33 be close at hand



ピロピロピロピロ…

記念すべき第一回、オニューのPHSの呼出音は、己を深い眠りから目覚めさせるアラーム音だった。
ゴシゴシと眠い目を擦り、自分で設定したにも関わらずやかましいと唸りながらPHSへと手を伸ばす。時刻は7時。昨日と同じ、起床時間。

少し身形を整え、リビングへと向かい、扉を開く。しかし、漂ってきたのはコーヒーの香りではなく、シーンと静まり返った静けさのみ。そこに「おはようございます」を言う相手はいなかった。


「……、」


まだ寝ているのだろうかと、大きな欠伸をしながらキッチンへと向かう。そういえばキッチンに自ら足を踏み入れるのは初めましてだ。まるで調達したてかのようなピカピカのシンクに、綺麗に整頓された調味料類、使用しない器具は戸棚に毎回仕舞っているのだろう、ワークトップには何も置いてない。彼は物凄く几帳面か。研究者は机の上に本や論文を積み重ねて忙しい毎日を送っている勝手なイメージがあった為、ここまで綺麗だと何だかソワソワしてしまうのは自分がここまで几帳面で無いからだろうか。

コーヒー類に手を付けるのは何だか気が引けたのでとりあえず水を一杯飲もうかと、昨日自分が使用したマグカップをコップスタンドから取り蛇口をひねった、その時。


ガチャ_


「あ、おはようございます」

「…おはよう、ございます」


部屋に入ってきたのは身形のしっかりと整ったシノブだった。寝ているのだろうかなんて怠けた思考を持った自分が恥ずかしいが、昨日とは違う行動の早さ、そしてその顔つき、忙しなく本棚を漁る様子、昨日とは異なる態度に、どこか只ならぬ雰囲気を感じ取る。


「…何かあったんですか?」

「エッジの方で事件があったみたいです」

「…事件?」

「子供たちが、いなくなったと」

「!」


そのワードに、思い当たるシナリオがふっと頭を過ぎった。


「星痕症候群に悩まされていた子ばかりだそうです。連れ去られたと言っている人もいるみたいですが…」


あぁ、その通りだ。星痕症候群に侵された子供達を"利用するため"に連れ去り、仲間にしようと目論んでいる奴等がいる。――銀髪の、男達だ。


「もしかしたら、リユニオンしようとしているのかもしれない」

「…え?」

「僕はそっちを追いますから、シンバさんはタークスの動向を注視していてください」


――ジェノバはリユニオンする。宝条の言葉を借りれば、ジェノバは身体をバラバラにされても時期が来ればやがてひとつの場所に集結し、再生するということ。実際、北の大空洞で眠っていたセフィロスの元にジェノバ細胞を埋め込まれた黒マントの人間達が集い、そして黒マテリアをもって本当のセフィロスが眠りから目覚めてしまった。…あの時の宝条の喜び様は今でも脳裏に焼き付く最悪のシーンの一つだ。


「……子供たちの居場所、検討はついているんですか?」


宝条の立てた仮説が立証された事を後からシノブが知らされていても何ら不思議ではない。彼がリユニオンという言葉を知っている事も、ジェノバの遺伝子念が星痕症候群を発祥させている=ジェノバの細胞が埋め込まれていると考えることも、その集合場所がタークスの持っているジェノバの"母体"と考えることも、そうなればそれらの動向を監視しておかなければならないことも、第二のストーリーを知らない彼だからそう考えるのはおかしいことではない。寧ろそう考える思考回路を称賛したいくらいだ、さすが研究者は違うと。

…だが、奴等と組んでいるのであれば、この事態を予め知っていてもおかしくは、無い。


「ええ。目撃者の情報によると、忘らるる都のようです」

「……一人で平気ですか」


シンバの認識では、彼はただの研究者だ。神羅にいる人間で戦闘能力を兼ね備えていたのはソルジャーやタークスだけ。自分はその事件に何が関わっているのか分かっているし戦闘力はそこそこあると自負しているからある程度の心構えはあるが、もしも一般人だったら一人で行こうとは思わない。だって、そうだろう。何がそれを攫ったのかも分からない恐怖。この世界にはモンスターという恐ろしい生き物だって健在なのに。


「ジェノバが関わっているかもしれない時に、僕が動かないわけにはいかないでしょう」


それが彼にとってどれだけの原動力なのか図れないからではない。やはり彼は銀髪とグルなのではという思惟が止まらないが為に、一つ一つの言動がつっかかり、どこかで襤褸が出ないかとばかり思っている。


「気をつけて」

「ええ、シンバさんも」


何かあったら連絡しますと言い残し、早々に部屋を去るシノブの背を見送る。扉が閉まった直後に訪れた、数分前と同じ静寂に身を包まれる。


「……」


昨日行ったばかりの、今でも神秘的だったあの場所に思い浮かぶ、この後の展開。銀髪に操られる子供たちの姿、そこに現れる、――金髪の彼の姿。


「…っ、」


コップに注いだ一杯の水をグビグビと飲み干しシンクへと置くと、シンバは少し早足でキッチンを後にした。



***



「――クエ〜」


身支度をササッと済ませ、シンバはまたとチョコボファームを訪れていた。昨日の今日、ファーム主も自分の事を覚えていてくれて、すんなりとチョコボを拝借する。

タークスの元へ向かうのではない。忘らるる都に向かう為だ。

今後の為にも、早急に彼が白か黒かをハッキリさせておくべきだと考えた末の行動だった。この後のストーリーを知らなければきっと、シノブの言うとおりタークスの動向を探りに行っていただろう。
だが、そんな心配はいらない。今回の事件でタークスは―否、ジェノバには何も起こらない筈だから。


「…………」


実に変な気分だ。銀髪と初めて遭遇するかもしれない好奇心や恐怖心と、金髪の彼と再会するかもしれない戸惑いと羞恥心、そしてシノブとの間に生まれつつある敵愾心。
頭の中で忘らるる都でのチャプターを1コマ、何度も何度も再生させる。…もしも、今、銀髪と金髪が戦っているとすれば。彼がそこに居る理由は子供達を助ける為で、じゃあ何故そこに子供達が居るかと知っている理由はタークスから聞いた為で、じゃあ何故タークスから聞いたのかといえば、


――出てってよ!!!


「……っ、」


…ティファは、あの出来事を彼に伝えただろうか。
自分の生死を、――"裏切った"所業を。


「クエ〜」


時折鳴き声を上げて脱力を与えてくれる黄色の背に揺られながら。逸る衝動を手綱に伝え、昨日と同じ道を異なる気色を持ってシンバは風のように駆け抜けていった。



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