「――わー、すごー…」
そこは、海底魔晄炉へと続く地下トンネル内。透明な筒で作られたそこは言うなればまさに海底水族館のよう。ジュノン要塞の下にある為その海水は汚れているかと思いきや透き通ったとても綺麗な水はまさに南国で見るようなそれと一緒だった。珊瑚礁や色とりどりのたくさんの魚達。きっと女子供なら喜んで来たがる場所だろう。…商売にしたら結構儲かるかもしれない。いつかルーファウスにその話を持ちかけてみようなどと元も子もない事を考えつつ、シンバは透明な筒にへばりついて外を眺めていた。
「神羅社員の間では穴場のデートスポットだぞ、と」
「やろなぁ」
自分なら神羅兵がウヨウヨいるようなこの場所でデートは御免である。しかしレノやルーファウスといった類の輩はちゃっかりこういった場所を使うのだろうとも思った。
「こういうの好きなのか?」
「うん!水族館とか動物園とか好きやなぁ」
「へぇ〜〜意外だな」
「そう?」
その後でサメを見つけたシンバはレノそっちのけでそれに夢中になっていた。子供みたくはしゃぐ彼女を横目にレノは呆れ混じりの笑みを浮かべると、後ろからシンバの体を覆いその手をそっと絡ませる。
「っ!?」
驚いたシンバが振り返ろうにも、体は動かなかったので顔だけをレノに向けた。レノはシンバの肩に顎を乗っけると、耳元で囁くように声を発する。
「全部終わったら、連れてってやるよ」
「…どこに?」
「お前の行きたいとこ、どこでも」
全部終わったら。…全部、終わったら。レノはこの先の全てを見据えてる。この世界が救われて、平和が戻った後の事を。当然かもしれないけれど、その時レノの隣には自分がいるのだと。
「……せやな、」
ドクン。高鳴る鼓動は果たして喜びからか。自分が抱える根本的な闇の部分に響かせる為か。…この期に起こる出来事を思っての事か。
「…ここ何しにきたんやっけ?」
その疑問を薙ぎ払うように、シンバはどうでもいい事をレノに聞いていた。レノは特に疑問も持たずにアッサリ「マテリアを回収しにきたんだ」と返してくれた。
「マテリア回収…なぁ、」
…本当は、どうでもよくない。確かめるように、確認するように自分はそれを口にしたのだ。
ここにヒュージマテリアがあるという事。イコールそれは、彼らがここに来るということ。そのマテリアを守る為に、自分達がここに来るのは必然。けれども、自分はここにいてはいけない筈だ。シナリオに関わらないと決めたのなら、特に。そんな事、自分が一番よくわかっているはずなのに。…なのに何故、自分はここにいるのか。
「行くか」
「…うん」
ドクドクと上がって行く鼓動。
それは、レノのせいなんかではなかった。
***
「――ここが海底魔晄炉…」
第二の神羅の本拠地、ジュノン。久しぶりに訪れたジュノンはどこか殺風景で、クラウドはジュノンのあるべき姿がそこにはない気がしていた。
しかし、それが何かはわからない。きっと長い間こなかったせいで感覚がずれてしまっているのかもしれないとそれをあまり気にも止めずに、クラウドは魔晄炉の奥を目指していた。
ヒュージマテリアの回収。ここに来たのはそれが第一の目的だが、…クラウドには少し―いや大分違っていた。
シンバに会いたい。その気持ちがクラウドの心の中を占めていた。皆の前ではとりあえずそれに納得したように繕ったが、本当はそんなこと微塵もなくて。彼女に会って、本当の理由が知りたかった。
あわよくば、彼女を連れ戻すつもりでもいた。自分にはやはり彼女が必要で、どこにいたって一緒なんかじゃない。すぐ隣で、自分の側にいなければなんの意味だってないんだと。
「…――」
クラウドはキュッと自身の拳を握りしめた。きっと彼女はここにいる。必ず会える。どこからかくるその自信が、クラウドの足を進めていた。
***
「――はぁ〜〜…めんどくさ」
一旦レノと離れたシンバは、警備として魔晄炉内をぐるぐると回っていた。警備といっても特に何もすることなどなく、侵入者に警戒しろと言われても彼ら以外にそれがいるはずもなく。そこらの神羅兵と雑談したり、とにかく暇を持て余していた。
「……」
しかし、内心は気がきではない。いつ彼らが現れるかわかったもんじゃないからだ。来るとはわかっていても鉢合わせるのだけは御免である。何を言われるかわかったもんじゃない。それを避ける為に自分はあんな形で仲間を辞めたのに、いろいろネチネチ言われるのは嫌いだ。平和主義すぎて、自分が起こした騒動にもかかわらずそれに関わりたくないのである。
…そんな危険があるにもかかわらず、この場にいる理由。
「…――」
ただ、少し。ほんの少しだけでいい。彼が無事でいる事を、この目に写しておきたかった。ほんの出来心だ。何かを期待しているわけではない。…いや、しているのかもしれない。心の中に巣食うそれがゾクゾクと騒ぎ出すのを嫌というほどシンバは感じていた。
それは罪悪感なのだろうか。レノとあんな事があったにもかかわらず、気持ちをレノへと切り替え、レノと共にいると決めたのにもかかわらず。彼に会いたいと、姿を見たいと思うのはそういう気持ちがまだあるからだなんて、誰が聞いても一目瞭然なのかもしれない。
…でも、そうじゃない。違うんだって自分に言い聞かせていた。そういう気持ちで会いたいとかじゃないんだと。彼がちゃんと、しっかりと自分を持った姿を見ておきたいだけなのだと。
「……、」
こんな今の状態の自分を知ったらレノがどう思うのかが怖くて、だからあえてシンバはレノと別行動をとっていた。きっとそばにいればソワソワしている自分にレノは気づくだろうから。彼の為に、離れた。彼が今の自分を知らないように。今の自分を、彼に知られないように。
そんな事を思いながら、シンバはゆっくりと歩みを進めていた。
…後ろから、少しずつそれが近づいている事も知らずに。
***
クラウドはティファとバレットと魔晄炉内を詮索していた。
時たま出くわす神羅兵。その都度大きく揺れる心。…シンバだったら、なんて。淡い期待はいつまでたっても消えなくて、クラウドは視界の隅々に神経を行き届かせていた、
…その時だった。
「…!?」
一瞬見えた、黒ずくめな影。背丈も髪の色も、居れ立ちも、全てが懐かしく思えた。咄嗟に彼女だと判断したクラウドは、ティファやバレットに何も言わずにその影を追っていた。
「――シンバ…!?」
「っ!?」
考えすぎていた為か、シンバは人が近づいている事に全く気づかなかった。
不覚だった。まさかそんなに早くその人がその場に現れるなんて、思ってもいなかったから。
「…くら、うど」
ドクン。内に秘めていたものを呼び覚ます様に、心臓が鼓動を高めていく。…あぁ、やっぱり一人になっていてよかった。自分でもわかるくらいに、酷く動揺した自分がそこにはいた。
「シンバ、」
クラウドが久しぶりに見た彼女は、やはり黒に染まっていた。バレット達の言った通り、本当にタークスに戻ったんだと痛感させられた。
驚いた表情を見せた後で苦虫を噛み潰したような顔に歪めた彼女に、少し―いや大分心が締め付けられるのをクラウドは感じた。その表情から嫌というほど感じられるそれ。…けれどもそんなはずなんてないと。会いたくて会いたくて仕方なかった自分と同じで、彼女だって、本当は、
「っくるな!」
クラウドが一歩踏み出したと同時。シンバは叫んでいた。
ただ、姿を見るだけでよかったのに。会ってしまった。ばったり出くわしてしまった。自分の馬鹿。馬鹿バカばか。迂闊だった。安易だった。ほんの少しの出来心でこんな事になってしまった。こんなに酷く動揺するくらいなら、止めておけばよかったのに。こんなに心臓が高鳴るってわかっていたら、こんな事、
「シンバ…何で、」
「っこんとって!」
目の前に映る彼は、最後に会ったのとなんら変わりなかった。自分の名を呼ぶその声も。自分を見るその瞳も。自分の前に立つその姿も。一瞬にして、あの頃の気持ちが波のようにシンバの心を覆って、
「っ…」
泣きたくなった。目頭が、体中が熱を帯びていく。ドクドクと反応する心。彼に向かって発する声も。彼の姿を捉える瞳も。全てが嫌というほど震えていた。
それでも、隙を見せてはいけない。今まで築き上げてきたものを壊してはいけない。…自分は彼を、拒絶しなければならない。
「…聞いたやろ?ウチはタークスに戻った。最初からみんなを騙しとった」
「…俺は信じない」
「ウチは旅をやめなアカンかった」
「シンバ」
「クラウドかて、知ってたハズや。ウチが厄災やいう事」
「…でも、それでも俺にはお前が必要なんだ」
「っ…!!」
目尻から、一粒の苦しみが流れ落ちていく。
…だから、嫌だった。クラウドと面と向かってこの話をする事が。すごく嫌だった。だから彼が壊れてしまった間に消えたのに。それで何もかもお終いにしようって。それで世界が救われるなら、それが一番いいんだって。話し合ったって彼が理解するはずがないのだから。彼が自分を必要としていた事、自分が一番わかっていたから。自分の決意を、アッサリ彼は覆す。どんな事をしてでも、自分を止めるだろうから。だから、だから、嫌だったのに。
「…やめてや」
自分がどんな気持ちで、離れようと思ったのか。
「……もう、やめて」
どれだけの思いをして、決意したと思っているのか。
「シンバが厄災だろうと関係ない」
好きな気持ちを、抑えて、抑えて。
「一緒に来てくれるって、約束しただろ?」
彼を支えるのは自分の役目じゃないって、言い聞かせて。
「俺は必ずこの星を救う。それはシンバ…お前が一緒じゃなきゃ、出来ないんだ」
全ては星を救う、シナリオの為だって。
「戻ってきてくれよ…」
「…っ、」
目の前が涙で見えなくなった。…だから何もかも、見えないフリをした。彼に抱きしめられているという事実も。やっぱり彼が好きだという事実も。戻りたいと、思ってしまった事実も。
久しぶりの彼の温もりに全てを預けてしまいたくなって、その両手でそれを受け入れようとしたが出来なかった。…ふと浮かんだ、赤毛の彼の顔。今自分がクラウドを抱きしめ返してしまえば、全てが崩れる。いや、もう崩れているのかもしれない。レノに抱かれている時点で、クラウドとの関係にヒビを入れたのは自分であって。
ああもう、自分は一体何をしているんだろう。一体何がしたいんだろう。結局、自分の為に周りを振り回してしまっている。レノの気持ちも。クラウドの気持ちも。星の、シナリオも。
「っ…――」
こみ上げる涙は、とめど無く溢れてやまない。
複雑に混ざり合った感情を止められずに、シンバはそのままクラウドの腕の中にいる事しかできなかった。