10 in his rememberance isn't fading



「うぃー、オーライ、オーライ――」


ミッドガルの東に伸びる大通り。ライフストリームの影響によってすっかり荒廃してしまっていたその場所には、今やその傷跡が見えないくらいに家々が建ち並び、それを軸にして放射線状に街並みが広がっていた。
元々ミッドガルにいた住人や、その他の町から避難してきた人々で確立していった街、エッジ。その中心部にある開けた場所―中央広場は、人々がせわしく行き交う交差点となっていた。


「オーラーイ――」


…ある時、そこへ大きなトラックが一台入った。言わずもがな通行の邪魔となるそれに怪訝な顔を向けたり何事かと不思議に見つめる人々は、それでもその歩みを止める事はなくて。


「はいストーーップだぞ、と――」


そしてそのトラックに指示を仰ぐ、その灰色の景色に相容れない色をした髪色の男。


…彼もまた、金髪の男と同じように。失った心の糧を探しさ迷っていた。



一生あっても体験し得ない事を一度に経験するなんて、きっと誰もあの時考えていなかったし、想像すらしていなかっただろう。
世界壊滅の危機状態、絶対的存在だった神羅の崩壊、尊敬する人たちの一時的喪失、…そして、愛する者の異心。

全てを失う―または失ったと絶望の淵にあった思いは、それでも一瞬だけだったような気もした。
レノの唯一の救いは、社長もツォンも無事に生きていたという事。それは世界が救われた事が大前提としてあるワケで、神羅のトップが生きていた限りそれはまだ終わりを見せていない事にもなって。

だから、何も失ったモノなどない。…"失ったモノ"は、何もなかった。



あれからどれほどの時が経ったのかは知らない。数えてもいないし、数える気にもならなかった。

怒涛に過ぎゆく時の中で、それだけに気を取られている暇などなかった。それにあの時は無理やり思考回路の向きを変え、それを忘れようと必死だったようにも思う。
しかし世界が落ちついてからも、ルードもツォンもあのイリーナでさえ、その事を口にする者は誰一人としていなかった。…まるで最初からそこに、それが存在していなかったかのように。

…いや、もしかしたらレノだけがその会話の中にいなかっただけなのかもしれない。ルードの態度はそれこそ変わらないものの、イリーナの態度はあれから妙に余所余所しくなった気がしない事もなかった。
だからといって、自分からそれを話題に出す気にもならなかった。それは自らの足でここを去ったのだから。…鳥かごの扉を開けっぱなしにしておいた、飼い主の責任だから。


「……おい、手伝え」


トラックから降りてきた大柄の男―ルードは、荷台にもたれかかって煙草を吹かして動こうとしないレノに大きな溜息を吐いた。


「お前の仕事はトラックの誘導だけじゃないだろう」


いつもの光景だといえばそうだ。彼はやる時はやるやらない時はとことんやらない主義で、この仕事が彼にとって後者に当たる事を長年相棒をやっているルードが分かっていないワケではない。その背中を押すのもルードの仕事の一部と化しているが、自身のその時の気分によっては押さない場合もあったりする。


「あー、まあ、堅い事言うなよ、と」


…けれどもここ最近は、無理やりにでもその背を押すようにしていた。自分がそうやって彼の背中を押さなければ、彼自身が持つ心の闇に引きずり込まれてしまいそうで。溜息をわざわざ煙草の煙と交わらせて吐きだす彼が何を思っているのかなんて、…ルードが分かっていないワケではないから。


「…仕事しろ、仕事」

「……わーったよ、」


ようやく重い腰を荷台から離したレノは、煙草を咥えたままルードの元へ足を向けた。


「…まったく、社長も粋な事を考えたもんだ」


彼等はエッジではなく少し離れたヒーリンという場所に拠点を置いている。社長―ルーファウスは生きてこそいたもののビルが崩れる衝撃で受けた傷は相当で、車いすでの生活を余儀なくされていた。
けれどもさすがは社長と言うべきか。そんな事になっても彼の威厳はまったく失われる事はなく、療養中でも神羅としての活動方針を考え続けていて。…やはりこの人がいなければ、とレノは何度思ったことだろうか。

そうしてルーファウスは、広場の真ん中に記念碑を建てる事をレノ達に命じた。本当はそんなの表向きの善意で、実際はその場所を神羅の"ナワバリ"にしようと企てているのである。

…いつか神羅は復活を遂げるのだと。神羅カンパニーの再建は、必ず実現するのだと。


「…やっぱ考える事が違うな、と」


けれどもその為には、やはり街の住人達の協力も必要だった。とりあえず裏の顔は封印しておいて、メテオやウェポンによる犠牲者への神羅からの贈り物―慰霊碑としてそれを建設する事にしたのである。
だだっ広いだけの場所にどこか寂寥を感じていた街の建設に取り組んでいたボランティアの人々は、神羅のその話に喜んでのってくれたのだった。


「社長らしいと言えば、社長らしいが」


騙しているなんて、そんな考えは毛頭なかった。いつだって神羅は―タークスはそうやってやってきたから。何も変わらない。…俺達は、何も変わっていない。


「……そうだな、」


レノは少し短くなった煙草を、一旦口から外した。大きく吐きだした煙は色のない街並みを一瞬白く染めて、また元の暗い景色へと戻す。


…それが今どこで何をしているのかも、寧ろ生きているのかさえレノは知らない。知ろうともしていない自分はもうそれを思い出として片付けようとしているのかもしれないし、ただ知るのが怖いだけなのかもしれない。
わかっていても、考えているのとそれを実際に目の当たりにするのとでは全くと言っていいほど心に掛かる負担が違うから。


「……――」


…目に映る残像は、あの時と何も変わらなくて。


レノの時間はずっと、あの時から動いていないのかもしれなかった。




*




一通りの作業を終えた彼らは、ヒーリンに戻ってきていた。

そこは元々神羅の社員用の保養所でいつしか使われなくなり廃れる一方だったが、まさか今それがこれほど役立つモノとなるなんてきっと造った社長も思っていなかっただろう。
一時的には病院としての役割をも担っていて、患者であったり、またはその家族・知人であったり、多くの人がその場所を出入りしていた。
けれども今は、ルーファウスとタークスの場所と化している。エッジがそれなりに大きな街になって、皆そちらに移って行ったからだ。

だから、その場所を訪れる者は滅多にいない。いわば神羅の隠れ家のようになっていた。


「……おい、」


…そんなヒーリンから、洩れるバイクのエンジン音が多数。珍しいと思う前に、どんどん近づいてくるそれらから漂うどこか面妖な雰囲気に、どこか心がざわつくのをレノは感じて。


「…誰だ、――?」


狭い山道を公道のスピードで駆け抜けていくそれら。新手のヤンキーかと顔を把握しようとしたが、一瞬の出来事でルードもレノもそれらをしっかりと捉える事は出来なかった。

わかったのは、バイクが三台に人数は四人。そのうち大半が銀髪に黒のレザースーツで、…そして、バイクの後方にはそれらとは異なる格好の一人の青年。


「……アイツ、――」


レノはそれを、どこかで見た事ある気がした。



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