19 turn into an argument



「ゴホッ、グッ…ゴホ――」

「いい加減にしたら?そろそろ命終わっちゃうよ?」


男の病的な咽た咳の音を狭い空間で耳にするのはあまり良い気分ではない。床は男が吐瀉したもので赤褐色に染まっていき、むさ苦しさと緊迫感で窓の無い空間に嫌な空気が充満していく。
どのくらいの時間この光景を眺めていただろう。床にへたばり苦しむ男、それを見ては楽しそうに暴行を繰り返す男。同じ人間とは思えない行い…いや、そもそも彼は人間かどうかも疑わしい存在。


「…いい加減にするんはお前とちゃうんか」


居心地の良くない古い木製の椅子に座り、手中の球体を宙へ投げては掴み、投げては掴みと、何の面白みもない動作を繰り返していた天爽忍は、ツォンの意識が遠のいたのを確認してからそう言葉を発した。
カダージュはツォンの背中に乗っけている足はそのままに、不機嫌な顔だけ彼に向ける。


「言うてるやろ。そいつらはどんなけ痛い目に遭おうが、口は割らへん。それがタークスや」


北の大空洞でツォンとイリーナを人質にとったカダージュ達は、それから彼らにあの場所で"何"をし"何"を見つけ"何"を攫ったのか、尋問を繰り返していた。

しかし二人とも口を割らず、その上紳士なツォンはイリーナは何も知らされていないと言い彼女の解放を求めてきたが、そういうお情け等に全く無関心なカダージュがそれを許可する筈も無く、生憎女の拷問を見る趣味など持ち合わせてはいない天爽忍が彼女だけ別室で監禁をとしぶしぶ指示を出し、尋問とカダージュの"怒りの矛先"はタークスのリーダーであるツォンだけに向けられた。
けれども、任務の遂行の為ならどんな手段も厭わない―それがタークスである。今彼が受けている仕打ちは今まで彼らがやってきた事と相変わらない。逆の立場になろうがスパイである以上秘密は厳守すべきであり、業務に支障を来してはいけない。彼らは命に代えてもその秘密を黙秘し続けるだろう。


「今ここでコイツを殺してみぃ、奴らの反感を余計に買うだけや。人質っちゅーのは交渉の為に生かしとくのが基本やぞ」


覚えとけ。そう冷たく言い放てばカダージュは大人しくその足をどけた。…顔は不機嫌なままだったが。

天爽忍はあからさまに大きな溜息を吐いた。頭が悪いだとか、聞き分けはいいだとか、彼の事を知れば知るほど溜息が漏れる。何だか小さな子供を相手している気分で、彼らと共に行動するようになって以来、天爽忍は疲労と煩瑣を募らせていた。


「くそっ、母さんはどこにいる」


ほら、また、そればっかり。いい加減聞き飽きたぞ、なんて。


「…まあ、ルーファウスが持ってる事は間違いないやろうけどな」


宥めるように言ったがしかし、きっと彼も頑なにそれを渡そうとはしないだろう。ど派手で見た目は名ばかりの社長と思われがちだが、頭の回る厄介な存在だという事は"元社員"の自分が良く知っている。


「…仕方ない、社長のところに行って来るよ」

「行ってどないすんねん」

「コイツの写真でも撮って脅そうか、そしたら――」


カダージュは転がっている小石を蹴飛ばすようにツォンに足を向けた。…あぁ、ほら、コイツは単純だ。あの社長に脅しは一切効かない事、何度接しても理解出来ていないらしい。

彼らを人質にとって刹那「クラウドが何かを知っている」という言葉を信じ接触。だがしかしそこで初めてカダージュは騙されたのだと理解し社長の元へとすぐさま足を運んだが、そこでまた別の場所を指示され探し回ったのがつい先日の話。
…また、騙された。そうして怒り心頭にルードとレノに八つ当たりをすれば「アレはヘリから落とした」と次なる"嘘"をつかれ、ツォンとイリーナの血のついた神羅社員証に誓って言えるかと問えば話を逸らされ、…それを信じ流されるカダージュもカダージュだが、ドアの向こう側で話を聞いていた天爽忍は敢えて手を貸さなかった。


「意味ないわ、阿呆」


持っている、持っていない。渡せ、渡さない。言葉の攻防を繰り返していても時間の無駄だということはこの数日間でよく分かった。奴らがそれを匿う理由は分からないが、直接的にはもうどうにもならない。今のツォンと同じ、きっと死んでもルーファウスはシラを切るつもりだろう。
…だったら、どうする。このおつむの足りない銀髪達にこの世界の人間ではなかった己がどうやって手を――


「……やり方を、替えるか」

「やり方?」

「直接行ってアカンのなら、間接的に攻める」


天爽忍は手中で弄んでいた球体をまじまじと見つめ始めた。…あるやないか、ええ方法が。


「…何かいい方法があるみたいだね」

「あぁ。…こっからは別行動や。お前らは次の計画に移行しとけ」


首でカダージュをあしらい、部屋から出て行くよう促す。カダージュは「分かったよ」と一言いい、挨拶代わりにツォンを蹴飛ばし天爽忍の手中にある球体に目を奪われるようにその方へ顔を向けた。


「ねえ、そのマテリア、僕にちょうだい」

「アーカーーン。これは俺のや」


殺風景なこのむさ苦しい部屋の中で、異彩を放つ赤色。「マテリアさえあればもっと強くなれるのに」と言うカダージュに「クラウドが持ってるんとちゃうか」となんとなしに言えば、彼はニタリと笑ってどこかへ電話をかけ始め、そそくさと部屋を出て行った。
…行動が早いことだけは褒めてやろうかなんて思いながら、天爽忍はその赤色をポケットに仕舞いようやく椅子から立ち上がる。


「タークスのお偉いさん」

「……」

「もう目、覚めとんのやろ」


返事が来ないことは分かりきっていたとでも言うように、天爽忍はツォンの身体を無理やり起こし、壁にもたれかけさせる。ゴホゴホと咽ながら吐かれた血反吐が己に飛んでこなくて良かったなんて暢気な思考のまま、この部屋に来てようやく視線を交わした相手の顔をしゃがみ覗き込んだ。


「……お前、…何故…奴ら側に、いる、」

「あれ、俺の事知っとったん?俺もそこそこ有名人か?」


嬉しいなあ、なんて。心にも無い言葉を述べて即「そんなことはどうでもええ」と話を遮り、天爽忍は先程より声を小さく言を発した。


「一つ。俺からも聞きたい事があんねんけど」







***







ヒュゥォォオ――


辺りはすっかり暗くなり夕刻時に吹いていた風はより一層強く、気圧の低下で寒さがよりその肌に染みた。
あれからどのくらいの時が経過したのかも、どうやってこの場所―ザックスの墓標に戻ってきたのかも分からない。先程の"事件"が脳内を支配し、自責の念に心を巣食われ、シンバは他のこと一切考えられなくなっていた。


――タークスとして、生きていた


ティファがそう思い込んでしまったのは仕方が無い、寧ろそれが正しい反応だとも今なら思える。二年も姿を消していた筈の自分が、二年前彼らを裏切ったときの格好でいれば、至極当然の心理。己にとってはたった四日でも彼らにとっては二年という短いようで長い月日。心憂い日々が蓄積され、そして先の一瞬で当の本人に脆く崩されて、怒りに手が震える気持ちも今なら、分かる。


「……」


十分に理解しているつもりだ。考えたって過去には戻れない。もう一度ティファに弁明をなんて自殺行為に等しいだろうし、唯一の移動手段の"友"であるバハムートもいないし、10秒に1回は出るため息という名の二酸化炭素をこの砂漠に撒いたところで喜ぶ植物もないし、この状況を変えてくれるモンスターすら襲ってこないし、…この世界に突然現れた自分を必要としてくれる人は誰もいないし。


ヒュウォゥウォオ――


ネガティブの連鎖が止まらない、絶望的なシチュエーション。




「…………、寒い」


…さて、これからどうするか。一番に考えるべきはそれだろう。このままザックスの剣と共に寝るのは流石に厳しい。寒いし、一向に現れないから不思議だがモンスターや野犬に襲われる可能性もゼロではないし、何より寒い。

唯一頼れる場所は思い浮かんではいる―というより、先程からずっと頭の中に巣食っているそれではあるが、彼らの新アジトが何処にあるのか分からない。分かるのは記憶にある外観のみ、だ。
けれども、ティファに散々言われておいて結局そこを頼るのも何だか癪。裏切り者のまま彼らに妬まれ生きていくなんて選択、果たして自分に出来るのだろうか、…いいや出来ないだろう。


「…」


何だか頭がボゥとしてきた。考えすぎか、ティファにしばかれて脳震盪でも起こしているのか、寒すぎて死に近づいているのか。

コツン、とザックスの剣に頭を預ける。刃だから勿論表面は冷たい。ただ、この巨大な剣で少しでも風を凌げればいいだなんて、そんな事を考えてしまった結果自分、野宿決定。


「……――」


シンバはそっと目を閉じた。…もう、明日の朝考える。とにかく明日、頑張る。ダメ人間の言い訳を心の中で繰り返しながら、意外にもその意識はアッサリと落ちていった。



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