09 the biginning



…それは、あれからまた半年の月日がたった頃――


「――やっと見つけた」


どこか癖のある、一度聴いたら忘れられないような声色が天爽忍の背後にかけられた。
進めていた足はそれを合図にピタッと止まったが、前を見ていたその目もポケットに突っこんでいた手もそのままの形で止まっている。


「…、」


自分を呼び止めようとする奴が果たしてこの世界に今尚いるかなんて、知る由もない。そしてそれが本当に自分にかかった声だったのかという疑問を持てば、振り返るのにはまだ早いという決断が彼にはあった。
…ただ、知り合いであったならば多少その声色は記憶の中にある筈なのだが、それが見当たらない。だから自分に声をかけるのは相当な輩だと、少し警戒して振り向かなかったというのもある。


「…キミ、シノブでしょ?」

「…!」


それが自分にかかった声だと判断出来たのは、"この世界での"自分の名前を呼ばれたからで。知らない声が自分の名まで呼ぶ事に多少抵抗があった為か、天爽忍は思わず振り返ってしまって。

…そして、その先にいたのは。


「……誰や、お前」




知らない銀髪の青年だった。




「…知らないのも無理はないよ」


少しキツめに、警戒心むき出しで放ったその言葉に、けれども銀髪の青年はやんわりと笑って返してきた。
瞬時に変な奴だと脳が認識する。黒に身を纏ったそれはこの世界に来てからあまり目にした事がないものだったし、何しろ自分に全くといっていいほど面識がないその容姿。


「……」


…けれども、ふとした瞬間に。どこか懐かしいような、見た事あるような風貌が目の前をチラつくような気もして。


「キミが知っているのは、こっちでしょ?」


それを悟ったのかは知らないが、彼はそう言って天爽忍の前に跪いた。顔を覆い隠すほど長い銀髪が揺れ、そしてその隙間から覗く彼の目――


「っ、!?」


ズン、と頭の中の記憶をまるで呼び覚ますような衝撃が走った。別に青年に殴られたわけでもなく、自分が壁や床に頭をぶつけたわけでもない。…彼のその瞳の奥を見据えた瞬間に。それがあたかも自身の存在はここにいることを示唆するかのように、脳内に写しだされたからだ。


「っ、……まさか、」


そんな事、ある筈がない。奴は死んだ。…いや、その瞬間を見たわけではないが、この世界がホーリーとライフストリームに包まれたあのシーンはそれが達成されたからこそ生まれたモノだった筈で。


「…っ、」


だから正直、かなり動揺していた。奴が生きているなんて、自分は微塵にも思っていなかったし想像する事すら忘れていた。てっきりそれが―彼の死こそこの世界のエンディングだと、認識しきっていたからだ。


「彼、怒ってるよ?…"失敗"しちゃったからね」

「……"失敗"…?」


何を、と問う前に。頭の中を巡ってその答えを先に探していた思考回路が、それを見つけ出していた。


「……」


青年が思い起こさせた彼と自分を結ぶ一つの線。それは確かにその"失敗"に結びついたストーリーの上に存在していた。


…それはもう遠い、遠い過去の記憶。


「……"失敗"したのは、俺のせいやないぞ」


そう。自分はそれを、提案しただけ。そうなるように、促しただけ。本当は自分がその役目をかってでる予定だった。少なからずこの世界にあった憧れは、"こんな自分"になってからでも失われてはいなかったから。

けれども彼は、それよりも面白いシナリオを見つけてしまった。今回ばかりは実行者でなく、傍観者の立場になるのも悪くないのではないかと思うほどの。

そしてそれを決断したのはあの男。そして第二の実行者になる筈だったのは――


「…それに、これからやろ?」


まだ、世界は死んでいない。苦しみの最中にあるだけで、まだ、世界は死んでいない。あれは序章に過ぎなかったのだと、世界に思い知らせる時は今なのだと、悪くいえば言い訳にも成りえるそれを吐き捨てるように青年に浴びせれば、…彼はまたニタリと張り付くような笑みを浮かべて、そうだと一つ頷いた。


「今度は俺も動く。…俺が今度こそこの世界壊したるわ」

「それは頼もしいね。期待してるよ」

「俺は"アイツ"とはちゃうからな」

「フフッ。でも、今度も"姉さん"は参加するんでしょ?」


ボクのリユニオンに。また愉しそうな笑みを浮かべる青年。…それが放つ言葉全てを天爽忍が理解していたかと言えば、嘘になるだろう。

…何故彼が"アイツ"を姉さんと呼ぶのかも。
「ボクのリユニオン」という、その意味も。


「…さぁ、どうだろうな――」


けれどもそんな事、どうでもよかったのかもしれない。新たな世界を見た瞬間に、ゾワリと身体中に沸き起こったアジテーション。
…第二のシナリオの書き出しは、既に始まっていたようで。


「これからはボク達と一緒に行動してもらうよ」

「…?」


ボク達の"達"に疑問符が浮かび上がったと同時。それは何の前触れもなく、天爽忍の背後に現れていた。


「っ、」


青年が、もう二人。姿形こそ彼と瓜二つとまではいかないが、それでも三人には何かしらの共通点を感じていた。
同じようなレザースーツ。長さは違うにしろ、男にしてはかなり整った綺麗な銀髪。凛として、けれども悪に満ち足りたような瞳。…それらはすべて、ある男を―彼を連想させるのに十分な条件。


「……お前らは、一体――」

「詳しい話は後。それよりもまず、"母さん"を探さなきゃ」




待っててね、母さん――




それはまるで、赤子のように。解けないパズルのピースが増えていく中で、けれども天爽忍は苦悩をその顔に浮かべる事無く、寧ろ歓喜の笑みを浮かべていた。


…これは面白くなる、と。



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