32 coming out



窓辺に添えていた手をクラウドは離す。


「俺はルーファウスと話してくる」

「…何で、立ち向かわないの」


クラウドの返事に、ティファはすぐさま憤りを見せた。


「どうして逃げるの?どうして解決しようとしないの?どうして何もかも一人で背負い込むの?」


クラウドは一度口を噤んだ。その拳を握る。そうしてまた、窓の外へと視線を流す。


「……だって、」


――見殺しにしたんだぞ


「「…!!」」


小さく、しかし確かにクラウドはそう言った。

一瞬、何のことかティファは分からなかった。
誰も助けられない――。彼の言う"誰も"の中にいる人物達。エッジの子供、デンゼル、そしてシンバのことだとばかり思っていた。ずっとずっと彼女の影を追って、ずるずるずるずる彼女のことを引き摺って、いぢけてばかりいるんだって、


「……わかるよ。…子供たちを見つけても、何もできないかもしれない」


けれどもティファは、気付いた。彼が何故姿を消したのか。彼が何故あの教会を塒にしているのか。


「もしかしたらまた、取り返しのつかないことになるかも。…それが怖いんでしょ?」


彼の手放せない罪状は、
エアリスにあるのだと。


「……でも、」


あの時の場景を、ティファだって鮮明に覚えている。自分が少し目を離した隙にクラウドはその刃をエアリスに向け殺害しようとした。空から舞い降りてきた悪夢に操られていたんだって、あの行動は不可抗力だったから仕方なかったと、声を大にして言える。
しかし、エアリスは死んでしまった。自分達の目の前で、殺されてしまった。ティファは間に合わなかった。クラウドは身体を動かすことが出来なかった。

――見殺しにした。例え、身体がフリーズしてどうにもできなかったとしても、助けようと必死に走って間に合わなかったとしても、あの場面を言葉で表すのならそれがピタリと当てはまる。空から舞い降りてきた悪夢のせいだって、身体が動かなかったのも不可抗力だからって、距離が有り過ぎて間に合わなかったからって、だからといって簡単に"仕方なかった"で終わらせてはいけないことも分かっている。

でも、それは、はっきり言ってクラウドのせいではない。クラウドだけのせいではないのだ。

だから、誰もクラウドを責めたりなどしていない。あの場でその光景を見ていた者全員に責任があるという次元の話ではない。誰もが自己責任を本気で感じていた。エアリスの決意に気付けていたら、もっと早く消息を絶ったことに気付けていたらと、誰もが本気で後悔した。ティファだってそう、何度も何度も、自分を責めた。

旅を共にしてきた仲間の死。アッサリと受け入れられるほど器用なメンバー構成でもなかった。まるで太陽の光の当たらない暗闇に一生いるようなその雰囲気を、クラウドだって感じ取っていた筈で。だから彼は、翌日、皆の気持ちを奮い立たせようと雄弁したのではなかったか。エアリスの仇を討とうと、セフィロスを許さないと、決着は自分の手でつけなくてはならないと、意気込んでいたのではなかったか。
現にティファは勇気付けられていた。一番目の前で悲惨な光景を目の当たりにした彼が、しっかりと自分の足で立ち、自分の言葉で皆を励まし鼓舞する姿に、いつまでも落ち込んでいられないんだと。――星を救う。それが全てだから。エアリスの使命を、願いを、受け取って、彼女の祈りを届けることで、私達は彼女とともに戦っているんだって。そうやって旅のラストまで命を繋ぎ、仲間と生きた。
そうして星は救われた。誰もがエアリスの死は無駄にならなかったと、使命を果たしたんだと喜んだではないか。


「…もっと今を…いろんなことを受け止めてよ…!」


のにもかかわらず、彼は自身が犯した罪の過ちを、もがき苦しみ足りてないかの如くその悪夢の先から自ら掘り起こしてしまった。
彼女の死を乗り越えて、共に悪夢を葬り去って、世界を救った。私達の旅は、それが全てだったって、分かっているのに。今を蔑ろにするほど過去に囚われ、縋る子供のように手放さない。


「重い?だって仕方ないよ重いんだから。一人で生きていける人以外は我慢しなくちゃ」


根本的に、何かに縋ろうとする原因があるのではないか。…あぁ、そうか。そこが、"彼女"なのだ。彼の後悔の手前、そこにある"思い出"が未だに見つからない為に、彼はその後悔の先の罪へと手を伸ばしてしまったのだ。

彼女がいなくなってしまったのは、全て、あの時。エアリスを助けられなかった、己への報いなのだと。


「独りぼっちは嫌なんでしょ。出ないくせに、電話は手放さないもんね?」


そうしてずっと、待っている。仲間からのその一報を。彼女の元気な声を。
その背を押してくれる、小さな手を。




「……アジト、お前が行けよ…と」


ティファの話をただ黙って聞いていたレノは、小さくそう呟くと部屋を後にしようとした。
話の流れからその人物が誰かは、レノも悟っている。エアリスは一応タークスの監視下にあった。"その情報"を誰から聞いたかは覚えていないが、それを聞いた時のツォンの表情は今でも忘れられない。

ルードが先に扉から出て行く。レノはゆっくり、彼等に背を向けた。


「……」


ティファはレノが背を向けたのを確認し、クラウドに向き直った。
去りゆく二つの黒の背中。その中に、小さな黒を思い浮かべる。


「…私たち、思い出に負けたの?」


もう、我慢ができなかった。

その罪状からクラウドを解放するのもきっと、シンバだ。でも、彼をこうして地の果てまで落とし込んだのも、――シンバだ。
どうしてここにいない。どうしていつまでも彼の前に現れようとしない。どうして自らの口でそれを公言してくれない。その煩わしさが、余計にティファを煽る。
その姿を二年前に見せてくれていれば、星を救いに行ってくるなんて言わなければ、タークスでなければ。クラウドはクラウドのままだったかもしれない。

彼の全てを変えた元凶はセフィロスではない。…シンバだ。
シンバという、一人の女性なのだ。

…だから、今ここで、全てを曝け出せば。彼の後悔の手前に巣食う"思い出"の化けの皮を剥がしてしまえばいい。
彼は変わるかもしれない。何かが覆るかもしれない。全てが、終わるかもしれない。そして、一から始められるかもしれない。

レノ達がいる前で話そうとは思わなかった。彼等には何の罪もない。レノとクラウドの中にある因縁を掘り起こしてもどうにもならない。だって、彼等にとって彼女はずっと"仲間"だったから。ずっと、ずっとずっと、私達に出会う前から、


「…………シンバは、生きてる」


キュッと、再度シーツを握り締める。先ほどよりも強く。クラウドから目を逸らし、綺麗な白へと視線を落とす。


「…っ、…!?」


明らかにクラウドの態度が変わるのが目の端でも分かった。それでもティファは顔を上げない。


「……生きてる…って、どういう…」

「……、」

「ティファ、」


ドクドクと、鼓動が騒ぐ。もう後戻りは出来ない。
知ってしまった事実をありのままに述べれば、彼は子供たちを救いに行ってくれるだろうか。最後には"家族"の元へ、帰ってきてくれるだろうか。また、あの頃のように笑ってくれるのだろうか。
…分からない。それでも、一つだけ確かな事がティファの中に生まれた。


「…ずっと、二年前からずっと、タークスとして生きてたみたい」


彼を闇から救うのは、シンバではない。

――私なのだ、と。



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