14 to a second world



「――さ、行くよー」


…軽い。なんか軽い。自分はそれを世紀の一大イベントのように感じているのにも関わらずまるでこれから遠足に向かう園児に呼びかけるようなその声色は、けれども緊張気味であった自身の心を融解してくれたようにも思えた。


「……」


あれから、二日。その時はあっという間に訪れた。…自身の心の準備も整わないうちに。


「…ん?あれ?元気ないじゃん」


彼が用意したという仮屋は自身が住んでいた場所からそう遠くない、意外にも普通のアパートの一室だった。どうやって用意したのか本当あなた何者何ですかと聞いてもその答えはやはり望んでいた形となって返ってくることはなく、どちらかといえば今アマサワジンよりもあなたの方が気になるんですけどと言っても彼は笑うだけで、結局その会話が続くことは無かったのだが。


「そんなことない、…と思う」


簡易なビジネスホテルのごとく何も無い殺風景な部屋で丸二日。当然外出は禁止でする事なんて何もなく、てっきり彼が相手してくれるのかと思いきや「僕だって暇じゃないんだ」と一蹴されてしまい。備え付けられたテレビをぼんやりと眺めながらただただ向こうの世界の事を考えていた。


「まぁまぁ、そんな緊張しないで」


しかしいろいろ考えた割には、正直何の整理もついてない寧ろ散らかりっぱなしな頭のままその朝を迎えてしまっている。

まず最初に考えたのは、向こうに戻ったら何をすべきなのかという事。仲間に会う。天爽忍を探す。いやその前に今の世界の状況把握が先か。それを仲間に会ってから確かめるべきか。…いや、そもそも彼らに会うべきか。


「…緊張するなって方が無理なんですけど」


自分は仲間の元へ帰るつもりでいたが、彼らはその自分の意向を知らない。それを知らせる前にこちらに戻ってきてしまったからだ。だから今もタークスであるという事実が消えていないのかもしれないし、もしかしたら既に過去の人となっているかもしれない。
タークスの連中だってそうだ。イリーナには「星を救いに行く」とは言っていたが、星を救いに行ってかれこれ二年…。彼女は星を救いに行ったのではなく星になってしまったと思われていてもおかしくはない。

向こうの世界での自分の状況が定かでない今、何が最善の策なのかが分からない。それにあの世界に行った瞬間に何処に出るかも、誰と出くわすかも分かったもんじゃない。いきなりクラウドに逢ったら、あの銀髪一味に遭ったら、…なんて止まらない妄想に苛まれてばかりで、結局それは出たとこ勝負になるわけで。


「……あの、」

「ん?」


というよりまず、どうやって戻るのか。今更な疑問だが、あの時は偶然あの場所で偶然車に引かれたという全てのタイミングが絶妙に重なって起きた奇跡である。…今回も同じ方法で、なんて言われたらきっと成功しそうにない。自ら車に引かれ出るなんて勇気、湧いてくるわけがない。


「今更ですけど、…どやって向こうの世界に行くんですか」


また車に引かれるんですかと聞けば彼は高く笑っていた。…どうやらその必要はないらしい。


「時空の歪みに一定量の光が差し込む事でパラレルは発生する。今回は"人工的"な光を発生させるから、君はあの場所に突っ立ってくれてるだけでいいよ」


前に説明したでしょ、もう忘れたの。と馬鹿にしたように言う彼。…どうにも彼が自分に嫌味ったらしいのは気のせいだろうか。

言われてみれば確かにそんな話していたな、なんて後付けで。もし今彼が語った内容をテストしますと言われても満点を―いやその半分の点数を取る自信なんて無いに等しい。今頭の中は向こうの世界の事で一杯で、正直この世界の摂理が頭を占める割合なんて一割も無いのではないかと思う。
…どうでもよくなったというよりは、やはり今もその実感が湧かない事の方が大きい。信じない事より、信じる事の方がずっと難しいから。


「……」


またあの世界へ。今最も実感が無いのは、それ自体なのかもしれない。現実から夢の世界へ行ってまた現実に戻されて、そしてまた夢の中へと落ちていく。一体誰が予測出来ただろう。あのタイミングで夢から覚めた事も、そうして二年という月日を超えて同じ夢へと戻る事も。


「……考えはまとまった?」


暫くして。振り向きもせず歩き続けながら、彼はポツリとそう言った。


「…いや、それが――」


表情は見えない。けれどもその彼の背中を見つめながら、シンバはまとまらなかった思考をポツリポツリと言葉にしていた。口に出せば何か閃くかもとか整理出来るだとか思ったのかもしれないし、何かアドバイスが欲しかったという意向もある。


…しかし余計悩むだけで、そして彼も聞くだけで何も言ってはこなかった。


「……、」


当然か、とふと思う。そういや彼は何も知らない。FFの世界、そのストーリーを。そして自分がそこでどういった立場だったのかも、そうして何をし何を感じてきたのかも。
知っているのはこの世界の全てと、天爽忍が起こしてきた事。天爽忍の居場所。そして、その場所へ今から飛び立つ女がいる事。


「……それから?」

「え?」


彼が自分をあの世界へと戻す事は義務だが、そこには確実な目的がある。アマサワジンを止めるという目的が。…だから、彼には何の関係もない。今自分が悩んでいる事も、向こうの世界の事情も。


「彼を止める方法、思いついてないの?」


彼にとってはそれが、全てだから。


「もー。しっかりしてよ、救世主」

「……」

「君が止めなきゃ、誰が止めるの?」


頼りないなぁ、なんて。冗談なのか本気なのかはその声色からは判断できず、相変わらず表情も見えないけれど。
…言明された気がした。自分が天爽忍を止めなければ世界は救われない。アマサワジンがそれを目論んでいる事を知っているのは、自分だけなのだと。


「…さ、ついたよー」


…わかってる。いや、やはり分かってない。事の重大さをまだ自分は分かりかねている。それにしては会話が軽いなんて、言い訳にはならないだろうか。実感が湧かないのも何もかも全て、それはただの言い訳なのだろうか。


「そこに立っててくれればいいよ」


あの時の場所から数メートルくらい離れた、歩道の脇。立ち入り禁止にしたのかと思えるほど通行人も、車も通ってはいない。空には雲ひとつなく時たま吹く風が冬の寒さを連れてくる。そういえばあの時は雪が降っていたな、なんて。しかし懐かしいだとか、ここから全てが始まったんだとか、そんなノスタルジックな気分には浸れなかった。


「……そうだな、」


考えのまとまっていない君に、一つアドバイス。辺りの景色を眺めていたシンバの視線は彼に向き、そうしてやっとその時初めて彼の顔を捉えた。


「君は世界を救うんじゃない」

「…、え?」


――創るんだ


「っ、何を――!?」


シンバの言葉も視界も急に入りこんできた光に遮られてしまい、その眩しさに耐えきれなくて目を瞑る。ようやく見えた彼の顔も、一瞬にして暗闇に消えてしまって。


「じゃ、いってらっしゃ〜い」

「っ!?」


ちょっといきなりすぎませんか、なんて文句を言う暇もなくまっ白な世界に包まれていく。彼のその声を遠くに聞きながら、シンバはその場所から一瞬にして消えた。


「……頼んだよ、救世主」


それはシンバに届くことなく、冷たい風の中に溶けていった。



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