05 non improvement



「…――」


静寂に包まれた中、それを壊さぬように。まるで自分がそこに存在していないかのように、息を殺して歩みを進める。…辿り着いた部屋の扉を開ければ。開ければそこに自分を驚かそうと潜む物影があるのでは、と。思って何度、自身の心を失望させてきただろう。


「……、」


明かりも付けぬまま、クラウドは倒れこむようにベッドにその体を投げ出す。

…また、今日も。クラウドの積み重なる希求は、日の目を見ることなく闇に沈んで行くのだった。



その時はすぐにやってくる。クラウドはあの日から、ずっとそう思ってきた。

彼女はそこにいる筈だった。いなかったとしても、すぐにやって来る筈だった。…なのに、彼女はいつまでたっても現れなかった。悪夢を消し去った後も。ライフストリームの洗礼が終焉を迎えた後も。星を巡ってその影を見つけようと必死になった、後も。

皆はその時はまだ楽観的であり、確かにクラウドにもその気色はあった。彼女がパーティに存在していなかったスパンを思えば、その間隔には慣れていたはずだから。
…だから、そんなに焦る必要もなかった。時間はたくさんあるはずだった。


「……、」


それを思い返して身悶えするくらいなら、最期を前に彼女を待つべきだったのだろうか。
…否。悔いるところは、そこじゃない。それはその禍根の、ほんの一部に過ぎない。

彼女がその心を黒に染める前に。自分の虚飾を拭い去る前に。彼女の心の奥底に根付いていたモノに、もっと早く感づく事が出来ていたなら。…何か変わっていたのではないか。今こうして独り闇の中で彷徨う事も、無かったのだろうか、なんて。


「っ、…」


それを思ってはどうする事もできない現状に、出るのは解決策ではなく溜息ばかり。


彼女は今、何処にいるのだろう。
何処で、何をしているのだろう。


元気でいるなら、それはそれでいいと思いたかった。…けれども、もし万が一彼女の身に何かがあったとしたら。そう思ったらクラウドはじっとしていられなくて、彼女の存在に近づこうと、毎日毎日その足を当ても無い場所へと運び続けているのである。

最初はティファも、他の仲間もそうだった。皆彼女に会いたい一心でその影を追っていた。頻繁に連絡を取り合い、情報交換もし合っていた。
…けれども暫くして、彼らの中に現れたデクレッシェンドの記号。誰も口には出さなかったが、フェードアウトしていくその心気と声色はそれをクラウドにほのめかした。


…彼女はもう、この星にはいないのだと。


しかしクラウドは認めなかった。皆のそれに気づかない振りをし続け、そうしてこの半年でクラウドは世界の半分に足跡を残して来たのだが、…けれども痕跡一つ見つからない現実に日に日に心だけでなく体にもダメージは蓄積されていく。今日こそは今日こそはと期待心だけで動く足に、もう労いの言葉も使い果たしていた。

そんな自分を見兼ねてか、ティファはようやくそれを口に出すようになった。しかしクラウドは、最後までティファの言葉に耳を傾けた事は無い。既に体が拒絶していた。その口から出るそれは愉楽の言葉でなく、匪のモノであることが容易に想像できたから。


「……」


彼女は必ず生きている。体の奥から湧き出るようなその過信。
クラウドは諦めなかった。彼女の姿をどんな形であろうと、…その瞳に写すまでは。




*




コンコン――


「……、」


暫くしてノックの音が部屋に響いた。クラウドはそれに気づいていないわけではなかったが、少し反応を示しただけでその体を動かそうとはしなかった。
それをもお見通しのように、その人はすんなりと部屋に入ってくる。…この部屋に今入ってくる人物なんて、一人しかいない。


「……クラウド、」


行動とは裏腹にティファは遠慮がちにその名を呼んだ。クラウドは返事をする代わりにしぶしぶといった感じでその体を起こす。


「……あのね、クラウド――」


…ティファだって、最初はクラウドと同じ気持ちだった。

ティファにとって彼女との最期は、ジュノンでの裏切り行為という最悪なモノだった。最終的にそれがただの贋造であったにしろ、本人の口からその経緯を説明してもらい、何なら土下座でもさせて謝らせてやろう、なんて。そうして慌てふためく彼女を、笑い飛ばしてやりたかった。
…そう言って皆で笑いあった日々は、もう遥彼方。

それはもう、笑えない冗談に変わっていた。


「…シンバは、」


最初にそれを言い出したのは、意外にもユフィだった。「死んで出てきたりしてね」なんて、彼女らしい言い方だったから誰もそれを気に止めていなかったのだが。…それは後からジワジワと。その意味を悟らせるように、侵食するように広がって。


「……言うなよ」

「、」


本当はそうは思いたくなかった。皆だってそうだ。仲間をまた失う事になるなんて、誰も望んでいるはずなどない。…けれどもそう思いたくなくても半年という月日の流れは、その確信性を色濃く染め上げてしまうのに十分すぎる量で。

それでもクラウドだけは。クラウドだけは、当初となんら変わりなくその存在を追い求め続けていたけれど。


「…違うの、クラウド」


けれどもティファはもう、そんなクラウドを見ていられなかった。あの日以来、クラウドから笑顔は消えた。日に日に口数も減っていった。
…もしかしたら、彼までその存在を無くしてしまうのではないか。そう思ったらティファは、じっとしていられなくなった。


「シンバは、星に帰ったのかもしれない」

「……っ、」

「……シンバが住んでいた、世界に」

「!」


明らかにクラウドの表情が変わった。ティファはそれを見逃さなかった。


「……私もね、忘れてたの」


じっとしていられなくなったティファが足を向けたのは、古びた教会だった。その場所だけはライフストリームの被害もなく、しっかりとその景観を残していて、…それはまるでその場所を気に入っていたあの人の強さを現しているかのようにも見えた。

何の予感もなかった。ふと、その場所に行きたくなった。それはまるで、導かれるかのように。…あの人が自分たちの勝利を、導いてくれた時と同じように。


「……シンバは、この世界の人じゃなかったって事」


それだって、何の前触れもなかった。思い出せばそれはすぐそこにあった。…それもコスモキャニオンで、あの人に思いを馳せた時と同じようで。

下り坂ばかりだった道にようやく上り坂がやってきた。ティファはそう思って、それを直ぐにでもクラウドに言おうと思った。彼女は死んでなんかいない。自分の世界に帰って、そこでしっかり生きているのかもしれないと。

…しかし。


「本当かどうかはわからない。…でもね、でも、――」


もしも本当にそうだったとしても。…それこそもう、その想いにピリオドを打つのには決定的だった。


…もう二度と、彼女には会えないのだと。



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