21 the clown emit venom



「――っ、」


それは神羅の上層部のそれまた上層部にしか知らされていない事実だと男は言った。研究員の中でも知らない者の方が多いと言い、ともすればタークスの連中もやはり知らされていないのだろう。


「僕は神羅でジェノバ・プロジェクトのリーダーをしていました。貴方がこの世界の人間ではないと分かった途端…宝条は貴方をジェノバの実験体に加えるよう言ってきたのです」

「!」

「…しかし、突然貴方はいなくなってしまった」


バハムート67階壊滅事件。…自分で勝手に命名しているが、心底バハムートが現れてくれてよかったと思った。でなければ今頃ザックスやクラウドが受けたような実験を施され、見るからに抗体のなさそうな自分は人ではなくなってしまっていたかもしれない。

宝条から捜索の命が出たものの、その後ジェノバ自体をセフィロスに奪われてしまい、ジェノバ・プロジェクトは一時凍結されたと男は続けた。


「…けど、それで良かったと僕は思う。長年研究をしていましたが、あれは…あの災厄は、この世に無いほうがいい」


どんな実験をどのくらい誰にだとか、どんな結果を得、何に活かせただとか、そんな事聞く気にもならなかったし、聞いてはいけないと思った。その災厄がどれほど危険な因子をこの世界に生んだのかを、その人はもう十分に分かっているだろうから。


「メテオで世界がまさに滅ぶという時、僕は神羅にいました。……しかし、星は救われた。ライフストリームがこの世界を覆いつくし、そうしてセフィロスもジェノバも消滅し、また世界に平和が訪れたのだと…その場で生きていた誰もが喜び、感動を分かち合いました」


…それが、二年前。

その後、神羅の社長が亡くなったという噂、神羅ビルも再建不能なほど破壊されていた為、実質上神羅カンパニーは終りを迎えた。そうして生き残った社員達もバラバラになり、故郷に戻る者、ミッドガルに残り街の者達と協力して新たな街―エッジを創り上げた者、誰しもが第二の人生をまたこの世界で着実に進めようとしており、そうして彼も後者としてエッジで暮らし始めた。

…しかし、


「暫くして、街にある病気が蔓延し始めました」

「……星痕、症候群」

「そう。その病の正体も原因も不明。治療法もない。かかったものは、死を待つのみ」

「…お、恐ろしいです、よね…」

「けれど、僕はどうしてもその症状が気になり、元々顔馴染みだった街医者と協力して原因を探りました。…その病気の症状が、ライフストリームを直接浴びた者の心身に見られる特徴と一致しているような気がしたから」

「…!」

「そして僕はこう仮説した。その病の原因はライフストリームで、その病の正体は」


――ジェノバの遺伝思念


ゾワリ、と背筋を何かが這った。この世界の第二のストーリーの"核"と言っても過言ではない、悪の元凶、忌々しき過去の産物の名。

…これは、今まで自分が厄災の研究を重ねてきた罪なのだと。ジェノバという危険因子を、それから生まれたセフィロスという名の災厄を野に放ち、ただただ宝条の言いなりに、神羅の言うとおりに研究してきた罰なのだと。
だからせめて罪滅ぼしにとは言わないが、その治療法だけでも見つかればと男は奔走した。…しかし、効果的なものは何一つとして見つからなかった。

元凶の公言は避けるべきだ。そう街医者と判断し、男は"研究"をやめた。正体であるそれがライフストリームに溶け込んでいるならば、もう手も足も出ない。詳しく調べようにも施設も何も残っていない。共に研究をしてきたプロジェクトの仲間が今どこにいるのかさえ分からないし、そもそも彼らがまたプロジェクトの再建に手を貸してくれるとは思えなかった。

そうして今までひっそりと暮らしてきた。そう言って男はマグカップに手を伸ばす。…今思えば、自分がその病気にかかりたくないから必死だったのかもしれない、なんて。


「……」


シンバは黙って話を聞くことしか出来なかった。星痕症候群の事もジェノバの事も自分は何もかも知っていて、分かっている。…いや、実際何も分かっていない。それに侵された者の末路、それに侵されるかもしれないという煩慮、見えない敵と戦う恐怖。何も知らない者の気持ちに自分はこれっぽっちも寄り添えない事を、知ってしまったから。


「…前置きが長くなりましたね。本題はここからです」


コトリ、と置かれたマグカップ。


「僕に協力してくれませんか」


一体何を、と聞く前に。男はその厄災の名を口にした。


――ジェノバの抹消の為に、と


「…っ、」

「ここ一年ほど、神羅―いや、"あなたの所属しているタークス"が忙しく動き回っていたのは知っています」


ルーファウスが実は生きていた事、そうしてタークスが活動を再開した事。男は特に何も思わなかった。元々関わりの少なかった部局でもあるし、彼らが街の再建に手を差し伸べるのならそれはそれで良い罪滅ぼしだと思ったから。

…しかし、事態は思わぬ方向へと向かう。


「とある噂を耳にしたのです。タークスが、"ジェノバ"を探し回っていると」

「!!」

「あれは膨大な量のライフストリームに溶け残っているだけなんだと…そう思い込んでいた。…それが誤算だった」


アレがまだこの世界に生きて―いや、存在している。それが本当ならば、何としてでも探し出し、そして抹消しなければならない。あれはもうこの世界には必要ない。あってはいけない。男は力強くそう言った。


「もしかしたらもう、それは彼らの手中にあるのかもしれない」

「……」

「どちらにしろ、危険な事には変わりない。…どうか僕に手を貸していただけませんか」


今シナリオがどのあたりを進んでいるのか実際自分も把握していない為、何とも言えない(言ってはいけないのだが)。…けれど、シンバは先程から男の話に違和感を覚え始めていた。

男の話中のタークスの中に、自分がいない。この世界で生きていた者ならばこの格好を見ただけでタークスだと気付き、そして今もタークスをしていると無意識にでも思うだろう。…ティファが、そうだったように。
なのに何故、男は自分がそこにいないと知っているのか。知っている…いや、分かっている。悟っている?


「…何故、」

「?」

「何故、私に頼むんですか」


何かが、おかしい。たった一言言葉を交わしただけの仲、研究者と被検体という関係。男が自分に話したことは"シナリオ"として知っている事ばかりだったが、公言しないと判断した情報を自分に―"タークスの自分"に話すことも、ジェノバの行方を捜し追うことも、態々"敵"に向かって言うことではない。そうだろう。


「私は見ての通り、タークスで、」

「本当に?」

「…、え?」

「少なくともこの一年間、あなたが彼らと行動を共にしているところを見たことがありません」


彼らは再建の為、星痕症候群の為…という名目で何度もエッジに足を運んでは街の者の手を借りていた。直接接触はしなかったものの、その内容等は把握し、何とかして彼らの目論見を知ろうと蔭ながら動いていたという男の目に、一度もシンバの姿は映らなかった。


「あなたはどちらかと言えば、クラウド達の仲間。…違いますか?」

「っ、」


タークスになって日が浅いこと。二年前まで、ずっとクラウド達と共に行動をしセフィロスを追っていたこと。その後は知らないが、少なくともタークスとしての行動はしていなかったこと。…だから己はタークスよりではなく、クラウドよりだって?


「……それだけが、理由ですか」


やはり、何かが引っかかる。それらはただの付随する枝で、肝心の核がまだ別のところにある気がした。…だってこれは、あのシナリオにはない、別のストーリー――


「用心深いですね。さすが元タークス」


ふっと彼は笑った。それは何かを諦めたような、ため息にも似た感じだった。


「…実は、僕もこの世界の人間ではないんです」

「!!!」


突然のその言葉。さらりと、平然と出たその言葉にこちとら顔が強張るのが分かった。一気に心臓が動きを早め、また体が熱を帯び始める。
…まさか、そんな、こんなにも早く。コーヒーを入れ直してくると言って立ち上がり歩き出す男をシンバは思わず呼び止める。


「っ、あ、あの!」

「?」

「、貴方の名前は?」


一瞬、間があった気がした。定かではない、だってその時の自分、焦っていてどんな顔でどこを見ていたのかも今となっては覚えていない。
…けれども、その問いに怪しさも感じなかったのか振り返った男は顔に笑みを浮かべ、


「僕はシノブと言います」


よろしくね。そう言って扉の奥へと消えていった。



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