23 The trouble still continues



「――よく眠れましたか」


図々しくも男の寝具を借りて寝た昨夜。砂と"思い出"を洗い流したタークスの服にまたと身を包んだ初日の朝は、この世界に来た日の朝となんら変わらない。目的地は決まっている。だがしかし、億劫だ。これから向かう先にいる奴等への言い訳、ジェノバの詮索、これといってとびきりのアイデアは何一つ浮かんでいない。


「はい、ありがとうございました。…助かりました」


軽めの朝食を頂いて、またとコーヒーの話で時間を潰す。この人本当にコーヒーが好きなんだなと思う傍ら、こんなに手厚いお世話を受けてばかりで何だか申し訳なく思った。自分にこれほどの恩恵を受ける価値があるのだろうかと。…俗に言うプレッシャーというやつなのかもしれない。


「あぁ、そうだ。移動手段を持っていないですよね。僕の古いバイクでよければ自由に使ってください」

「…え、でも、」


協力する。それは単に情報提供などを示す言葉だとばかり思っていて、行動を共にするだとか、世界を救うための旅をするだとか、そんな大袈裟なものではないと勝手に思い込んでいた。だって、そうだろう。他世界から来た男と女―"長年ジェノバの研究をしていた""二年前に星を救う旅をしていた"という経歴はあるものの、言ってしまえば二人とも一般人に過ぎない。
…だからだろうか、次に男が発する言葉はシンバの心に酷く疼き、そして妙に脳内へ響くこととなる。


――僕たちは、同志ですから


「…っ、」


…あぁ、そのような言葉、いつかどこかで言われた。この世界の災いの元だった者に、これからまた災いとして舞い降りて来ようとしている者―セフィロスに。

あの時の意味は"世界に災いをもたらす者"として、今の意味は"世界を災いから救う者"としての熟語であって、真逆の立場で言われていることは容易に理解出来る筈なのに。…その瞬間から男に対して違和感、嫌悪感をシンバが抱き続けることになるなど、発言した本人は知る由も無いだろう。

…分からない。言われた瞬間にセフィロスとのやりとりがフラッシュバックしたからか、その言葉に単にトラウマを持っているからか、

――この男にセフィロスの影が、重なったからか


「全ては世界を救うため。お金の事も、何も気にしないでください」

「……ありがとう、ございます」

「ここを拠点にしましょう、合鍵も渡しておきます。…あぁ、そうだ、PHS持ってます?」

「いえ…すみません、無くしたみたいで、」

「じゃあ用意しておきますので、今日は一度戻ってきてください」

「…わかりました」


ジェノバ抹消へのプロセスを淡々と進める男と、戸惑いを覚え歯切れの悪い女。プロジェクトの開始に意気揚々とする男と、どこか憂鬱気な女。二極化の位置にいる二人の間に生まれた空気は、やや希薄。


「……緊張してます?」


それを見透かしたかのように男はそう問うてきた。…確かに、緊張はしている。この世界への"逆流"はどこもかしこも障害物だらけで、ヒーリンで最初に会う人物が誰なのか考えても無意味なのに考えてしまう。
ルーファウスが独りで居てくれた方がマシかと思うが、…もしそこにあの銀髪達が居たらどうしよう、なんて。


「……、少し。あ、いや…大丈夫です。これは私事なので…はい、」


けれどもそんな事、目の前の男には関係ない。出会ってまだ半日の男に"全てを吐露するつもりも説明するつもりも無い"と決めた事に変わりはないが、けれども彼もジェノバを追っているのならあの銀髪達に遭遇している可能性だって無きにしも有らずという事を、ふと思う。…確認するか、いや、確認したところでどうする。仮にもし男がそれらに遭遇していたとして、"同志"である自分に報告しない理由があるだろうか。だってあの銀髪達、どっからどうみても怪しい。


「何があったのかは知りませんが、…あ、本当に言わなくて大丈夫ですから」


その言葉は二回目だが、…本当は聞きたくて仕方がないのではと思うに一票。


「世界の命と、自分の立場。…どっちを優先すべきか、あなたなら分かる筈だ」

「…!」


あぁ、これまたこんなセリフ、今度は自分が誰かに言ったような、そうでないような。もしかしてこの男、自分を含んだこの世界のストーリーを知っていたのではないか、なんて。


「…さて、僕も行くところがありますので、そろそろ動きますね」


豆を買いに行かなければ。…用事ってそれだけですかと思う傍ら、シンバは喉まで出かかった質問をゴクリと呑み込んで自身も思い腰を上げた。
やはりこの男には何も聞かないほうがいい。慎重に事を進めなければ自分はまた過ちを繰り返すだろう。…とにかく今はこの世界の現況を知ることから始める。全ては、そこからだ。


「……あ、すみません、一つだけ聞きたいことがあります」


マグカップと朝食のお皿を両手に抱えたまま振り返った男に何も聞かないと今し方心に決めたがしかし、自分には今最も知らなければならない事があることをシンバは思い出した。


「ヒーリンの場所を教えてください」







***







バン_


古びた扉を開ける。以前に来たときよりもその場所に温もりがあるように思えたのは崩れた天井から差し込む光が明るいからか、光合成を続けてきた花々が逞しく育っているからかは分からない。ライフストリームの影響で荒んだ外観に成れ果ててしまったものの教会内はあの頃と変わらない風景を保っていて、まさか今も手入れをしに来ているのではないか…なんて、自然と思い出される彼女の影にティファの頬も自然と緩む。

元ミッドガル伍番街に今もある教会―エアリスが、好きだった場所。ここに来るのは久方ぶり。来ようと思ったのもたまたま、今朝方のデンゼルの様子も落ち着いていて、店も定休日だから「"お姉ちゃん"に会いたい」とマリンが言い出したのがきっかけだった。
それに自身も少し、ユックリと考える時間が欲しかったというのもある。頭の中でずっと再生し続ける昨日の出来事を彼女も聞いてもらえたら…どんなに楽だろう、なんて。


「…………」


マリンは一目散に花々が咲き誇る場所へと駆けて行き愛おしそうにそれを見つめ、ティファもゆっくりとその足を進めた。…が、やはりどこか以前とは違う雰囲気があることに、なんとなく違和感を覚え始める。

人が何度も出入りしているような、そんな雰囲気。


「……クラウドはここに住んでるの?」


その正体に先に気付いたのはマリンだった。その視線の先―咲き誇る花々のすぐ隣、鮮やかなそれらとは対照的に暗い雰囲気を出すその場所に…散らばった痕跡。


「そう…みたいだね」


彼が姿を晦ました理由は定かではないにしろ、思い当たるものはいくらでもあって、それにこじつける事なんて容易で、そうやって自分を納得させてここまで来た。
…なのに、目の前に落ちている白いはずの包帯に付着した汚れは、自身も想像だにしていなかった"理由"を浮上させる。


「デンゼルと同じ…クラウドも病気なの…?!」


星痕症候群は感染しない。明確な発症源は未だ分からないものの、その病にかかる者が大半は子供だったからか、どこか安心しきっていた。星を救う長い旅に出、色々な問題、葛藤を乗り越えてやってきた自分達は強く逞しくなって、ちょっとやそっとの事で動じないって、そう思っていた。


「病気だから出て行ったの…?」


言ってくれればいいのになんて、きっと本人に言ったって無意味な事も。それに気づいていたとしてそれを問質したって、シラを切り続けられることも。…きっと"彼女"がいたら何か違っていた事も。
分かっているから、もどかしくて。


「……一人で戦う気なんだよ」


一人で背負わずに皆で力を合わせる大切さをあの旅で学んできた筈だった。迷惑をかけたっていい、もと頼ってほしい、仲間なんだからって。…そうやって彼女を励まして来たのは、彼自身の筈だったのに。
…でも、


――違う


「戦う気なんてないんだよ」

「…ティファ?」


いつから彼は弱くなってしまったのだろう。いつから彼は思い出に縋るようになってしまったのだろう。どうして彼はいつまでも、彼女の影を追っているのだろう。いつになったら彼はこの現実を、


「帰ろう、マリン」


逸れた思考を振りほどくように、ティファは沈めていた顔を上げ、笑顔でマリンに向き直った。


「やだ、クラウドに会いたい!」


マリンは何も知らないから。素直に思ったことを言えるのも、無知なのも…これ程までに羨ましいと思った事、今までに無い。


「……そうだね、…会いたいよね」


彼女との"トラブル"についてもあれから深い話しは避けた。自身の取り乱した感情を、色々あった二年間をこの一件でまとめるにはまだ早すぎると思ったから。


「…ね、会ったらどうしよっか」


…それに、きっと。彼はまだ真実を知らない。自身が受けたあの残酷な"仕打ち"をどうやって彼に伝えるべきか、最早自分の口から言うべきなのかさえ、ティファは未だに迷い、解決策を見つけられずにいる。


「一緒に帰る!」


――どうしたらいいか、わからなかった

いつだって、そうだった。


「その前に、お説教だね」

「賛成!」


今は只、この無垢に救われていること。それだけが、ティファの頼りだった。



back