34 on the verge of forgiven



ブロロロロロ…


今までとは異なる心境で、フェンリルのハンドルを握る。やけに力がこもっていた。これから立ち向かう危機への懸念、突然に聞かされた衝撃事実への焦燥。


ブロロロロロ…


静かだ。気味が悪いくらいに。明け方だから当たり前なんて思考はない。薄暗い中に少しずつ、水平線の向こうから明日がやってきているのがわかる。その曖昧な情景、黒から徐々に青白く光るコントラストをぼんやりと見つめる。何かの始まりを予感させるような、それを助長しているかのような。胸騒ぎは止められそうにない。




――嘘だ。


あからさまに大きな声で、ティファの言葉を否定していた。考えるより先に反射的に言葉が出ていた。
その話題をお互いに避け始めているのも別居する前から感じていたし、自身も口にしなくなった。「シンバは星に帰ったのかもしれない」と言われたが最後。そこからは完全に一人―心の中だけで、シンバに会えるという確証の無い未来を待ち続け、希望を捨てなかった。


「シンバは生きてる。ずっと…二年前からずっと……タークスとして、生きてたみたい」


だからそう、まさかその名前が今ティファの口から発せられるとは思っていなくて、酷く動揺してしまった。一気に身体が熱を持ち、ドクリドクリと心音が目の前の彼女にも聞こえているかと思うほどに煩かった。


「そんな筈はない」


否定したのは、生きていたことにではない。今もタークスとして生きているということに対してだ。


「シンバさんは星を救いに行ったんです!」

「私てっきり…シンバさんはそっちに戻ったんだと思ってて…!!」



だって、そうだろう。あれは数年前、崩れ落ちた神羅ビル。タークスと出くわした時のあのイリーナの言葉に嘘があるとは思えない。あの女とはそれほど関りを持っていないが、会うたび会うたびド天然馬鹿正直な発言ばかりしていた印象がある。その言葉の後の赤髪の心憂い顔も、ルードのサングラスの奥の目も、それが真実であることを物語っていると直感的に確信できた。その言葉が、全ての根拠だった。
だから今まで、ずっと今まで、彼女はやはり最初から裏切ってなどいなかったと、自分達と同じ気持ちで同じ敵に立ち向かっていたと、自分達の元に必ず舞い戻ってくるんだと、思い続けてきた。何度でも言おう、その思いだけでやってきた。

ティファのその言葉は、その全ての思いを無に帰す。この何年間積み重ねてきた彼女というものを全て。


「嘘じゃない。……見たんだもの」

「見た。って…シンバと会ったのか…!?」


問い詰める口の動きと同時、身体も前へと出た。食って掛かるくらいの勢いでベッドに腰掛ける彼女の前へと動いたがしかし、己の身体を遮るようにティファは少し声を荒げていた。


「突然だった。マリンが連れてきたのよ…お店に」

「それで」

「見た瞬間に、頭が真っ白になった。…何故だかわかる?」

「……」

「タークスの恰好をしていたからよ」

「…!」

「二年…いや、もっと前、ずっと前から…裏切られた時から変わってなかった」

「…そんな、」

「あの子は何も変わってなかったのよ…!!!」


その時、数か月ぶりにしっかりとティファと視線を交らわせた気がした。見つめる先、ティファの力強い眼差しが、緩んでいく。口元の震えを止めようと唇を噛みしめているも、それは目に見えて止まらない。
いつぶりだろうか、彼女の涙を見たのは。その時2人が交わした会話の内容も、その後のシンバの行方も。彼女の歪んだ表情を見たら聞く気が失せてしまった。




ブロロロロロ…


タークスとして生きているなんて嘘だ。ヒーリンに行った時にもその姿は無かったし、ルーファウスの口からも彼女の名前だけは出なかった。だから、嘘だ。
…でも、嘘なら、どうして俺に会いに来てくれない。今更と躊躇っている?気恥ずかしい?…そんなの関係ない、どうだっていいではないか。そうだろう、お前は、そういう奴だろう?

この二年、どこにいた。
この二年、何をしていた。
どうしても知りたい。
聞きたい。

――会いたい。


「…シンバ」


眼前に迫る、忘らるる都。その場所に彼女がいる確率は無いかもしれない。でも、子供たちを救えば何かが変わる気がして。クラウドはアクセルを最大に吹かした。




*




朝を迎えたというのに忘らるる都内、薄暗い景色が続く。全てが変わってしまった場所。全ての始まりの場所。エアリスの想い、シンバの気持ち、そしてセフィロスの私怨。
木々の間を抜けるたびに思い出されるあの時の情景一コマ一コマを押し返すようにハンドルを強く握った、その時だった。


――来ちゃったね


「…!?」


辺り一面の薄暗い景色がパッと明るく華やかな色に変わった。突然の明るさに一瞬クラウドは目を伏せる。
まるで蜃気楼の中へ誘われたような感覚、見上げても辺りを見回してもまるで濃い霧の中のように白く、地面は先程踏みしめていた砂利ではなく、どこかで見たことあるような花畑。


――自分が壊れそうなのに、ね


フェンリルに乗っていた筈なのに、己は自身の足でその花畑に立っている。何も見えない。ここが一体どこなのか分からない。
…ただ、分かるのは、その声が自分の知った人物の—ここに絶対にいる筈のない人物の声だということ。


――きっといいことだよ


フッと右腕に触れた、何か。ハッとそこへ目を落とせば、華奢で女性らしい綺麗な手。その手首に何本かのバンクル。


――質問!どうしてきたのかな?


振り返りたくても、振り返れなかった。振り返ってその人を確かめるつもりだったのに、振り返れなかった。
背中に感じる、人の存在。声のとおりからして、彼女は自分に背を向けて立っているのが分かる。
何故、振り返らない。どうして自分の前にその姿を現してくれない。どうして彼女と面と向かい合えない。分からない。分からないけれど、


「俺は……許されたいんだと思う」


あぁ、そうだ。許されたい。許されたいんだ。声にして、分かった。
いつでも、何に対しても—旅に関してもシンバの事に関しても自身を気遣い𠮟咤激励してくれた彼女を。世界を救おうとセフィロスを止めようと必死だった彼女を。俺は、


――誰に?


「…!」


それもまた、一瞬だった。辺り一面の明るく華やかな景色が、パッと薄暗く変わった。突然の暗転にクラウドは瞬きを何度かする。

立っていた筈なのに、フェンリルに乗って忘らるる都内を走っている。あたりは静か、人の気配もない。奥の方を見やっても、同じ景色が続くばかり。


「……」


…一体あれは、何だったのだろう。夢だったのだろうか、一瞬自分は、天国へと舞ったのだろうか。分からない。分からないけれど、

右手にはしっかりと彼女に触れられた感覚が、残っていた。



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