03 the theory of probability



神がセパレーションを確立させた理由は、二つあった。
一つは、優秀なアビリティを失いたくないから。…そして、もう一つが。


「そのセンスと融合したマインドによって、より優秀なパーソナリティーを創り出す事だったんだ」


より良い質のニンゲンを、この世界に。そうしてこの世界を秀美で埋め尽くす事を神は試みたのだ。
だから神は、リライエンス(依存)によって同じパーソナリティーがまたとこの世界に存在する事が気に食わなかった。そのセンスが異なるマインドを手に入れれば、何かが変わっていたかもしれないのに、と。


「よーするに神は、この世に二つとて同じパーソナリティーはいらないと考えてるんだよ」


だから神は、リライエンスによって残ったパーソナリティーを死人と同等の扱いにする事を決めた。自動でセパレーションしなくとも、神自らセンスをセパレートさせる事は可能だからだ。
けれども、取り出したセンスマインドをどうするか神は悩んだ。神は創造する事は出来ても、破壊や消滅といった行為はする事が出来ないのである。

神はありとあらゆる方法を考えた。…そして、思いついたのだった。
リライエンスによって残ったセンスマインドを、他世界とディール(取引)する事を。


「…他世界…?」

「あぁ、君がいた世界とかの事だよ」


あたかもそれが当たり前だというように、彼はそう言った。


「っ、でもあそこは、」


そっくりそのまま、FFZの世界だった。


「FF?」

「ゲーム。…知らない?」

「ぼくはそういう知識は持ってないんだ」

「……」

「ま、そういう世界があってもおかしくはないよね」


そんなこと、ある筈がない。それが本当ならあの世界は自分が行く前からずっと、ずっとずっとこの宇宙の何処かで存在していたという事になる。…Zの世界はフィクションなんかじゃなく、ノンフィクションの世界ということに。


「……たまたまじゃない?」

「…た、たまたま?」


簡単な言葉で終わらされて、シンバは不服そうな顔を彼に向けた。そんな話信じられなかった。…というより、この世界の他にも世界が存在しているということ自体に驚きなのだが。


「話がそれるけど、…例えばの話をしようか」


目の前にいるヒヨコの雌雄を当てる確率は二分の一。じゃんけんで自分が勝つ確率は三分の一。サイコロを転がして出る目の数を当てる確率が六分の一。
明日の天気が外れる確率。テストで山勘が当たる確率。強豪チームとの試合に勝つ確率。宝くじに当たる確率。あるドラマのワンシーンが自分に起こる確率。


「…じゃあ、ある漫画の世界がどこかに存在する確率は?」

「……それは、」

「ゼロだって、言い切れるかい?」

「……っ、」


何十億分の―いや、何兆分の一。いや、それ以上でも以下でもいい。…ただ、あの世界がその確率にあてはまっただけだと彼は言った。

それに、宇宙の中で人類が存在しているのは地球だけだなんて一体誰が決めたのかと。宇宙は広い。ヒトが思っている以上に、もっともっと。
だから、この宇宙にまだ未知なる世界や生物がいてもおかしくはない。かの有名な映画の世界や、アニメの世界だって存在していないとは言い切れない。

…世の中に絶対なんて、ないのだから。


「……、」


未だに信じられないけれど、それを否定してしまえば。…自分があの世界で生きていた事を否定することに繋がる気がして、シンバはそれ以上何も言わなかった。


「……じゃ、話を戻そうか」


黙り込んだシンバに、彼は話の続きを語り始めた。



他世界といっても、この地球のように全ての生物が共存し合っている世界は珍しい。
Zの世界のように、ヒトとモンスターが住み合う世界。魔法が存在する世界。動物だけが住む世界。微生物だけが住む世界。ヒトだけが住む世界。太陽の光の届かない闇の世界。…と、様々な星がこの宇宙には幾千も存在するのだという。

その中で、神はヒトのセンスを持つ星とのディールを確立させた。
そうして他世界で生まれたセンスを取り込む事によって、地球には多様なパーソナリティーが確立していくようになった。


「この地球にはいろんな人種が存在するでしょ?それは全て他世界のセンスによるものなんだ」


…なるほど。最初はチンプンカンプンだった話のパズルのピースが一つ一つはまっていく感覚だった。なんとなくだけれど、自分が陥っている状況が見えてきている気がした。


「よーするにウチは、すでに他世界と取引された身だって事?」

「そうなるね」

「……この世界では、もう生きられない…?」

「…そうなるね。…ま、向こうの世界で死んだらまた戻ってこられる確率がないことはない。……まあ戻ってきてもその時にはキレイサッパリ記憶はなくなってるだろうけどね」


君みたいな事例は特例なんだ。…そういう彼に、一つ。疑問が浮上する。


「……でも、ウチは現にこっちの世界に戻ってきて――」


この世界で生きていた記憶も、あの世界にいた記憶も。全て自分の中にあるではないか。


「……それとこれとはまた別の話になるけど、聞くかい?」


…いや、逆に聞くな。ここまできたなら全部話してもらわないと、スッキリサッパリしないではないか。


「…ま、今までの話は序章みたいなもんさ」

「……え?」


…随分長い序章だったこと。そろそろ最終章くらいかとシンバは見込んでいたのだが。


「…まず最初に言っておかなければいけないことが一つある。君のリライエンスは、普通のリライエンスとは違うんだ」

「…?」

「神自身がボディからセンスマインドをセパレート出来る話は言ったよね?」


…だったら何故、自身は自分の体に入ったまま存在するのか。


「……事故に遭ったこと覚えてる?」


あれは雪の降る、寒い夜だった。仕事帰りの道で、横断歩道を渡る途中トラックに――。

あの事故に遭った瞬間、シンバの死は確定していた。…しかしそこでは、あるもう一つの事が起こっていた。


「パラレルユニバース」

「…ぱ、パラレル…?」


またややこしいカタカナが登場した。…一体自分、どんな状態に陥っているというのだろう。もっと簡単で単純な解答はないのだろうか。


「簡単に言えば、他世界への入口さ」


月の引力と大気圧の状態がある一定の値になると空気中に歪みが生じ、それが一定量の光と融合反応して大気に亀裂をもたらす。そうして生まれた異空間をパラレルユニバースという。


「つまり君は死んだ瞬間に、その空間に入ってしまったんだ」


そのパラレルユニバースに人間が入る確率は何千億分の一。リライエンスな状態のままでそこに入る確率は、…言わずもがなである。


「君はミラクルガールなんだよ」


…変なところでユーモアを発揮した彼。張り詰めていた空気から逃げるように、シンバは一つ大きく息を吐き出した。



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