ブロロロ…
エンジンをかければ、古いバイクの排気ガスと音が壮観な景色を汚していく。シノブに借りたキャップ、パーカーを羽織り、排気口からキツイ匂いを放ちながらシンバは名残惜しむ事無くその場から離れた。
――夕方にはまたここで、落ち合いましょう
ヒーリンに向かう直前、シノブにそう言われた。PHSを準備しておくと言っていたからそれの受け渡しと、恐らく今の接触による成果報告も望まれる。
生憎だがこれといって良い報告は出来そうに無い。結局のところ、ルーファウスが所持しているのか所持していないのか、その"箱"を見ていない為に断言ができない。ルーファウスが持っているだろうと思うのは、己の勘と過去のストーリーを汲み取っただけだ。…多分持っているだろうと曖昧な回答は出来ない。そんな報告ならしない方がマシだろうと考えつつ、シンバはバイクのスピードを上げる。
「…さて、どうするか」
居たたまれなくなって逃げるように出てきた為、滞在時間は10分も無いと思われる。夕方まではかなり時間があり、どうやって時間を潰すべきかを考えなければならない。
エッジには行きたいが、行きたくない、否、行けない。ミッドガルに思い出探し…そんな事をしている場合ではない。
やはりストーリーの進み具合を明瞭に確認するべきだろうが、ただ、どのように探るのが正解か分からない。銀髪に接触、かなり嫌だ。クラウドと接触、心の準備が整っていない。レノ・ルードに接触…そういえばルーファウスへの口止めを忘れた、これはかなり痛い。…戻るか?…いや、まぁ、いいか。後の祭りだ、どうにでもなれ。
「…………」
と、ルーファウスとの会話を思い出して嫌気が差した脳内に、ふと過ぎったのは、赤を纏った彼――ヴィンセント。あの壮大な旅中、いつでも己を気にかけてくれて、悟ってくれて、味方でいてくれた。何でも相談できて、頼れる兄的な存在だった。だから、今となっても彼なら気兼ねなく会えそうな気がする。ティファのような展開にはならないだろう…と、逃避する思考はそれでも、その方向で物事を考え始めていた。
だがしかし、今から彼の元―忘らるる都へ向かうには、少々難がある。夕方までにここに戻ってこなければならないことを思うと辛い…いや、そもそもどのくらいかかるのだろう。あの旅では順序でいって最後の方に訪れた場所であるが、このミッドガルの場所からそれがどこに位置しているのかが分からない(あいあむ方向音痴)。自分はあの場所へバハムートで行ったが、本来は船が無ければ行けない筈だ。
…と、いうより二年後のストーリーであの場所までクラウドはフェンリルで行ったのか。あのフェンリル水陸両用なのか。って今はそんな事どうでもいい。
「…地図が欲しいな、」
シノブにヒーリンの場所を聞いた時、彼は地図を見ていたような、そうでないよな。取り急ぎ一旦"アジト"へ戻り、それからまた考えればいいかと思議を固め、そうしてシンバは幾分荷の下りた心を引き連れ、土煙を上げながら広大な砂漠を突っ走った。
*
「――地図…地図…」
アジトにシノブの姿は無かった。他人の家だが、何でも気兼ねなく使ってくれと言われたことをいいことに、シンバはありとあらゆる本棚を探っていた。
一人で住むには十分な広さのある建物だが、流石は元研究者といったところだろうか、その大半を占めるのが本棚で、科学に関する書籍ばかりがズラリと並ぶ。中には興味深いタイトルもあったが、今はそれどころではないので次から次へと視線を動かしていた、
ガチャ_
「!!!」
「あれ、お早いお帰りですね」
その時。現れたのはこの家の持ち主。
そちらこそ、とは言わなかったが、シンバは今の格好を怪しまれたくないが為にすぐさま「地図はありますか」と問う。彼は何を思う事無くすぐにそれを出してくれた。
「…どこか行くんですか?」
机の上にそれを広げて見ていると、彼も同じようにして地図を眺めてくる。彼からコーヒー豆の匂いはしない。まだ買出しには行っていないのかと、この時は頭の隅の方で単純にそう思っていた。
「忘らるる都に行きたくて」
「…………何の為に?」
少し間があった気がしたが、シンバは気にせず地図に目を落としたまま、答える。
「ちょっと、思い当たる事があって。……案の定ルーファウスは上手で何も掴めませんでしたから」
視点を変えます。そう言えば彼は「そうですか」としか言わなかった。
「忘らるる都ってどこでしたっけ?」
「ここです」
「っ、え?!すぐ上…なんですね…」
間髪入れずにシノブが指を落とした場所。ミッドガルから、なんなら徒歩で行けなくもなさそうな距離にちょっと引く。こんなに近かったっけ、と思い出そうとしても何も浮かばなくて、けれどもよくよく見れば行く手を阻むは海、海、海。
「…バイクじゃ行けませんね」
「いえ、ここ…ほら、浅瀬なので、行こうと思えばいけます」
「あ、そう…か、」
ダメだ、記憶がすっ飛んでしまっている。ちょっと一から学習し直したい。
「ただ、潮の満ち引きがあるので…それだけ気をつけないと」
そうなるとバイクより徒歩の方が無難かもしれない。いくら古いバイクとはいえ借り物、塩漬けにしてしまうよりはいいだろう。徒歩には慣れている。足はかなり鍛えられた。あの旅で一生分の距離を歩いた気がするな、なんて。万歩計でも着けておけばよかったかなんて今更…あかん、思考がどんどんずれていく。
近いなら、明日を待たなくても良さそうだ。「じゃあ今から歩いて行こうかな」と言えば、彼は思いがけない提案をくれた。
「チョコボ借りて行ったらどうですか?」
*
「――はぁっ、懐かしい!」
バイクで数分。辿り着いたその場所―グリン牧場もといチョコボファームは、自分が来た時となんら変わりない景観を保っていた。一度訪れただけでその後は足を運んでいない為、言葉通り本当に懐かしい場所である。
牧場には数匹のチョコボの姿が確認でき、久しぶりのチョコボにシンバのテンションは上々、そして思考はまた違う方向へと動き出していた。
「相変わらず可愛えなぁ〜」
何だかんだこっちにきてから散々だった心を癒してくれる、最高の生き物との出会い。撫でて撫でて、と頭を傾けてくる姿が愛くるしい。…あぁ、持って帰りたい。
そんな黄色いツンツン鶏冠を見れば自然と思い浮かぶ、彼の姿。旅の初め、ここで彼とチョコボについて話したことを思い出す。
あの頃―旅を始めてすぐの頃は、本当にトリップを楽しんでいたと思う。彼等と共に旅をするのが嬉しくて仕方が無くて、彼の隣で笑っている自分も、そんな彼も、本当に、
「――チョコボに何か用かい?」
その声で、スッと思考が切り替わった。用事もほったらかして戯れている輩を不信に思ったのか、遠くから牧場主が現れた。
「…あ、すみません。…チョコボお借りする事出来ますか?」
「お娘ちゃん、悪いんだが貸し出しはもうしてないんだ…こんなご時勢だからね」
「…あぁ〜、…そうか、そうですよ…ね」
自然と声のトーンは落ちていた。牧場自体は平気だったが、ライフストリームの影響でチョコボの数が激減し、大事をとって今は繁殖に力を注いでいるという。野生でも現れることが少なくなったと、どこか物寂し気におじさんは言った。
「どこまで行く気だ?」
「忘らるる都まで…と思ったんですけど、いいです、歩きますんで!」
こればっかりは致し方ない。そんなことにまで気が回らなかった自分が悪い。チョコボには絶滅して欲しくないし、と笑顔でそう返して帰ろうとすると、
クェー
チョコボに頭をつっつかれた。
「痛っ!!…え、何?!」
「ははっ!なんだ…えらくチョコボに気に入られちまったようだな!チョコボに乗った経験は?」
「何度か。…私、動物に懐かれ易いみたいで」
「そうか。…チョコボが乗せたがっているようだから、いいよ!乗っていきなよ」
「え?いいんですか!?」
「最近は星痕症候群が流行ったお陰で…ロクにコイツらも走らせてやれてないからなぁ。…行きたがっているようだし、お娘ちゃんは大事に乗ってくれそうだしな!」
うわ、嬉しい。ゲーム並みの展開だ。ちなみにこの黄チョコボはどこでも走れる珍しいタイプだとおじさんは教えてくれた。ラッキー。後でいい野菜買ってあげよう、…自分のお金ではないけれど。
「明日には、お返しに来ます!」
「あぁ、わかったよ。気をつけてな」
鞍と手綱まで用意して頂き、シンバは久しぶりにチョコボに乗った。そうだな、第三代目の名前は…"クラの助"にしよう。
「よし!レッツ忘らるる都!」
なんだがまたもや旅が始まるみたいだ。今朝方とは打って変わって至極ウキウキしながら、シンバはチョコボの手綱を引いた。