コンコン_
意を決して手を伸ばした白い壁の先。初めに聞こえてくる声によって己の心の持ち様も随分と変わったのであろうが、何かを期待した割に返ってくるものは何も無かった。
部下達が不在ならば好都合。部下達だけが在中ならば不都合。誰も居ないのもこれまた不都合。銀髪達と"密会中"ならなおさら不都合。…と、ノックをしてから不自然な間が空き、サッと一瞬、後ろを振り返る。
緑に囲まれたその場所に到着した際には、この黒ずくめな集団になんて不相応な癒しの場所かと思った程。画面越しで見ていただけの景観は想像以上に壮大で、まるでどこか海外にありそうな絶景と言うに相応しく、あの神羅ビルの都会っぷりはどこへやら、だ。
けれども隠れるには持って来いな場所に位置しているとも思う。…ひっそりと企みを持つには打って付けの、ナイスな物件。
「……、」
…さらに数秒待ったが、中から応答は無い。誰も居ないのだろうかと、透視するかの如くドアに視線を当てる。
鍵穴は有るようだが果たしてその穴は外部との接触を拒んでいるのだろうかと、確認のために軽くひねったドアノブは自分の意のままに回転してしまった。
ギィ_
あぁ、開けてしまったらもう引きさがれない。ドクリ、ドクリ。己にとっては数日。されど、相手にとっては数年というブランクを飽きるほど脳に学習させながらやってきたこの場所に、シンバの足が一歩踏み込む。
視界に人の影はゼロ、物音も無い。第一関門をクリアしたような気分に自然と一息つき、その視界を、ドアを最大限に開いた。
「…………」
思っていた以上に広々とした、白い空間。無意識に働く脳が思い浮かべる"あの光景"。果たしてそれは過去形か未来形かは、部屋だけを見ても判断は出来ない。
シン、と静まる空間に己の心臓の音だけが響いているような感覚。他人の"家"だからかそれ以上先に踏み込めなくて、視界だけをキョロキョロと動かしていた、
「――シンバ、か?」
「!!!」
その時。突如聞えてきた声にあからさまに驚いたシンバは小声で「びっくりしたぁ」と思わず漏らす。自身の心臓の音が煩くて聞こえなかった"足音"は、木の軋む音と共に己にゆっくりと近づいて来た。
「――…(ルーファウス)」
ノックをしてから姿を現すの遅くないですかという疑問はこの際置いておいて。キィ、と時折甲高い音を成しながら動く車椅子の上、白いローブを纏う何か。自分はそれが誰か分かっているが傍から見れば怪しさ全開、一瞬人かと疑いたくなるような形容に、シンバはそれの名を呼ぶのを躊躇った。
それを後ろで介助するものは誰もおらず、車輪は乗っている者の手を借りずに動いている。自動操縦可能なハイテクで漆黒の色をした車椅子はしかし、この白いローブの奥の人物には果てしなく不釣合いだとシンバは思う。
「…生きていたのか」
「……、社長、こそ」
知った人間だと分かったからか、ルーファウスは被っていたフードをハラリと後ろへおろした。鮮やかな金色が白のローブに映え、社長としての気高さは今も健在だなと思う傍ら、隠された片目と巻かれた包帯が痛々しい。
うっすらとローブから覗く左手の包帯とその顔を覆うそれは、神羅ビル破壊―自分がこの世界から消えたあの時のウェポン攻撃の後遺症か、星痕症候群によるものかは見ただけでは判断出来ない。…判断出来ないが、聞く気にはなれない。
「……星を救いに単独行動をし、二年後にのこのこと戻ってくる…実にお前らしい」
「……、」
「この二年間、何をしていた?」
ルーファウスの中に存在している"私"は、レノ達よりも古く、クラウド達より新しい。最後に言葉を交わしたのはいつだったか…と最近の事なのに思い出せないが、『星を救いに行く』と宣言をしたのはイリーナにだけ。恐らく彼女からタークスへ、そして社長へと伝わったのだと思う。
単独行動、のこのこと戻ってきた。この二つの意味が分からない程自分は馬鹿野郎ではない。自分はまだタークスであると再認識させられる言葉だが、…回答次第では"クビ"を宣告される可能性だってあるのではないかと、ふと思う。二年という月日の中で自分の位置づけがどう変化したのか、何度も言うが4日間しか離れていなかった自分には分からない。最初の言葉どおり"殉職"扱いとなっていたのか、やはり"内通者"であったと猜疑を持たれていたのか。
…今までの自分ならクビになる方が、都合が良かった。それなら堂々とティファに弁明も出来ただろう。
――"シノブ"に、会うまでは。
「……ちょっとヘマして、怪我してしもて。…北の大空洞近くのちぃーさな村で、リハビリを…ね、」
「…そうか、お前も怪我をしたのか。私もあの日…神羅ビルが崩れ落ちる直前――」
…アッサリ信用するんかい。と、どこか拍子抜けしながら、己に起こった出来事を語り続けるルーファウスに視線を投げ続ける。人の話を聞くことよりも自分の話をしたがるのがこの人の特徴だったと今更思い出すも、話はあまり頭に入ってこない。そういえば自分、昔から症候群を煩っていた。"ルーファウスにあまり関わりたくない症候群"。
「――レノ達は、おらんの?」
彼の過去話など正直どうでもいい、知っている(大半は忘れたが)。そんな事よりも語られている間に誰か帰ってきたら…と、ソワソワして止まない心を落ち着かせたいが為に、ルーファウスの話が丁度途切れたところでシンバはそう割って問うた。
「レノ達なら今…エッジで"仕事中"じゃないか?」
「みんな?…そういや皆元気?」
「あぁ、相も変わらずだ。ツォンとイリーナは長期任務で今はいない」
「…ふぅん、」
長期任務。ルーファウスは間髪入れずにそう言う。その言葉にピンと来るものがあって、しかしそれをどこまで掘り下げるべきだろうかと、少し会話に間を空ける。ストーリーの位置さえ大まかに掴めれば、あとはあの忌まわしき物の所在を"確定"させるだけでいい。…のだが。
「長期任務って、どこに?」
「我々は今、ミッドガルの再建―復興に力を入れている」
「うん」
「再建には何が必要だと思う?」
「う〜ん、…そこに住む人?」
「そう、正確にはそこに住む人間の"信頼"だ。我々神羅カンパニーがこの世界に残した罪によってその信頼はゼロになった」
「…うん」
「その信頼を取り戻す為に動いているのがレノとルードだ。彼等は今、エッジという街の構築に力を入れている」
「…元々ミッドガルに住んでた人が集まって出来た街…やっけ?」
「そうだ。ミッドガルを再建するということはエッジに住む者の信頼が必要ということだ」
「…で、ツォンとイリーナは?」
「再建には他に何が必要だと思う?」
「……」
またその質問か。彼等の現況をはぐらかす為の時間稼ぎがと思ったが、回りくどく自らの計画を語りたがっているような気もする。昔から演説好き、そんなところは父親そっくりだとティファが言っていたような…言っていないような。やっぱりこの人、いらん話が多すぎる。
「資金だ。一から立て直すとなると掛かる費用は……考えたくも無い」
「…社長にしては随分弱気ですね」
「弱気?…ふっ…そうだな…あの事件から私は随分と変わってしまった」
「……じゃあ、二人は…資金稼ぎに出回っているってこと?」
「そういうことだ。つい昨日報告に戻ってきたばかりだ…次はいつ戻ってくるか…」
イコールそれは、遠まわしに彼等とは会えないことを示唆している。…という事は、自分の知っているストーリー上、あの銀髪達は既にここに来済み、彼等を人質として捕らえている可能性が高い。
そして、あの"災厄"は、
「…そのローブいつもはおってんの?」
その手中だ。
「…気付いていると思うが私は今、手負いの身だ。あまりこの姿を堂々と晒したくはない」
「……星痕、症候群なん?」
「…あぁ、そうだ。その原因や治療法も我々は探している。これも我々の責務だと思っている」
「…色々大変やなぁ」
シンバはそこで初めて、部屋の中をゆっくりと歩き始めた。物珍しい物を見て廻るように、ルーファウスにも少しずつ近づく。
「シンバ、こうして戻ってきたということは、身体はもう平気なのだろう?」
「うん、まぁ、問題はないかな」
少しぶ厚めの白。ルーファウスの身体をすっぽり覆うくらいだからかなり大きい。近づいてみればその質の良さが良く分かる。…さすが、ここにも金をかける社長。
「早速だが、お前にも任務を与えたい」
膝上、身体よりの膨らみは、ローブの余りを手繰り寄せたものか。それとも、あの忌まわしき物が入ったパンドラの箱か。…分からない。場所が場所だからあまりじろじろ見るのも気が引ける。触るわけにもいかない。二年を経てただの変態に成り下がってはいけない。
「お前には星痕症候群の原因、治療法を探ってもらいたい」
「早急に」その声を背に聞きながらシンバは開けっ放しにしていたこの部屋の入り口へと向かう。あぁ、やはり私はこれからもタークスとして生きていくしかないのか、なんて思いながら、一つ大きく息をつき、己の"上司"に向き直った。
「努力するわ」
そうとだけ言い残し、シンバは大きく開け放たれたドアをサッと閉め、ルーファウスを視界から消した。