06 opposite two of a kind



――彼はずっとそこにいた

…シンバがその世界に来る、ずっとずっと前から。


「…先に彼について少し、話そうか」


彼はリライエンスとパラレルユニバースの両方を体験した最初の人だった。最初に彼が渡った世界はZの世界ではなかったが、シンバ同様彼も自分はトリップに陥っていると錯覚を起こしていた。

けれども彼がそこで考えたのはその世界で生きていく夢想ではなく、この世界にどうやって帰ってくるかというストラテジー。…行き道があれば必ず帰り道だって存在する。彼はそう、確信していた。


「時間はかかったけど、彼はそのセオリーを見つけ出した。彼は頭が良かったんだ。…誰かさんと違ってね」


…それって自分の事か。とツッコもうとしてシンバはやめた。


「そして彼はまた、この世界に戻ってきた。…そして、知ったんだ」


自分はもう死んでいて、この世界では生きていけないという事を。


「でも彼は、その話を信じなかった。…そこも誰かさんとは違ってたね」

「…もうハッキリウチの事って言っていいよ」


自分はまだ生きている。彼はそう主張して、この世界に留まることを望んだ。けれどもそれを神が許すはずもなく、そうして彼はまた元いた世界に戻されてしまった。


「彼はこの世界ではかなりの有権者だったみたいなんだ。若くして多大な名誉と地位を手にしていた彼は、どうしてもここにとどまりたかったんだろうね」


自分は死んでいない。自分にはまだやり残したことが沢山あったのに。自分はこれから、これから――

普通ならば詮方ないと諦めるのかもしれない。一度死んだ身だから、その人生をやり直すなど不可能なのだと。
…それを中流の考えだとするならば彼の思惟に芽生えたそれは、極性を成していた。


「彼は神を憎んだ。…彼は、神の我儘がどうしても許せなかったんだ」


世界の創始者によって、その利己主義によって狂わされた人生。…どうにかして神に復讐をと、彼はそう考えた。
肉体的な痛みを与えるのは不可能な事はわかっていた。だから、精神的に神を追い詰めるに相応しい策を、何か。


「……そして彼は、思いついた」


神が創造した最高峰の作品を、その手で壊すことを。

最高峰の作品。それは、今でいう地球。それは、生命の住処である根本的な源。…それを彼は壊滅させることを目論んだのだ。
絶対神であるそれに負の面なんてない筈だと誰もが思っていたが、彼はそれに気づいた。ニンゲンに出来て神に出来ない事が、ただ一つだけ存在していることに。


「神は創造することしか出来ない。…彼はそれを、逆手にとったんだ」


創造することしか出来ないそれに、抹消できない痛みを。自身の創り上げたニンゲンによって、それらを壊される苦しみを、と。


「……、」


なんだかスケールの大きい話になってきたな。という他人行儀な思考が頭を巡る。それこそ信じられない話だと思った。神への復讐を考える事も、そうして星を滅ぼす事も。
…何故そこまで彼は追い詰められてしまったのかなんて、おそらく彼ほど利発でない自分には到底理解し得ないだろうけれど。


「…そして彼は、その星を滅亡へと追い込んだ」

「……どうやって――?」


彼がディールされた先の世界は、いわばメカニズムが核をなす世界だった。元々争いの多かったその世界では二つの勢力が対立しており、彼はそれを利用してそれらを戦争へと導いた。…二度と終息のない、ように。

それにはかなりの時間を要したが、彼は最後までそれを完うした。神への復讐心だけで駆り立てられていた彼のその意志は、いつしかそれに加えて享楽を感じるようになってしまった。…世界の情勢を自分が動かしているという錯覚が、彼の中にあったイニシアチブな部分を呼び覚ましてしまったのだ。

最終的に星は滅亡とまではいかなかったが、壊滅状態までには陥っていた。
神の創り上げたモノ達が互いに傷害を与え、それが神に損傷を与えている。…彼はそれだけで、満足だった。


「そうして彼は、星を転々としてる。パラレルユニバースを上手く利用してね」

「……でも、その世界はこの世界の神が創ったものじゃないよね?」

「…、そうだね」

「……この地球を壊せば――」


…そう。彼は真っ先にこの地球を壊そうとしていた。だから彼は向こうに戻された直後、また地球に戻ってきていた。


「……それを僕が黙って見てるとでも?」


けれども彼はまた、彼によってその世界へ戻されてしまった。…一度だけじゃない。彼は何度も何度も、この地球とその世界を行ったり来たりしていた。


「そうして彼の怒りの矛先は変わったんだ。地球がダメなら、まずはその世界から。…見せしめのつもりだったんだろうね」


まさかそんな事になるなんて一体誰が予想しただろうか。それほどまでに彼の意志が頑なだった事も、彼がそのような思議に至るような人間だという事も。…それを創り上げた創始者でさえ、気づく事が出来なかった。

そしてその意志を踏みにじったのは、神と自分だと彼は言った。彼をその行動に移させたのには自分にも責任があると、彼はほぞを噛んでいた。


「…でも、僕にはどうすることも出来ない。神と一緒さ。…僕はただこの世界の統制者にすぎないんだ」

「……」

「……だから、僕は待っていたんだ」

「…何を――?」

「彼を止めてくれる人を」


話の最中ずっと視線の交わらなかった彼のそれが、急に自分を捉えた。それに多少たじろいで、けれどもシンバは射抜かれてしまったようにそれから瞳を逸らすことができなかった。


「っ、――」


それが意味する事が、わかってしまって。
…けれどもそれを、わかりたくなかった。


「君だよ、シンバ」


僕は君を待っていた。

…彼のその言葉はまるでエコーのように。シンバの頭の中に、反響していった。



back