26 hello and goodbye, my sentiment



「――ようこそ!自然主義者の村、ボーンビレッジへ!」


これまた懐かしいフレーズだなと思いつつ、シンバはチョコボから降りて出迎えてくれた発掘スタッフに近づいた。
忘らるる都手前にある、小さな村。ここも何ら変わらない。二年経った今も発掘作業は続いているようである。


「おや、あなたはもしや…!?」

「?」

「シンバさんですよね!?」

「っ、え?」


何で自分の名前を知っているんだ…と不審に思う前に、シンバは自身でそれを思い出していた。
エアリスを先回りして待っていた時、このスタッフと共に精を出して発掘していたことを思い出す。今思えば何やってたんだ自分、であるが、こうしてこの世界の人に少しでも自分の存在というものが記憶に残っているのが少しだけ嬉しい気もした。


「お元気でしたか!また発掘しに来てくださったんですか?」

「あ…いや!今日はちょっと、別件で…!」


やりたいのは山々だが、やりだしたら昔のように止まらなさそうなのでやめておこう。
ここを通ってもいいですかと聞けば、スタッフは「貴方なら問題ありません」と言ってすんなり通してくれた。ルナ・ハープが無ければ通れなかった森は今や普通の森と化したらしく、かといって汚されても困るので、通行料を徴取しているらしい。自分のいなかった二年の変化に、時代は変わったな、とジジイみたいなことを思う。…あ、ババアか。

「お気をつけて」と笑って手を振ってくれるスタッフに同じように手を振り返しながら、シンバはチョコボに再び乗って、森の中へと進んだ。


「……」


眠れる森。神秘的な景観はあの頃となんら変わらない。
エアリスと二人で歩いた、最初で最後の場所だ。
奥へ進む度、あの頃の記憶が鮮明に思い出される。時にして二年前、己にとっては―どのくらいの日数だろう。

あの旅の目的は、彼女を悪夢の手から救う旅だった。シナリオなんてどうでもいいなんて、彼女が助かればそれでいいんだって、そう…ずっとそう思っていた。


「……、」


けれども、彼女が亡くなって、やはりシナリオを変えてはいけなくなった。シナリオ通りに事を進めて、この世界の為にハッピーエンドを望むしか他無くなった。
…今は、どうなのだろう。自分は今、何の為に行動しているのだろう。この世界をまたと救うためか、シノブの目的を達成するためか、ルーファウスから命ぜられた任務のためか、己の威厳を取り戻すためか、…あの、黒ずくめ男のためか。


「…しまったな、」


今の今まで"アマサワジン"という人物についてすっかり失念していたことを思い出すも、だからといってじゃあどうするべきか、なんてことは一切己の中に無い。彼の形跡やヒントが微塵も無い為、どうすることも出来ないのは確かだ。確かだが、そんな言い訳絶対にあの黒ずくめ男には出来ない。というより本当にあの男、何者なのだろう。…あかん、またと思考がずれていく。シンバは気を取り直すように一つ浅く息を吐いた。


「…あの人に聞いてみようか…」


独り言のように、チョコボの鶏冠に向かって呟く。シノブなら何か知っているのではないだろうかと、ふと思った。自分の存在をも宝条から隠すくらいだ、他世界から来た他の人間の情報を極秘で持っている可能性がある。…もしかしたら、自分以外にもこの"作戦"に参加している者がいるかも、なんて。


「クェー」


刹那、チョコボの一鳴きで思考を現実に戻す。辺りを見れば景色はガラリと変わり、忘らるる都へ入っていた。

少し薄暗いその場所は、人を寄せ付けないかの如く静まり返り、ヒンヤリとした空気を放っている。
廃れてしまった貝殻の家、崩れかけたサンゴの建物。通り過ぎる度、ドクリ、ドクリと鼓動が上がり始めた。彼女を失った愁腸の場所へ一人で足を踏み入れるなんてこの世界に来た当初は想像だにしていなくて、手綱を持つ手が震え始める。


「――っ、」


途端、開けた視界に、目に飛び込んできた風景に、ギュッと心が締め付けられたような感覚に陥った。
…そこは、忘らるる都の中心部―泉のある場所。中央にそびえる祭壇の変わらぬ神秘的な雰囲気に、自然とフラッシュバックするあの時の場景。


「…エアリス、」


シンバは暫く動く事が出来なかった。
まるで3D映画を見ているかのように、目の前で繰り広げられる惨劇。倒れるピンクと鮮やかに舞う赤、そして、煌びやかに靡く銀色。


「…………」


ゴクリ、と意識を飲み込む。チョコボから降りて、近くに咲いていた白い花を摘み取り、シンバは祭壇へと向かった。


「……」


祭壇上部から、泉を見下ろす。澄んでいる水はそれでもその底をハッキリとは見せない。吸い込まれそうな感覚に、様々な思いが浮かんでは、消えていく。銀髪の男の言葉、皆の絶望の顔、クラウドとの色事、エアリスとの約束。

無意識に、それは頬を伝っていた。あの時はゆっくり彼女を弔う事も出来なくて、己の過ちばかりを責めていた。この世界に居ない方がいいなんて、存在さえも否定して。悲しみに、打ちひしがれて。
けれども、「ごめんね」の言葉は、声にならなかった。ずっと彼女に伝えられずに、ずっと心の中に仕舞っておいた筈なのに。

…ここに立った途端、謝罪よりも伝えるべきことがあることに気づかされたから。


「…世界を救ってくれて、ありがとう」


あなたがホーリーに祈りを捧げてくれたお陰で、この世界は存在している。だからこうして、自分はこの二年後の世界に戻ってくることが出来た。自分がいなくても救われた世界に、

――今度はそれを救うべくして。


「…そうやな。……今度は、ウチの番やな」


――そうだね


「!…エアリス…?」


確かめるように呟いて刹那。声が、聞こえた気がした。エアリスの、優しくて暖かい声。
…どこからか、自分の事を見守ってくれているのだろうか。彼女はまだ、ここにいるのだろうか。あのストーリー上で、クラウドが時折彼女に会っていたように――


「うん…頑張ってみるわ」


泉に向けていた目を、天へと向ける。
上空の太陽が祭壇を、己を照らすように、暖かな光を射し込んだ。キラキラと輝き始める泉は、まるで己の決意を歓迎、称賛してくれているみたいだ、なんて。


「見ててな、エアリス」


…心の重荷が、取れた気がした。
何も迷う事は無い。自分はこの世界を救えばいい。それがシノブの目的を達成するために、ルーファウスから命ぜられた任務のために、己の威厳を取り戻すために、黒ずくめ男のためになる。

全ては繋がっているんだって。今、ようやくわかった気がした。



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