「――なぁ、マリン…どうなってる?」
額に乗せてあった濡れタオルを気だるそうに退けて小さく声を発した彼。様子を見ていたマリンは、心配そうにそれを覗き込んだ。
「…、」
彼の額に浮き出ているそれは、それが現れた当初から何も変わっていない。悪くもならずかといって良くもならず彼に巣食い続けている。
マリンには今だそれが発症していない。だから余計、彼の痛みをどうにかして和らげてあげたいという気持ちがマリンの中に強くあった。…同じ、子どもとして。
「…デンゼル、」
デンゼルはある日突然クラウドがセブンスヘヴンへと連れてきた、男の子である。その時から彼は星痕症候群を患っており、ティファは最初それに少し戸惑いを見せていた。星痕症候群は感染しないと頭では分かっていても、心がそれを受け入れなかったからだ。しかしクラウドが珍しく引かないが為にしぶしぶ承諾することとなり、今に至っている。
…けれども今ティファは、デンゼルはここへ来るべくして来た子どもだと感じていた。
彼が―彼の両親が、あの七番街プレート破壊事件の被害者だったから。
「なぁマリン」
それでもマリンは"家族"が増えたことを多いに喜んだ。こんな時でもティファやクラウド、そしてデンゼルと楽しく過ごせる日々さえあればそれで良いんだって。いつまでも、いつまでも、それが続く事を願っていた。
…しかし。
「クラウドは…?」
いつしかマリンもティファ同様、クラウドの異変に気付いていた。ティファがそれを口にしないが為にマリンもそれについて何も触れないが、それでもデンゼルはその名を呼び続けている。彼が助けてくれなかったらデンゼルは今どうなっているかわからない。クラウドに出会って、デンゼルの世界は変わったから。
「…、」
マリンだって本当はそうしたい。彼の名を呼び続けたい。マリンだってクラウドの事が大好きだから。
どうしてクラウドはここにいないの。どうしてクラウドは出ていってしまったの。
どうしてクラウドは、自分たちを置いて行ってしまったの。
「…タオル、変えよっか」
――悲しみと引き換えに全部終わったんだよ。
そう言われたのは2年前。
「……マリン、」
けれども星は、自分たちが思っている以上に、ずっとずっと怒っている。
「きっとすぐによくなるよ」
どうか、デンゼルを連れていかないで。
そしてどうか、クラウドを連れ戻して。
…終わっていない。悲しみはまだ、始まったばかりだった。