――カダージュ一味がクラウドに接触する、二週間前
ブロロロロ――
今や誰も近づかなくなった最果ての地へと降り立った、一機のヘリ。黒いボディに赤くデカデカと掲げられたシンボルマークは、まだそれが機能していることを明記しているようにも見えた。
「――本当にこんなところにあるんですかねぇ?」
「…さぁなぁ。社長がそう言うんだからあるんじゃねーの?」
ツォンにイリーナ、そしてレノは、ルーファウスの命により北の大空洞へと来ていた。
カダージュ一味と接触後、ルーファウスは何か思い立ったかのように彼らに"それ"の捜索を命じていた。…"それ"が、この世界を死の淵にまで追いやる根本的原因の要因の一つであったこと。そしてそれを"彼"が必要としていたこと。そして、彼らの探し物が"それ"である可能性が高い事を思えば、早急にそれをまた神羅の手の内に置いておかねばならないと思ったのだ。
ルーファウスがそうして動き出したのは、何もカダージュ一味との接触で触発されたからではない。…その前に、主治医であったある医者(元々宝条の下にいた者らしいが、今はもう亡き人となってしまっている)から奇妙な話を聞かされていたからだった。
――ジェノバ
彼がルーファウスの治療を受け持ったのは、それについて聞き出す為だったのかもしれない。治療を受ける度にそれの話ばかりする彼にいつからかルーファウスはその病気(星痕症候群)とそれには何か関係性があるのだと思っていたが、しかし彼はそれ以上の口を割ってはくれなかった。
医者としてその病気を無くす為に彼は何カ月も精進していたようだが、その治療法はまったくといっていいほど進歩を見せなかった。
しかし、彼は亡くなる直前。患者に共通する特徴をルーファウスにようやく教えてくれたのだ。ライフストリームを直接浴びた者―そう、それは魔晄を浴びたソルジャーの心身に見られる特徴と一致しているという事と、…その病気の原因を。
『ジェノバの遺伝思念』
彼はその正体をそう呼んでいた。…そうしてルーファウスの頭の中に甦る、過去の悪夢の影。彼は確かに消滅したが、彼を囃し立てたそれはまだ―きっと、この世界で"生きている"のだと。
この時はまだルーファウスもそこまでそれに固執はしていなかった。たとえそれが原因に起因しているとわかったとしても、それが今何処にあるのかもルーファウスが知っている筈もなく。彼はそれを捜し出すよう執拗に迫っていたが、ルーファウスは動きださなかった。…彼が宝条の元部下という肩書さえ持っていなければ、すぐに動いたのかもしれないけれど。
「っしっかしまぁ、何で今になって――」
「…あれは元々神羅のものだからな」
彼はその原因、正体を世界に公表すべきではないと言った。世界がまたあの時と同じ―メテオ襲来時のようにパニックに陥るのを防ぐためだ。だから、ではないが、ルーファウスはタークスの連中にさえまだ全てを話していない。…過去の忌々しい産物を掘り返すのは自分だけでいいのだと考えていたからかは、定かではないが。
「それに、手元にあった方が安心できるというものだ」
「?…どういう意味ですか?」
「目の届く範囲なら、いつでも対応出来るという意味だな」
「…??」
まぁ、私も社長の考えている事はサッパリわからん。ツォンはそう言って、ギリギリまで空洞に近付いたヘリから降りていった。そうしてイリーナも後に続き、レノはヘリを安定する大気まで上昇させた。
*
…タークスがその地に降り立った、その頃。
「――ここで、リユニオンが行われようとしていた」
ポタリポタリと、融解した水滴が地面を叩く音だけが響く洞窟内。カダージュ一味と天爽忍も、それを求めてその地へと足を踏み入れていた。
「お前達が探してる"母さん"は、」
「…まだ、ここに"いる"んだね?」
「…恐らく、な」
本格的に自分達で"母さん"の詮索に乗り出す事になった時。この場所を最初に提案したのは、天爽忍だった。ここにセフィロスコピーたちが集まってきたこと、そうしてセフィロスの最終目的地がここであったことを思えば、それがここに残っている可能は高いと見込んでのことだ。
「母さんに、やっと会える――」
カダージュはその空間に何か思いを馳せるように陶酔し始めていて。あのシナリオがこうして彼らの役に立っていること、そうして彼らと共に第二の世界の命運を握ろうとしていることを思い、天爽忍も不敵な笑みを浮かべていた。
ブロロロ――
「――っ、?」
「何の音だ…?」
そうして、暫くして静寂の中に響いてくる轟音に気づいた時。その場にいるのは自分達だけだと思い込んでいたカダージュは、ハッとしたように駆け出していた。
ブロロロ――
それがようやくヘリだと気づいたのは、開けた場所に出た瞬間で。途端にそれが巻き起こす風圧の強さに一瞬目がくらんだが、黒を纏った2人組が視界に入り、そしてその手に握られているものに、…天爽忍は身体の底からゾワリと湧き上がるモノを感じた。
――ジェノバ
パァーンッ――!!
「「!!」」
カダージュもそれにいち早く気付いていた。そうして刹那彼らに向けて発砲を繰り返し、遅れてヤズーもロッズもそれに応戦し始める。黒の2人組のそれへの反応は速く、あっという間にその場は銃の音が鳴り響く戦場と化していた。
「おいおいマズイぞ、と…!」
「っイリーナ!!」
「っ、先輩…行って!!」
男の叫び声と女の甲高い声はヘリの轟音にかき消され、天爽忍には聞こえなかった。そうしてカダージュがそれらに近づいた時には、既にヘリは天に消えて見えなくなっていて。
「っツォンさん!!」
倒れた黒髪の男に金髪の女が駆け寄って行く。その間も銃の音は消えなかった。
…天爽忍には、一瞬の出来事のように思えた。激しく繰り成された銃撃戦。分はこちらにあったが、…"それ"は彼らの手中に落ちてしまった。
「…何も知らないんじゃ、なかったんだね」
ここにそれがあることを知っていたのか、はたまた何故それを"攫った"のか、目的は分からない。ただ、やられたと、カダージュはそう思った。もしかしたら彼らは自分達が思うよりずっと前に、"何か"に気づいていたのではないかと。
「…でも、」
カダージュは意味深な笑みを浮かべ銃をくるくると弄びながら、怪我を負って動けなくなっている黒髪の男と金髪の女により近づいて行く。天爽忍は、ただそれを黙って見ていた。
「必ず、返してもらうからね――」
その2人組がツォンとイリーナだと天爽忍が気づいたのは、カダージュが最後の一発を彼らに向けて放った後だった。
***
「――…」
クラウドは小高い丘の上にいた銀髪が去りゆくのを、その姿が見えなくなるまで見つめていた。
とくに行き先もなく広大な砂漠を彷徨っていた際に、いきなり現れたそれとは異なる―しかし相を成す二人の銀髪の男達と黒い影のモンスター。有無を言わさず闘うハメになったが、けれどもクラウドは何も理解しきれていなかった。何故自分がそれに襲撃されたのかも、そうして何事も無かったかのようにそれが去っていった事も。
名乗りもせず、理由も告げず、ただただ自分と―まるで戯れるだけの為に現れたようにも思えてはしかし、…その最中彼らの片割れが残した一つの言葉がクラウドの中を占めて離れない。
『母さんはどこだ』
初対面のはずなのにいきなり彼らの母親の存在の在処を聞かれたって自分がそれを知る筈もないのに、それでも彼らが自分にそれを問うてきた事には少なからず何か理由はある筈なのだが、しかしクラウドには何の事だかサッパリで。ただの濡れ衣か、果たして自分が覚えていないだけで過去に何かあったのかでさえ、分からない。
『またね、兄さん』
…けれども、黒い影が消えた瞬間に。それは聞こえたのではない。まるで自分の中から発せられた言葉かのようにその耳に響いていた。
そして何かに導かれるかのように感じた気配に振り返った先にいたもう一人の銀髪と、茶髪の男。クラウドは咄嗟にその銀髪が襲ってきた二人のリーダーである事を悟っていたが。
「……、」
気がかりだった。何故自分がそれに兄さんと呼ばれるのか。母さんとは一体誰の事で、彼らは一体何者なのか。…そうしてふとその銀髪にどこかあの悪夢が重なった気がしたのは、自分にまだそれを追懐する余力があったからなのか。
「……、」
心の中が少しずつざわついていくのをクラウドは感じていた。
…何かが、変わる。
それはまた、新たな"災厄"のような気がした。