17 first contact



ヒュオオオ――


日が傾き始め、風が大分強くなったこの荒野の先のその景色はもう砂煙で見えない。その墓標に寄り添うようにずっとその場にいた自分の髪は砂にまみれて指通りが悪く、シンバはそれに触れて整えるのを大分前から諦めていた。


「……、」


この場に暫く留まっていたのは、もしかしたらここにあの金髪の青年が現れるのではないか、と思ったからで。あれこれ考えたシチュエーションもきっと実際には使えないなら、ならばもういっそのこと台詞等用意せずに空っぽのままで出会ってしまった方が楽なのではないかなんて、そんな事を考える余裕があったのも結局彼どころか誰にも遭遇しなかった結果のような気もする。


「…日が、暮れるなぁ…」


ポツリと呟いて、自分に言い聞かせる。砂漠地帯とまではいかないけれど、こういった場所は昼間は暑く夜は極端に寒くなる。モンスターがいなくなったわけではないこの世界で野宿なんてましてや一人でそんなサバイバルする勇気は無い。…だって自分今、無防備にもほどがある。


「…マテリア、どこいったんかなぁ…」


もしかしたらこっちに戻ってくる時に一緒に、なんて浅はかな期待だった。武器だって何も持っていないし、お金なんて持っているわけがない。
だからそう、自分が行動できる範囲は限られる事になる。最初に会うのは誰がと考えていた時にはいろいろ巡り巡ってヴィンセントが無難かなんて考えていた事もあったが、彼はここからほど遠い忘らるる都にいる筈。ユフィやシドだってそっち方面なワケで、バハムートも移動手段も何もない自分がそこに行くのは時間がかかるし危険すぎる。

よって冷静に考えれば、必然的に出会う人物も自分が行ける場所も絞られてくるワケで。


「……、」


砂煙で見えなくなっていた筈のその暗い塊が、急に鮮明に視界に飛び込んできた。ここへきてからずっと視界に入っていたその場所が、…まるで自分を導くかのように。


「…行く、しかないよなぁ」


本当は、その選択肢しか無い事くらい分かっていたのかもしれない。ただ、その第一歩が踏み出せなかっただけだ。その一歩を踏み出せば、もう後戻りは出来ない。この先に何が待ち構えていようと、どんなシナリオが展開されようとも。


「っ、し」


シンバは息を強く吐きだすと同時、重たい腰を上げた。気合いを入れるごとく少し強めにお尻に付いた砂をパンパンと払う。


「…行ってきます、ザックス」


彼には何の所縁も無いけれど。その柄に触れながら、シンバはその言葉を残してその場を去った。




*




「――ここが、エッジ…かぁ」


ミッドガルよりも規模は小さいが、間近に見ればその存在感を見せつけるようにずっしりと構える黒い塊は既に眼前。それでも、圧迫感は無い。今でも夕焼けに映える空の赤と青のグラデーションはハッキリと見えていた。

夕刻でもエッジは人通りが多かった。薄暗い中であまり人の顔が認識できないのだけが好都合かもしれないが、…さて、来てはみたものどこへ行くべきか。というよりエッジ内の構造なんてこれっぽっちも知らない。看板はちらほらと見えるがミッドガルから用いた廃材の一部が大半で当てにならなそうだった。


「……」


だからと言って、誰かに尋ねる気にはなれなかった。自分は四日間しか離れていなかったから余計そう感じるのかもしれないが、あの頃と人の雰囲気がかなり違う感じがしていた。

…そう、あの頃とこの世界はもう違う。


「――っ!」


細い脇道の方から聞こえてきたうめき声に、"それ"をハッキリと思い出す。この世界は病んでいる。忌まわしき悪夢がまだ、この世界に巣食っていることを。

少し、足が震えた。この場に踏み込んでいいものかどうか躊躇っている自分がいた。やはり考えるのと実際それを目の当たりにするのとではワケが違う。まずはこの現実に耐えられるかどうか、最初の試練はそれなのかもしれない、なんて。


「……」


…それでも、歩くしか自分には術が無い。とにかく今は休める所を探そうと、その足を進めていた、


「――…お姉ちゃん?」

「っ?」


その時だった。忙しく人が行き交う中、耳に届いた声。どうしてその言葉に自分が振り返ったのかは今でも分からない。この世界に自分をそう呼ぶ人物に心当たりは無くて、その代名詞に自分が当てはまる事なんて皆無な筈なのに。

…この時。この声に反応しなければ、何か未来は変わっていたのだろうか。この時が、自分の運命だったのだろうか。


「…っ、!?」


振り返って幾分低い位置にいた人物に、一瞬シンバは動きを止めてしまった。


――マリン


「っやっぱりお姉ちゃんだ!!」

「っ、」


大きくなったな、なんて悠長に思ってる暇は無かった。どうしてここにマリンが。いや、何らおかしい事ではないが、お子様は五時の鐘が鳴ったらお家に帰るのが基本ではないのか(この世界に五時の鐘なんてないだろうが)。
それにあの頃あんなに小さかったのに、よく自分を覚えているなという気持ちの方が強い。まさか一番に会うのがマリンだったなんて想像だにしていなかったけれど。


「いつここに来たの?もしかしてずっとエッジにいたの…?」

「、それ、は」

「もう!いるならいるって何で言ってくれなかったの!?皆ずっと探してたんだよ!!」

「…っえ、?」


怒っている。違う。マリンは笑っていた。台詞とは裏腹に、彼女はとても嬉しそうな顔をしていた。


「……ウチを、探して、」


それを見れば、体中を巡っていた緊張感が次第に緩んでいくのを感じた。
あれから二年。この世界で彼らがずっと自分の行方を捜していてくれたなんて事実は、今の自分にとってこの上ない幸せな報告でしかない。

心にあった悶々とした気持ちの一つがこうも簡単に晴れるのならばどうしてもっと早くここにこなかったんだろうなんて、後からなら何とでも思えるそれを繰り返す事で自分を奮い立たせる。マリンの言葉に偽りは無くて、だからそれを微塵も疑うような事、ありえなくて。


「お店に行こうっ?ティファ絶対驚くよ!!」

「っ、でも、今忙し――」

「今日はお昼までなの!だから誰もいないよ!」

「っ、わ――!!」


マリンに手を取られ、シンバは前のめりになりながら足を動かす。まだ心の準備が微塵も出来てないんですけどなんて言えずに、シンバはただその小さな後ろ姿を追った。


「っそうだ!新しい家族が増えたんだよ!」

「…、家族?」

「うん、デンゼルっていう……ね、」

「?」


今まで楽しそうに話していたマリンの声が、表情が落ちていく。


「…マリン?」

「…家族、増えたんだけど。……でも、一人出て行っちゃった」

「っ、」


言われなくても分かった。その一人が、誰なのか。
ドクリ。頭に過るその顔。デンゼルがセブンスヘヴンにいて、そうして彼はそこにいない。

…事は、シナリオ通り。


「ティファ、最近ずっと元気なかったから…お姉ちゃんに会ったら、絶対喜ぶと思う」

「…っ、」

「お姉ちゃんが帰ってきたって知ったら、…クラウドも、帰って来るかな」

「……」


自分を見上げるマリンに、それ以上何も聞けなかった。何も知らない体なのに彼の事を口にすれば、込み上げる何かを抑えられない気がして。
だから今は、ティファに会うという事だけで頭を占めた。…一体どんな顔をするだろう。何から伝えよう。そればかりを浮かべては消してを繰り返す。

…そう、この時ばかりは。
誰もがこうして喜んでくれるんだと、信じて止まなかったから。



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