自分はリライエンスの状態に陥り、神自らの手によってセパレーションを行われるはずだった。…しかし、運良くか運悪くか知らないがそのパラレルユニバースに入ってしまったため、身体に自分の意識を入れたままあの世界に飛んだ。そして神はディールを行い、自分は死んだことにされた。
「ややこしいかもしれないけど、とにかく君は一旦死んだんだよ」
死んで、また自分の身体に戻ったと考える方が無難。けれどももうこの世界では生きられない。自分はもう、この世界のニンゲンではない。
「実感ないよね」
「……まったく、」
だって今、生きている。ここにいる。ここに立ってる。ここに、存在してる。
ウーーーー――!!
「!」
その時だった。遠方で聞こえるそれは、サイレンの音。…きっと先ほどの警察達だろうか、
「あ、そうそう。次はあれについての説明もしなきゃね」
それに気づいた自分を悟ったかのように、彼はまた語り始めた。
自分は死んだことになったが、それを周りの人は気づいていない。体ごと他世界へと飛んでしまったのだから今はいないと思うだけ。それが日に日に行方不明という言葉に変わるだけだ。
人間は、人の死を実感しないと受け入れられない。その人が死んだと自身が認識しなければ、いつまでも生きているのだと錯覚を起こす。認識するにおいて一番手っ取り早いのが、冷たくなったそのボディを目の当たりにする事。…逆に言えば、冷たくなったそのボディを目にしないと、人間はその人が死んだと認めることが出来ない。
「あの部屋に君のボディのレプリカを置いておいた。…作るのに苦労したよ」
「……、どういう――」
信じられなかった。…否。どうして信じられる。自分の体の模造品なんて。そんなことまでして、自分の死を確立させるなんて。
「君が戻ってきてしまった時の事を考慮してさ。もし君が生きているとわかれば、また君はこの世界で生きていく事が出来てしまうだろう?」
「……、」
そこまでして神は、同じパーソナリティを必要としていない事。いわば自分は、神のわがままに振り回されているという事。
…こんなに我儘な神はこの世界だけだと彼は呆れたように言った。未だ彼の素姓はわからないけれど、きっと何かしら苦労しているのだと思われる。
「というより、君がこの世界に戻ってこれたのも奇跡なんだけどね」
各地点にあるパラレルユニバースが築く他世界への道は決まっている。自分が事故に遭ったあの横断歩道付近は、Zの世界へと繋がっていた。…そして自分がウェポンの攻撃を受けた場所。シンバがあの世界に降り立った時にいたミッドガルとそんなに離れてはいないあの場所が、こっちの世界への道に繋がっていたという偶然。…あぁ、これこそミラクルだ。ミラクルガールの呼称、やっぱり自分に相応しいみたい。
「だいたい同じ場所に出るようにはなっているけど、時空の歪みは果てしないからね」
こっちに戻ってきた時の場所も、あの横断歩道の場所とは1km以上は離れていた。…なるほどな。とますます現実離れしてきた話をすんなり受け入れていく自分、思った以上にキャパシティが深いようである。
「……さて、そろそろ話のコアに入ろうか」
…いや、今までのがコアでしょう。これ以上大事な話が他にあるんですか。シンバは果てしなく続く話に多少げんなりしてきた。キャパシティは深くても、そんな一気に詰め込まれるとヒューズが飛んでしまう勢いだ。
「……実は、もう一人いるんだよ」
君みたいなミラクルな人が。そう言う彼の表情は先ほどまでとは違って、どこか険しくシンバには映った。
…けれども、だからそれがどうしたという話だろう。今の自分にとってそれが、どれほど大切だというのか。
「君と同じ世界にいたんだ」
「……、え?」
「そいつは、その世界を壊そうとしている」
時が止まったような感覚がまた、シンバを襲った。ふっと二人の間をすり抜けた風。やけにそれが、冷たく感じて。
真上にあった筈の太陽は、大分西に傾いていた。
***
「――…お疲れ様」
誰もいなくなったとある店のカウンターに座ると、それが合図かのようにコトリと置かれたマグカップ。一つ返事をして金髪の男は、それを飲むわけでもなくただただそれを眺めていた。
淹れたてのそれから上がる湯気から漂う、コーヒーの香り。…それとは全く関係がないのに、まるで連想させるかのごとく鮮明に脳裏に目の前に浮かぶ念。
「……その顔だと、今日もダメだったみたいだね」
…それは、いなくなってしまった人への思慕の念だった。
Goodbye, halcyon days__.
〜Advent Cacophony〜
「……そっちは?」
カウンター越しに流れる水の音。ティファは後片付けの最中らしく、マグカップを置くと持ち場に戻って行った。
「…無いわ。何も。カケラもね」
幾度となく繰り返してきたその内容に、ティファはいつも通り落胆の表情を浮かべる。…けれども最近は、それに加えて諦めも見て取れる気がした。
「……そうか、」
その返事も、いつも通り。何の変哲もない日常に終わりを告げるように、クラウドはようやくそのコーヒーに手をつけた。
…星を救って、あれから半年の月が過ぎようとしていた。
ライフストリームとホーリーの力によってメテオという厄災は跡形もなく消え去り、セフィロスという悪夢もこの世から消えた。魔胱エネルギーを生み出した星の命を削る媒体もその存在を無くし、星には平和が戻っていた。
「……ほんと、どこにいっちゃったのかしら」
長い間苦難を共にしたパーティの解散は、アッサリとしたものだった。大体あのメンバーで思い出を語り合うのは似合わないような気もしていたから、それはそれで自然だったのかもしれない。
彼らは自身の故郷や思う場所へと帰っていったが、いつでも連絡が取れるようにと各々PHSを持つようにはした。…彼らの旅はまだ、完全に終わりを迎えていたわけではなかったから。
その後クラウドとティファ、バレットは三人でいろんな場所を巡っていった。バレットの故郷、クラウドとティファの故郷、そしてマリンのいるカーム。
愛娘と再開したバレットは今までに見たことがないくらいの歓喜を示していた。…そんなバレットをクラウドは少し羨んだ目で―複雑な心境で見ていた節がある。
…自分にもそうやって、再開したい人がいたからだ。
そうして四人は、誰が言うわけでもなくミッドガルへと戻ってきてしまった。…全てが始まった場所。やはりここが自分たちがいるべき場所なのかもしれないと、思わされた気もして。
一番メテオに近かったその街の被害はどこよりも大きく、その復旧が旅を終えた彼らの最初の仕事となった。
そうしてミッドガルの住人達と共に、その場所に寄り添うように出来たエッジという街に移住した。ティファはそこでまた昔と同じ看板名で店をやり始め、クラウドはそれを手伝い、バレットはコレルにいた時にやっていた炭鉱の仕事を開始。各々がまた新たな再スタートを切っていた。
…しかし。
「……ねぇ、クラウド、」
そのスタートを切るまでに、彼らはたくさんの想いを交錯していた。
星を救って後、彼らは飛空艇で世界を一通り回っていた。星の状況を知るためでもあったが、…ある人を探すことが本当の目的だった。
「…シンバはもう――」
ガタン。と大袈裟に音を立てて、クラウドは席を立つ。
「……先に休んでいいか」
コーヒーをありがとう。小さくそう言って、クラウドは二階へと上がって行ってしまった。
「……、」
ポツンと残された、マグカップ。
中に残っている漆黒のそれは、冷たくなっていた。