28 a twist of fate



カツ、カツ、カツ_

当てもない日常からの、帰還。
木の床に一歩足を置いた途端、靴音が響いた。踏みしめる度に思う事はいつも同じで、頭の中を通ってそれは過去へと消えていく。
「ただいま」も「おかえり」も無い、無音の空間にも慣れた。一人という孤独も、己を現す代名詞として相応しいものだと今なら素直にそう思える。


「……」


銀髪達との遭遇、ルーファウスの呼出から幾日も過ぎ、あれ以来それらを見かける事も顔を合わすこともなくなり、そうしてまた平凡な日々をクラウドは過ごしていた。
いつもそう、目覚めたら外へ出て、行き先を決める事無く世界を彷徨って、"諦め"が着いたらここ―スラムの教会へ帰ってくる。

何故ここを自分の居場所に決めたのかは分からない。ミッドガル内で唯一建物として残っているのがこの場所だからか、ここがエアリスとの最初の出会いの場所だからか、…未だ力強く咲き続けるその花たちの手入れをエアリスの変わりにすることによって罪滅ぼしに繋がればいいと安易に考えているからか。

変わらない毎日を繰り返していた。そしてこれからも、ずっと、一生こうして罪を背負い続けて、彼女の影を追い続けていくんだと思っていた。


――荒れ果てた教会の奥を、見るまでは


「っ…!?」


崩れ落ちた壁、規則正しく並べてあったはずのイスの叛乱、ところどころに散らばった、花びら。今までに無かった無惨な場景にクラウドの足が自然と止まる。
一体何が。たった半日、この短期間の間に、一体何が――


「…っ、!?」


そうして目に飛び込んできたのは、花畑に倒れる黒髪の良く知った女性だった。


「…ティファ?…っティファ!」


クラウドは慌てて駆け寄り、ティファの身体を抱き起こす。久々の再開がこのような形となるなんて思ってもいなくて、酷く動揺しながらその体を揺さぶった。
微量の衝動に意識が戻ったのか、彼女は少し顔を歪めながらその目を薄っすらと開く。


「……、遅いよ…」


たった一言。それに込められた思いは、皮肉か、愁傷か。


「誰がやった」

「…知らない奴…」


意識を取り戻しても未だ苦痛に歪むその顔。ティファもかなりの戦闘能力を持っているが、ここまで彼女を追い込むとなると相当な相手だったのだろうとクラウドは思う。
刹那「マリン!」とそう言を発してハッとしたように身体を飛び上がらせるも、身体に走った激痛にそれを許さずに、再びクラウドの腕の中へ落ちたティファはまた、気を失ってしまった。


「っ、ティファ…!」


彼女の最後の言葉から、この場所へ二人で訪れていた時に奇襲にあったのだろうと悟る。振り返り辺りをまたと見回すも小さな姿はどこにもない。誘拐か、誰か助けを呼びに出て行ったのか。ともすればこの騒動の犯人は複数のただのチンピラかと一瞬思考は定まったが、それでもこの荒れた教会を見れば、その考えは一蹴された。たかがチンピラでこんな風にはならない。
…だからそう、その相当な相手は、何か特殊な力を備えた者なのではないのかって。


「…クソッ…!」


それを思えば脳内に直覚するように、思い起こされる過去の遭遇。自分もそれらとの戦闘には難渋した。奴等は自分を狙って―いや、何かを探して己に接触してきた。今回もそうして、己を追っていたのならば。たまたまここに居てしまった彼女たちに危害が及んでしまったのではないか。
一体何が目的か、なんて。未だ気付いていないフリをして、その現実から目を逸らし続けるのももう限界なのかもしれない。ルーファウスの話も然り、それらと対峙し視線を交えた度にじわりと闇の奥底から湧き出るかのように、頭の先からつま先までを支配されるかの如く、蘇った、


――クラウド


「っ…!!」


その正体が眼前いっぱいに広がって刹那、痛み出す左腕。それに反応するかの如く疼きだす、身体中の細胞。じわじわと身体が"それ"に蝕まれていくような感覚に、


「……――」


耐え切れなくなって、クラウドはティファの横に倒れこんだ。


 *


「――……」


夢から覚めるように、その夢に己の悪夢を見透かされるのを恐れるように、スッと意識を現実へと戻す。
辺りの景色は教会から一変し、自分も良く見知ったセヴンスヘヴンの2F―デンゼルがいつも使用していたベッドの上だという事に気付いた。

どうやってここへ戻ってきたのかは分からない。隣に目を向ければティファも横になっていて、あの時よりは随分と穏やかな呼吸をしているようだった。
あれから彼女もその目を覚ましていないのだろうかと、その視線をふいに上へと持ち上げた、


「――重かったぞ、と」

「!!」


その時。その視線が捉えたのは、部屋のドアにもたれ掛かる赤と黒のコントラストを持った―今や会いたくない男、TOP3に入るそれ。そしてその後ろからスッと音も無く現れる、赤の相方。
色々思うところはあった。何故ここにいるのか。アンタ達が運んでくれたのか。何故居場所が分かったのか。
それでも何故か、全ては声にならず胸の奥へと消えていく。分からない。彼等と言葉を交す事を恐れている自分が、そこにいることに。


「…あんた、子供達と住んでいたよな」

「空っぽだ」

「…!?」


どういう事かと、詳細を尋ねる。
今日もレノとルードはいつも通り、エッジで仕事をこなしていた。すると、ある一人の女が「子供が居なくなったから探して欲しい」と依頼をしてきたのだと言う。仕事もひと段落していたのでその捜索に当たっていたが、暫くして別の親も同じ理由で尋ねて来、そしてレノ達はそれに気付いた。…エッジにいる筈の子供達が殆ど居なくなっていることに。
前代未聞の事態にエッジ全体が動揺していて、レノ達は聞き込みを続けた。すると、数人からある証言を得る。

――銀髪の男が、子供に声をかけているところを見た、と。


「…いいのか?」


その銀髪の男が誰なのか明確には分からないけれど、それでも自分達には思い当たる節がありすぎた。
ルードのその一言の中の意味は分かっている。恐らくマリンもデンゼルも連れていかれた。だから、このまま放っておいて良いわけがないことも、その銀髪達に立ち向かわなければいけないのが自分だということも、その先にある彼等の目的を止めることも自分の役目であるということも。


「俺は…」


それでも、どうしてか返事が濁る。二年前の旅の中では率先して、あらゆる事態に対応し、乗り越えようと奮闘してきた。第二の世界が始まっても、全てを解決に導こうと、努力を惜しまなかった。…なのに、


「はあーあ…じれったいぞ、と…」


その言葉は、己のどの態度に向かって言われたものなのか。
されど気付かなかったフリをして、クラウドは未だ目覚めないティファへ視線を落とし、その赤から目を逸らした。



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