31 she unexpectedly reunited with him



ティファはその目をゆっくりと開けた。


「――……」


明るさの無い薄暗い景観に、それでも視界に入る景色には見覚えがあった。背中に感じる柔らかさは毎夜毎朝感じるものと同じで、あぁ、私は誰かに家まで運んでもらったんだと、他人事のように思ってまた一つ目を閉じる。

ずっと夢うつつだったような感覚は今も残っていて、あの教会での出来事は幻だったのだろうかと、もしや全て夢で、マリンの自分を呼ぶ声が今にも聞こえてくるのでは、なんて。


「……」


すっと腹部に手を当てる。思い当たる箇所を指で押してみれば、グッと鈍い痛みを感じた。

――あの後。暫く教会に"いてしまった"。廃れたミッドガルには誰も用などなく、来るならばここを塒にしている金髪の彼だろうとばかり思っていて、少し期待をしてしまったのかもしれない。

勢いよく開けられた扉から入ってきたのは、知らない銀髪の黒ずくめの男だった。クラウドだと思い込んで駆け寄っていったマリンを引き止め、ティファは警戒心を剥き出しにした。「"母さん"はどこだ」と、わけの分からないことばかりを口にし、クラウドが持っているマテリアに興味を示し、ズカズカと近寄ってくる。今までに出くわしたことのないタイプ。ティファは思った。彼は――敵だと。


「……」


自らの戦闘シーンを思い起こしては、後悔を広げる。

鍛錬を怠らなければよかった。教会から早く出るべきだった。教会へ行かなければよかった。店を休みにしなければよかった。クラウドの異変に気付ければよかった。
…何が、いけなかったのだろう。もっともっと前、ずっと昔、何かを変えていれば、こんなことにはならなかったのだろうか。


「……、」


現実に対面するため、再度目を開けた。
そうしてようやくティファは、隣のベッドに誰かが腰掛けているのに気付いた。


「……クラウド」


夢では無かった。
窓の外を眺めていたクラウドはティファの声に振り返る。ティファは身体を起こし、彼と向き合った。


「レノ達が探している」


何を、なんて言われなくても分かった。分かったけれど、まるで他人事のように言い放った彼のその態度が信じられなくて、ティファは一旦目を逸らす。


「星痕症候群…だよね。このまま死んでもいい…なんて思ってる?」


きっと。その病が彼の行動を、思考を、全てを蝕んでいる。…いや、きっと。彼はそれを言い訳にしているだけだと思われる。
案の定、返事はない。


「やっぱり」

「治療法がない」

「…でも、デンゼルは頑張っているよね。…逃げないで、一緒に戦わない?皆で助け合って頑張ろうよ」


あの頃のように、とは言えなかった。星を救うため、出身も年齢も性別も人種も異なる者達が、それでも一つの目的のために戦った、あの頃のように。
言えなかったのは、あの頃持っていた威勢や気持ちが健在で無い事を自分が一番分かっているから。色々な事が変わってしまった。でも、変わって悪い事ばかり起きていない。良いことだってたくさん、たくさんある。――私達は"家族"になった。マリンとデンゼル、時々バレット。たくさんの時間を共有し、店を経営し、生計を立て、共に生きてきた。困ったことがあったら相談し、乗り越えてきた。この二年―いや、一年ちょっと、そうやって、頑張ってきたのに。


「……本当の家族じゃないから、ダメ…か…」


否。"本当の家族"でないことが、星痕症候群にかかってしまったことが原因ではない。分かっているのに、それでもティファは口にせず堪える。

女々しい。彼は元からこんな性質だったのだろうか。"一人暮らし"を初めて規則正しい生活もせずろくに飲まず食わずだから脳がネガティブになっているだけなのだろうか。この後に待ち受ける現実を突きつけなければずっとこの調子なのだろうか。


「……俺には…誰も助けられないと思うんだ。家族だろうが、仲間だろうが、誰も」


いつから彼は弱くなってしまったのだろう。いつから彼は思い出に縋るようになってしまったのだろう。どうして彼はいつまでも、彼女の影を追っているのだろう。いつになったら彼はこの現実を、


「ずるずるずるずる、ずるずるずるずる」


少し、ティファは躍起になっていた。己が抱き続けてきたフラストレーションを、ずっとうやむやだった"彼女"の生死―彼女の真実を、全てを今ここで曝け出してしまおうかと、


「――いつまで引きずってるんだ、と」

「「!!」」


キュッとシーツを握り、口を開こうとしたその時。開いていた扉、いつの間にそこに立っていたのか、薄暗いなかでも良く映える赤髪の男―レノ。それのお陰で、ティファは言おうとしていた言葉を掻き消し、思考を我が愛し子へと切り替えた。


「っ、見つからないの…!?」

「…子供を大量に乗せたトラックがエッジから出ていくのを見たという目撃者が多数いたぞ、と」

「行先は?」


クラウドがすかさず、問う。そうしてその赤の後ろから姿を現したいかついスキンヘッドの男―ルードが答える。


「忘らるる都。アジトだ」


ゾワリ。クラウドの身体中の細胞がその場所の名に反応し、写真をパラパラと捲り送るかの如く駆け巡る鮮明なあの頃の記憶達。


「…頼む」


その場所には、行けない。




"お前は、人形だ"




「苦しくなったら、いつでも俺がいるから」

「ありがとう」





己の過ちを、彼女の全てを、思い出してしまうから。



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