02 a divine providence



「――…、」


変な空気が一瞬、二人の間に生まれた。まるでその場所だけが切り取られ、その空間に二人きりにされてしまったようなそんな感覚に陥る。


『――!!』

「!」


けれどもそんな空気に亀裂を入れたのは、先ほど見えた警官達の声だった。
…そうだ。自分はこの男の相手をしている暇などなかった。自分の部屋に警官。そんな状況を部屋の持ち主が眺めていてどうする。

そもそも自分が彼に咎められる理由なんてなかったはずだった。身なりも何もかもが怪しい人だけれど、きっと彼は自分を野次馬だと勘違いしてただ静止をかけただけなんだって…そう、思いたかった。


「…あそこ、私の部屋なんですよ」


だから、私は野次馬ではない。当事者(?)なんです。そういう意味を含めてその黒ずくめな少年に告げ、背を向けてその足を一歩踏み出した、

…その時。


「……柊真羽。」

「!?」


彼が発したそれは、まるで呪文のようにシンバの足をピタリと止める。

…何と言った。今彼は、何と言った。


――…っ、


あの時―セフィロスがそれを言った時の場面が蘇ったような感覚に陥った。ゾワリと背中を何かが走り、それによって心臓が警鐘を鳴らすかのように鼓動を上げる。
…嘘だ嘘だ嘘だ。もうゴメンだ。もういらない。これ以上自分を混乱の渦の中に沈めないで、欲しかったのに、


「柊真羽」


彼は確認するかのように、もう一度その名を呼んだ。久しぶりにハッキリと自分の耳に届いたそれはそれでも自分の固有名詞であることを実感させるに十分で。


「……なんで、」

「僕は何でも知ってるんだ」


また一つ、空気が変わる。…やはり彼は只者ではなかったのだ。
何故、なんで。という質問がシンバの口から出るより先に、その少年が口を開く。


「…人が集まりかけてる。場所を変えようか」


そう言われて辺りを振り返ると、警察沙汰になっている自分のマンションの近所の人が何事かとあちこちから顔を覗かせていた。
けれども、どうして場所を変えなければならないのか。何か見られてまずい事でもあるのだろうか。…この人について行って、大丈夫だろうか。

背を向けて少し歩き出した彼は、自分がついて来ない事に気付いてその足を止めた。
そして何もかもお見通しだとわからせるように、シンバに背を向けたままその口を開く。


「……自分の真実、知りたくないの?」

「…っ、」


そうとだけ言って、彼はまたその足を進めた。

…ドクドクと激しさを増す鼓動。それに進められるがままに、シンバはその足を一歩踏み出していた。




*




「――あの、」


暫く歩き続け人気が薄れてきた事に警戒心がより騒ぎだし、シンバは思わず口を開いた。


「……あなた、誰なんですか?」


とりあえず気になるのは自分の真実とやらよりも彼の素姓。…けれども彼は自身の事はどうでもいいのだとバッサリ言い放った。大事なのは君の―シンバの事なんだと。

不審感が大きくなるばかりで、シンバは自身の事など微塵も考えていなかった。
まさかそんな、衝撃的な言葉が彼の口から出るなんて、…思ってもいなかったから。


「君はもう死んだ事になってる」


彼はなんて事なく、抑揚も付けずにそう言った。


「……は、…え?」


一気に頭は混乱した。死んでる。自分は死んでる。…そんな馬鹿な。
確かにそんな事最初は考えていた時もあった。けれどもこうして自分はしっかりと存在している。その体を動かし、頭を働かせ、あの世界でしっかり生きていた。現に今もこうしてこの世界で生きているではないか。


「…その説明にはまず、この世界の摂理を理解してもらう必要があるんだけど、…聞く?」


シンバは返事も頷く事も出来なかったのだが、彼はそれさえもお見通しだと言うようにその口角を上げて一つ笑って語り出した。



この世界にはディバイン―いわるゆ神が存在している。神はこの地球にありとあらゆるエヴァ(生命)をもたらした。植物や動物―そして水や大地といったもの全てが、神の手によって創造された。

そしてその昔、神はニンゲンという二つの存在を創り出した。それは今までに創り出したどんなモノよりもアビリティ(能力)に長けており、神は我ながら大絶賛した。
そうして神はそればかり創造するようになったが、アビリティの存在にギャップ(格差)が生じるようになってしまった。この時神は、能力に長けたそれが簡単には創造出来ない事に気づいたのである。

…けれどもある日、神が創り出した最初のニンゲン―アビリティに長けていたそれが、その命を終わらせてしまった。神は酷く悲しんだ。自分が創り出した優秀なそれが消えてしまう。神はどうしてもそのアビリティを失わせたくないと思った。


「…そうして神は思いついたんだ。そのセンスをボディから切り離し、新たなボディに入れる事をね」

「……センス?……ボディ?」

「あぁ、ヒトが持つ意識の事だよ。ボディは肉体だね」


そうして神は、ヒトが命を失うとセンスが勝手に体から抜けるセパレーション(離脱)という現象を確立させた。持っていたマインド(精神)はボディに残され、そうして抜け出たセンスはエヴァを授かった新たなボディに入りマインドを母親の体内で組成し、まっさらなパーソナリティー(人格)を創り出す。
いわばセンスはヒトの核の部分。センスがあるからこそヒトは生きていると感じる事が出来る。けれどもヒトを決定付けるのは、その性質を表すマインドの方。この二つが融合して初めて、ヒトは生み出されていく。

この世界―いや、人間は、そうして流転を繰り返しているのだと。


「……、」


やたら知らないカタカナが羅列され、思わず貴方はルー◯柴の類ですかというツッコミが頭の隅に浮かんだが、何だか難しい話にそれはすぐさま消えていった。


「いわば人のセンスは使い回しなんだ」

「……使いまわし、」


俗にいう生まれ変わりというのは、センスがマインドと完璧に切り離されずにセパレーションしてしまうから起こる現象のこと。前世の記憶があるだの自分は◯◯の生まれ変わりだと豪語する人はそういう事らしい。


「…ここまではOK?」

「……だいたい、」


口ではそう言いつつも、実際ほとんど脳は理解していない気がするが。


「…で、ここからが重要なんだ」


センスがマインドからもボディからもセパレーションされない状態―リライエンス(依存)という状態が起こる事が稀にある。…言うまでもなくシンバはその状態で、いわばこの世界の摂理に逆らったイレギュラーな事態に陥っているというわけらしい。


「……でもそれは、死んでる事にならないですよね?」


結局また自分がその場に存在しているということは、生きている事と同じで良いのではないだろうか。


「…問題はそこなんだよ」


彼は面倒臭そうに、一つ深いため息を吐き出した。



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