクラウドの顔が真面目な顔に変わって、
「…やっと、笑ってくれたな」
そして直後、クラウドがもう一度笑みをこぼす。それを見たシンバは自身の頬が熱くなるのを感じた。
――クラウド、それは反則や
***
「――…どお?」
「うん!すっごい似合ってる!」
あれからすっかり良くなったシンバは、ティファに連れられ呉服屋に来ていた。ティファの服を借りるのは申し訳なかったし、もといサイズも違うので新しいモノを買いに来たのだった。
ジャーンと言わんばかりにポーズを決めたシンバの格好はTシャツと短パンに、フード付きのベスト、レッグウォーマーにアームウォーマー、おまけに紫の毛糸の帽子ときた。…とてもこれから戦闘しますという格好にはどっからどう見ても見えない。しかし旅に出るならそれなりのオシャレも必要だ。…シンバは根っからの外見重視だった。
「じゃあお会計済ませてくるわね」
「え!?悪いわティファ!!」
「シンバ、お金持ってるの?」
「…あ、」
そういえば。ここに来た時から財布なんて持っていなかったし(そういやカバンはどこにいったのだろう←今更)、タークスにいた時だってお金なんて必要なかった。というより財布を持っていたとしてもこの世界では通用しないのだが。
そういやタークスとして一ヶ月働いたのに給料をもらっていない。どういう事だ。自分はただ働きではないか。…今度ツォンに追求してやろう。とシンバは心に誓った。
「…申し訳ないです」
いいのよ気にしないで。と言ってくれるティファに、いつか必ず出世払いをすると心の中で呟きながら、お次は武器屋に向かった。
銃や短剣など様々な種類の武器がある中で、シンバは迷わず弓を選択する。
「弓なんて珍しいわね」
「何かかっこよくない?」
弓を引く真似事をして見せる。それを見てティファが笑う。
「本当に面白い子ね。…よかった、元気になってくれて!」
「ティファたちのお陰やし!ティファに出会えてよかった」
いろんな意味で。とまた心の中で呟く。
こうして彼らの仲間になれたのは、偶然だったのだろうか。マテリアが、バハムートが、自分を導いてくれているのだろうか。
…何もかもまだわからないけれど、シンバの心は終始穏やかだった。
*
長い買い物を終えセブンスヘブンに戻ると、バレットとクラウドがそこに立っていた。
「おう!…ってなんだその格好はぁ!?」
勢いよく挨拶をかましたバレットは、そのままの勢いでシンバの服装にツッコミを入れた。確かにそのツッコミは正しい。どっからどう見てもただ私服を選んで来ましたという風にしか見えないからだ。
「可愛いやろ!」
「そういう問題じゃねえだろ!?」
「…そうなっちゃいます?」
「まぁ…いいじゃないか。よく似合ってるんだし」
サラリとクラウドが嬉しいことを言う。
「まあ、そうだな…」
いやそれで納得するのか。バレットは単純だな。とシンバは心の中で突っ込んでおいた。
「さて…今日の標的は"伍番魔晄炉"だ。詳しい作戦は列車の中でな」
「あぁ」
「…――」
いよいよだ。いよいよ始まる、自分の第二の物語。
シンバは意気込むように一つ深呼吸をした。
…この時彼女は、まだ知らない。
これが、自身にとって壮絶な旅の始まりになる事を――