76 please tell me the way



「――ようこそコスモキャニオンへ!…おや?あなたは確か、」

「こんにちは。ブーゲンじっちゃんおります?」

「え?えぇ。…でもその格好――ってちょっと!」


目的の人物の所在を確認し、シンバはそそくさと中へ進んで行った。門番の人が最後に言わんとしたこと、聞きたくなくてその場をスッと離れた。…そんな事、言われなくてもわかってるから。


「ホーホホウ。久しぶりじゃの」


扉を開ければ、ブーゲンハーゲンはまるで自分が来ることがわかっていたかのようにすんなりと挨拶を交わしてくれた。…やはりこの親父エスパー。変わらず宙に浮いているのを見ると、何だかあの時の事を思い出して懐かしくも寂しくも感じた。


「元気そうでなにより」

「ホーホホウ。お主もな……とはいかんかの?」

「!」


流石と言うべきなのか。この親父どこまでエスパーなんだ。最早エスパーを通り越して恐ろしさまで感じそうな勢いである。


「ホーホホウ。顔にそう書いてある」


そう言われて反射的に自身の頬を両手で覆う。…何か前もこんなパターンあったぞ。もしかしたら自分の考えていることが自然と額に浮き上がってきているのではないだろうか。…ってそっちの方が俄然恐ろしい。


「何かあったのかの?わざわざ一人でワシの所にくるとは余程な事なのじゃろう?」


やっぱり何もかもお見通し。シンバは開き直ったような溜息を一つ吐き出していた。


「…ウチは、このままこの世界にいてエエんやろか?」


いきなりの規模の質問に、ブーゲンハーゲンは一瞬困った顔をした。


「…何故、そう思う?」


何故。何故か。それは、自分が――


「…この世界の人間やないから」


そんな事、ブーゲンハーゲンだってわかっているだろうに。


「…それだけか?」

「……、」


それだけじゃない。…いや、そうじゃない。根本的な問題は自分が異世界の人間という事ではない。
今更、これを隠し通す必要はないと思った。寧ろ自分はそれを知りたくてここに来たのだから。


「…ウチな、ホンマはこの世界の事知ってんねん。クラウド達の事も、神羅の事も、もちろんじっちゃんの事も」


ブーゲンハーゲンは、ピクリとも動かない。


「この世界のシナリオ全部知ってんねん。これから世界がどうなるのかも。クラウド達がその為に何をしていくのかも。…全部」


全部、知ってる。言って少し気が楽になるのをシンバは感じた。


「…だから、この世界には必要ないと?」

「今メテオ来てて絶望やけど、この星は救われる。それがシナリオ。やから…元々この世界におらへんかったウチが何かを変えてしまえば、」

「……シナリオが、変わる――?」

「どうなるか、わからへん。それであっても救えるかもしれへん。けど、救えへんかったらって思ったら……ウチは、おらん方がエエやん」


救えるとわかっているのにわざわざそれを変える必要なんて、これっぽっちもない。だからクラウド達から離れた。星を救おうとしている彼らの側に自分はいられない。…自分は、厄災。星の運命を揺るがす厄災だから。それだけ言って、シンバは口を閉ざした。


「…只者ではないとは思っていたが」

「…まだここにいた時は、そこまで深刻やなかった」


じわじわと、染み込むように。それは自分を追い詰めていった。まさか自分だって、こんな事になるなんて思ってもいなかった。


「……」


しばらく沈黙が続いた。考え込むような顔色のブーゲンハーゲンをチラリと見やる。いくら物知りで星の事をわかっているブーゲンハーゲンでも、この問題の答えを的確に指摘するのは難しいのだろう。

本当は最初からわかっていたのかもしれない。ブーゲンハーゲンに話しても解決なんてしない事。…ただ、話を聞いて欲しかっただけなのではないだろうか。この苦しみを、この痛みを、誰かにわかって欲しかっただけではないだろうか。
そうして自分が欲していたものは、本当にその答えなのだろうか。欲しかったのは、ただの同情ではないのか。こんな運命を背負った自分に、哀れみを送って欲しかっただけなのではないだろうか。


「……覚えているか?」


すると、黙っていたブーゲンハーゲンが口を開いた。


「?」

「あの時星は、お主の事を調べておったじゃろう?」


初めてこの部屋にきた時、クラウド達と一緒に星の悲鳴を聞いた。しかしシンバにとってそれは星が痛む声ではなく、自分に向けられた痛みだった。自分に突き刺さるようなその痛みは、今でも鮮明に思い出すことが出来る。…けれども思い出して、自分は拒絶されていたのだと考えたら気が重くなった。


「…今も、聞こえるはずじゃ。星の声が」


直接聞いたらいい。この星、自身に。それが一番簡単で、一番的確な答え。

…しかし。


「…、」

「怖いか?」


また、拒絶されるのが。拒絶されてしまえば、もう自分にこの星にいる意義も理由もゼロになる。どんなに誰かに必要とされていても、どんなに誰かに引き止められようとも、この星には、いられない。…もう、いられない。そう思ったら急に怖くなって、ここに来た事を少し後悔した。それを確かめに来たクセにいざとなると怖気ずくなんて、とんだご都合主義だと思われたとしても。


「聞く、聞かないはお主が決めるのじゃ。…ただ、」


この世界に存在してはいけない人なんて、誰一人としていない。そのブーゲンハーゲンの言葉も、今のシンバの心には少し苦く感じた。


「…――」


シンバは拳を握りしめた。もう逃げてはいけない。目を背けてはいけない。この世界から。…自分の、運命から。


「……いや、聞く」


覚悟を決めるように大きく深呼吸した。その声も、握りしめた拳も、手にとってわかるように震えていた。


「…そうか、」


そうしてシンバは、ゆっくりと目を閉じた。
辺りをまた、静寂が包んでいく。静かな中で、自分の鼓動だけがやけに煩く響いていて、


――…、


…しかし、いつまでたっても。


――…?


あの時すぐに聞こえてきたそれは、全く聞こえてはこなかった。


「――…あのー、」

「……ふむ」


いや、ふむじゃねえし。…何も聞こえないではないか。あんなに意気込んで覚悟したのに、星はうんともすんとも言わないではないか。


「…何で?」


最早シカトの域。あぁ、自分は語りかける価値もないのだろうか。それはそれで拒絶よりもショックである。


「…自分で考えろ。そういう事じゃろうな」

「…は?」

「自分の運命を、星に委ねるなと言うことじゃろう」

「…勝手にしろって事?」

「…YESだと言えば喜び、NOと言えば悲しむ。ハッキリした答えが出れば、それで満足してしまうのか。……人の道は、二択の選択だけではない」

「……」


歓迎されればそれに満足して、自分はどうしただろう。拒絶されればそれに絶望して、自分はどうしただろう。星が―他人が決めた道に沿って歩む事、誰もそんなの望むはずがなくて。頼るな、自分でどうにかしろ。自分で、足掻いてみろ。ブーゲンハーゲンによると、星はそう言いたいようだ。…結局、自分でどうにかするしかない。自分の存在意義を決めるのは、自分自身なんだと。

気を張っていた空気がパッと弾けたように緩んで、シンバはその場にへたりこんだ。


「…もう。なんなん……疲れた」


結局何も解決出来なかった。…いや、したのかもしれない。星は、自分を――


「…やりたいように、すればいいんじゃ」


きっと星は、シナリオが多少変わっても自身で戦う事が出来るとも言いたかったのかもしれない。自分がそんなに気を張る事なんてないのだと。星の力は、そんなものじゃないんだって。


「…やっぱし、自分自分やったんかな――」


自分がいれば、自分が。自分が。…だからなんだ。だからどうなる。ちっぽけな自分が巨大な星にもつ影響力なんて、本当は自分が考えている以上に無いのかもしれない。


「星を救いたい。その気持ちは、きっと星に伝わっておる。…少し道を外してもまたその道へ戻ってこれれば、それでいいのじゃ」


道は一本ではない。枝分かれしたり、ぐねぐねに曲がっていても、どこかで必ず繋がっているのだと。迷ってもいつかその気になれば、そこに戻ってこれるんだって。
…けれどもよくよく考えれば、もう迷う事は出来そうにない。迷えば迷うほど、正しい道に戻るには時間がかかってしまう。そんな事はしていられない。自分たちには―いや、この星には、そんな時間もう無いのだから。


「……、」


…やっぱり、何の解決にもなっていない気がした。今更お好きなようにどうぞなんて言われても、じゃあおかまいなくなんて、自分の性格上出来そうになんかなくて。それに今更お好きなようにしてしまったら、余計ややこしくなる問題が山積みだ。


「…何かまだ問題がありそうじゃの――?」


御尤もで。事を荒立てている元凶が自分な事に、やっぱり自分は厄災なのだとシンバは再確認するハメになった。







***







「――いたぞクラウド!あそこだ!」


海底魔晄炉にあったヒュージマテリアが潜水艦によって外に運び出されてしまった為、クラウド達は別の潜水艦を奪ってそれを追撃することとなり、暗い海の中で神羅との潜水艦鬼ごっこを開始していた。

潜水艦の運転なんざ生まれて初めてでよくわからなかったが、酔いに弱いクラウドは運転していた方が気が楽だということでそれを請け負っている。…それに、今は集中していないと余計な事で頭がパンクしそうという事もあった為である。


「いけー!クラウド!ミサイルぶちかましてやれぇ!!」

「…バレット。声のトーンをおとせ」


潜水艦の中はやけに音が篭る。なので、普段から煩いバレットの声はその中でいつもの二倍増し以上に聞こえた。


「――っしゃ!やったな!!」


標的にロックオンして放たれた海中ミサイルは見事それを撃破し、なんとかヒュージマテリアを地上に持っていかれるという事態からは逃れる事が出来ていた。それを見てまた、声を落とせと言ったにも関わらず隣ではしゃぎまくる巨体。クラウドは呆れた溜息を吐き出し、一つの集中から解き放たれるようにイスの背もたれに寄りかかった。


「…とりあえず一件落着ね」


安堵したティファの声が潜水艦内に響く。

…しかし。


「……あぁ、…そうだな――」


クラウドには、まだ落着しない事が多々残っていた。



ヒュージマテリアが運び出されたというバレットの後を追い、辿り着いた先は潜水艦の船着場だった。
そこには、この地中深く殺風景な場所には不釣り合いなほど真っ赤な潜水艦が一隻と、それに似た赤を持つ黒ずくめな男が、一人。


『っ…!!』


その姿を捉えた途端。クラウドの脳裏に蘇る、彼女の姿。…彼と同じような格好をして。彼と同じ色を身に纏って、


『クラウド…っ?!』


彼の所有印を身につけた、彼女が。


『っ、…!』


驚いた顔を向けたレノは、しばし動揺しているようにも見えた。…そんな彼の注意は自分ではなく、どこか遠くに向けられているような気がした。それはまるで、シンバがここにいない事を悟られないようにしているような、


『っ、』


聞きたい事は山ほどあった筈なのに、そんなレノの表情を見たらクラウドの口から自然と言葉が出る事はなかった。…きっと彼は知らないのだ。自分が、シンバとここで出会ってしまった事を。



「――…、」


何故、シンバはレノに言わなかったのか。彼女にとって自分達は敵、侵入者な筈。神羅を思うならば、逐次報告するだろう。…それをしなかったのは、何故か。


「……、」


やはりシンバは、本気で神羅に戻ったのではないのではないか。気持ちはまだ自分達の側なのではないか。だから、レノには言わなかったのではないか。
バレットから聞いたコンドルフォードでの出来事も、ヒュージマテリアは神羅には渡せないと彼女も考えているからだと思った。この海底魔晄炉のヒュージマテリアも、自分達に奪って欲しくてワザとそうしてるんだって。神羅にいながら彼女は、自分達の為にいるのではないか。…そう思えば、すごく嬉しい筈なのに。

なのに、浮かない自分の心。


――…


彼女のそばにいたいと願って。彼女がそばにいてくれると願って。彼女もそれに、頷いてくれた。…ハズだったのに。


「…っ、」


彼女の心が向く先が、自分では無くなってしまった。

彼女は神羅にいながら神羅に所属はしていない。タークスの格好をしているが、タークスではない。
けれども、それでも自分達の側へと戻ってきてくれないのは、その心を許す人がそこにいるからなのだろうか。彼女にとって自分は、そんなにちっぽけな存在だったのだろうか。…本当に、シンバは、レノと――


「――クラウド?…クラウドっ!」

「…っ!」


ティファの声で現実に引き戻されたクラウドは、その次に聞こえたノイズ音に怪訝な顔を向けた。


『……二号機、応答せよ――』


入ってきたのは神羅の通信だった。黙ったままでは何かあったと怪しまれてしまうだろう。クラウドは思考を切り替えるように一つ息を吐いて、そっと手元のボタンに手を延ばした。


「…こちら神羅二号機――」


その手は少し、震えていた。



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