10.5



…それは、レノ達が中央広場にいた頃。


コンコン――


ヒーリンのロッジの扉に、滅多に響かない音が二つあった。


「こんにちは、神羅の社長さん」

「――……どちら様かな?」


それはルーファウスが平然を装って絞り出した結果出た、最善の偽りの言葉だったように思う。
銀髪をなびかせる黒ずくめなその三人を見た瞬間に、ルーファウスの頭に過ったある人物。…思わずルーファウスはその名を口にしそうになったのだ。


「……"母さん"はどこ?」


それはメテオが消滅したと同時に死したのだとルーファウスは思っていた。あの悪夢はライフストリームの中へと消え、この星には存在しない。…だから今目の前にいる者達はただそれに似ているだけの青年であって、何も自分が懸念する事など無い筈で。


「"母さん"…?」


おそらくその中でリーダーであろう先頭に立っていた青年は、自らを名乗る前に唐突にそれを聞いてきた。その言葉はルーファウスにとって一応の普通名詞ではあるが、彼のいうそれが誰を指すのかはサッパリ検討がつかない。もちろんルーファウスと彼らは初対面であるし、もちろんルーファウスが彼の母親を知っているとも思えない。


「とぼけないでよ。"母さん"をどこへやった?」

「…はて、誰のことかな?」

「"母さん"は"母さん"だ。隠したって無駄だよ」


彼が何を勘違いして自分がそれを匿っていると思ったのかさえわからなかった。神羅という肩書がそうさせているのか、少し前まで様々な患者がここに居た為かも定かでない。

…しかし、その流れの中で。ルーファウスは何か"違和感"を感じ始めていた。


「…すまない。君の言う"母さん"には心当たりがないのだが、」


…彼らの言う"母さん"は、本当に"人"を表す言葉なのだろうか、と。


「……そう。わかった」


だからと言って、ルーファウスの言葉に偽りなど無かった。彼は少し不服そうな顔をしていたが、すぐにまたその顔に微笑を見せた。


「でも、これだけは言っておく」


"母さん"は、神羅のモノじゃない――


「……待て、」


そうとだけ言って部屋から出て行こうとした彼らをルーファウスは止めた。


「…名を、聞かせてはくれないか」


彼らとはこれが最後ではない。彼らとはまた必ず会うだろうと思った。この世界にとって―はたまた自分たちにとって彼らは"重要な存在"なのだと、ルーファウスはこの時既に確信していたのかもしれない。


「カダージュ」


振り返った青年は、変わらぬ笑みを見せていて。


「よろしくね、社長――」


銀髪から覗く青い瞳。ルーファウスは、それに"悪夢"を見た気がした。



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