――星痕症候群
いつ、どこで、だれが発症したのかはわからない。それはいつの間にかこの星に現れ、そしてそれはいつの間にかこの星を食らい尽くしていった。
病気、呪い、星の怒り。人々はそれを災いと呼んだ。それは人々の心に巣食い、そして発症した人間を死に至らすほどの力を持っていた。…まるで今までの人間の過ちに仕返しをするかのごとく。
神羅はそれについて嗅ぎ回っているようで、ライフストリームの濃度やそれに関連しそうな事柄について随時発表している。けれどもそれの治療法や感染源などについては一切明らかになっておらず、それに苦しむ人々は次第に増えていき、その発症者は大半が子どもとなっていた。その謎も解明されてはいないが、免疫力が大人に比べて拙いからだと誰しもがそう勝手に推測している。何一つそれについて分からないままで、世界は混乱の差中にありつつあった。
暫くして、クラウドもそれについて踏査し始めていた。神羅の情報をどこかで訝しむ気持ちがあったからなのかもしれない。…神羅は隠し事が好きだから。今回の件に関しても何かしら秘密を持っているだろうと、疑えば切りもなかったが。
仕事の合間にはそれの情報収集、そして彼女の影を追う事が最近のクラウドの日課となっていた。ティファも星痕症候群の事を気にかけていたし(マリンはいたって元気であるが、いつそれに侵されるかわかったものではないから)、そうしてこれが、この星をまたと救う自分達の"第三の旅"となりつつあった。
…しかし。
「っ…、」
わからない。何故それが自分に及んだのかも、…そうして何も告げずに彼女達の前から姿を晦ましてしまったのかも。
星痕症候群が感染するようなモノではない事はわかっていた。彼女達に事が及ぶ事を懸念してそうしたかと問われれば、きっとそれが嘘に繋がる事だって自分でもわかっている。
けれどもそれをきっかけにして、クラウドの中の何かが変わったのは確かだった。それがクラウド自身に現れてしまったことによって、身を持って彼に悟らせてしまったのかもしれない。…何も変えられない。自分は何も、誰も救うことが出来ないのだ、と。
「……、」
クラウドはその災厄からそっと手を離し、上げていたゴーグルをかけ直して、フェンリルのエンジンをかけた。
また、今日も。変わらない、変えられない一日が過ぎていくのだと、…そう、思っていた。
「……、」
クラウドは静かにその場を去った。広大な砂漠の大地の寂寞さに、自身を溶け込ませるかのように。
***
「――なぁカダージュ、あれが兄さんの街か?」
「あぁ」
クラウドがいた場所から数十メートル離れたそれまた小高い崖の上から、カダージュはミッドガルを見降ろしていた。バイクに跨ったままのヤズーとロッズ。そしてその一歩後ろから、その景色をただ眺めている男―天爽忍と共に。
「歓迎してくれると思うか?」
「無理無理」
「…泣くなよヤズー」
その場にいたのは、ある事が目的で。彼らはずっと、とある人物を探し続けていた。
「"母さん"も一緒なんだよな?」
「…どうかな?」
「……泣くなよ、ロッズ」
そうしてそこへ、彼らの前を平然と通り過ぎていく一つのエンジン音。カダージュはそれを目に捉えると、その口角を上げる。…さも、嬉しそうに。
「……ほら、兄さんだ」
カダージュが首であしらった方を見やったヤズーとロッズは互いに顔を見合わせニタリと笑みを浮かべると、一斉にそのバイクを彼に向けて走らせていく。
「……なぁ、」
その一連の光景後、天爽忍は初めてその口を開いた。カーチェイスならぬバイクチェイスをまるで映画のワンシーンのように繰り広げる、金髪の彼と銀髪の彼らをその目に捉えながら。
「…クラウドが"兄さん"って、どういう意味や?」
彼らはあれからずっと、"母さん"を求めこの星を彷徨っている。何処にそれが存在しているのか彼らは知らない。だから彼らは最初に神羅へ向かった。最初にそれを所持していたのが、神羅だったから。
「…"兄さん"は、"兄さん"だよ」
しかしその時はまだルーファウスも"母さん"が何なのか理解し切れていなかったようで、そうしてその場はただ互いの存在を知るに留まっていた。
――二週間前の、ある出来事までは
「ボク達の、唯一の"兄さん"だ」
天爽忍だって事の全てを理解し切っているかと言えば、そうでもない。彼はこの第二の世界にシナリオが存在していたことすら知らないし、そうして彼らに問うても返ってくる答えは抽象的なものばかりで、具体性も核心も無いものだったから。
「……、」
だからといって天爽忍がそれ以上追及する事も殆ど無かった。何故かはわからない。それ以上追及すれば彼らに愛想尽かされると思っているからか、それ以上追及すれば自分の聡明さの無さを自覚するからかは定かではないが、…それでも彼はその空間にいる事を少なからず楽しんでいた。
…この物語の主人公と対峙出来る日がくるなんて、思ってもいなかったから。
「……あの様子じゃ、兄さんは母さんの事知らないみたいだね」
ヤズーとロッズがそれに一目散に向かったのは、彼が―クラウドが"母さん"について何か知っているのではとあのルーファウスが明言したからで。そうして彼らはずっとクラウドが現れるのを待っていた。それに"唯一の兄"に挨拶をする、丁度いい機会にもなりうるだろうから。
「――もしかしてボクを騙した?母さんはやっぱりそっちなんだろ?」
けれどもそれらに戸惑い続ける彼を見れば、彼が何も"知らされていない"のは一目瞭然。カダージュはしてやられたと思った腹いせにか、即座にその情報をもたらした神羅に電話をかけ始めていた。
「あんたじゃ拉致があかない。…社長に変わって――」
…それを横で聞き流しながら、天爽忍はただただ目の前の光景を眺めていた。
召喚されたシャドウクリーパーとヤズーとロッズという不利な状況で、加えてフェンリルに乗りながらそれらと闘うクラウドは、さすがと言うべきなのだろうか。これが元ソルジャー、セフィロスを倒した男の力。彼のその可憐な動きを見るのは、天爽忍はそれが初めてだった。
「…予定変更。社長の所に戻ろう」
パタリと電話を切って即、カダージュはその手を天にかざした。天爽忍の視界に映っていた黒い影―クラウドを襲っていたシャドウクリーパーはそれによって一瞬にして消え去っていて。
「…兄さん、またね」
そうして刹那、クラウドがこちらを振り返った。カダージュに向けられていた視線は直ぐに天爽忍の方に向き、そして交わる視線。
「……っ!」
直後、ゾワリと天爽忍の背筋を這う何か。身体中が痺れるように、血液中を駆け巡るそれは、果たして喜びか。
「……クラウド」
天爽忍は、その時初めて。彼を前にして、彼のその名を彼に向けて呼んだ。