07 no coming into view of his piot



「……っ、」


ドクドクと上がって行く鼓動が周りの音をかき消す。まるで自分の心臓が外に飛び出てしまっているのではないかと思うほど、それは煩く耳を刺激した。

それには幾つかの条件があった。一つはパラレルユニバースに陥った者であること。そしてもう一つは、それがもう一度この世界に戻ってくるということ。その二つの連続した境遇に遭って初めてこの世界の摂理の深淵をのぞく事になる。そしてそれを把握した上で、彼と同じ境遇を辿らない者が前提。
…たったそれだけ。たったそれだけの数少ない条件。けれどもそれに当てはまる確率なんて、考えるだけ無駄な行為とも言っていいだろう。

そんな未知数な確率に当てはまるニンゲンを一体彼がどのくらい待っていたのかなんて、聞く気にもならなかった。…先ほどの彼の表情がまるで長年会ってなかった恋人を待ちわびていたかのように、自分に向けられたそれが切望の塊であったことが嫌という程伝わっていたからだ。


「各場所で"歪み"が発生する刻(トキ)は、ある程度把握しているんだけどね…」


うまい具合にニンゲンがそこに現れないんだと、まるで言い訳をするかのような口調で彼は言った。
その言葉に、自分も統制者にすぎないという先ほどの彼の言葉が頭を過る。…だったら彼の言う"統制"とは何なのだろうか。誰かをそこへ嗾ける事も、都合よくパラレルユニバースとやらを発生させる事だって、神ならば。…神ならば、出来て当然ではないのだろうか。


「だったらそこにニンゲンをよこせば済んだことだ。…って思ってるでしょ?」

「っ、」

「出来ないのさ。神によって創り出されたニンゲンでも、神の操り人形じゃない。その"意思"をコントロールすることは不可能なんだ」


歪みにしてもあれは自然現象の一部だから、神に発生させることは不可能。神はエスパーじゃないからなんていう彼に、今までの話からすると十分エスパーじゃないかというツッコミはあえて心の奥にしまっておくことにする。


「僕も同じさ。…僕は普通の"ニンゲン"だからね」


この世界の摂理を全て把握し自分の身に起きた事も知っているクセに普通という彼は、確かに見た目からすればそこらへんにいてもおかしくない風貌ではある。
けれども自分は、彼が普通ではないとその事実を知ってから感じているわけではない。彼を見た時から、彼は何か違うと思った。それは彼の居れ立ちや振る舞いなどではない。…その存在そのものが、他のニンゲンとは異なる気がしたのだ。


「…あなたは、一体――」

「まあまあ、僕の事はどうでもいいんだ」


そうして彼はまたすぐに話を逸らした。…どうしても自分を知られるのが嫌らしい。


「とにかく君は僕ら…いや、この世界…全宇宙の希望なんだ」

「っ、…」


…あぁ。こんな台詞、アニメや映画の世界でしか聞いた事がない。ましてやそれが自分に向けられる日が来るなんて、頭の片隅にも置いていない、いるわけがない。
何故自分なのかなんて、意味のないその愚問はとりあえず胸にしまっておいて。ただのトリップがとんでもないベクトルを指し示すことになろうとは、一体誰が想像しただろう。

けれどもそれが運命だとか、今度こそ世界を救うヒーローになるのだとか、そんなファンタジックな言葉に酔いしれるほど今の自分に余裕はなかった。寧ろあるのは憂色。そんな悠長な心構えをいつしか持ち合わせていたこともあったが、そんな簡単にそれを具体化して遂行することが出来ない事など今の自分はよくわかっている。


「……ウチ、は――」


セフィロスを、止めたかった。あの世界を救うのだと、そして彼女―エアリスをも救おうと決意したつもりだった。
しかしそれは有言実行どころか有口無行。…否、思っているだけで行動もしなかった。なにもしないまま、呆気なくこの世界に戻ってきてしまったのだ。

自分には何も出来ない。あの世界でもただの厄災だった。そんな自分があの世界に戻って何が出来る。今度こそあの世界を救うなんて。彼を、止めるなんて。…そんなの無理に決まっている。

そんなの、無謀だ。


「――君が彼と同じ世界に飛んだのは好都合だったよ」


その世界に身を置けば置くほど、情が生まれる。他世界にいて別世界を守ってくれませんかと言われるよりは、その世界を守ろうと思うのは必然かもしれない。
…だからって。はいそうですか、なんて即答する人がいるだろうか。…いいや、いないだろう。


「もしかしたら、彼も知っていたのかもしれないね」

「……、何を?」

「その世界はゲームの世界だったんでしょ?…もしかしたら彼も知っていたのかも、と思ってね」


実際、彼の滞在期間はその世界が一番長いのだそうだ。それに最近まで彼は動きを見せなかったという。なんたる新事実。最初神は、ようやく彼は星の破壊に飽きたのだと安心していたそうだ。

FFZは世界的に大ヒットしたゲームだったから、彼が知っていてもおかしくはない。もしかしたらきっと、自分と同じで彼もその世界を堪能していたのかもしれない。

…しかし。


「どっちにしろ、結局彼は世界を破滅させようとしていたんだけどね。……実際には君がこっちに戻ってきてる間にいろいろあったみたいだけど、」


心当たりはなかったかと聞かれて、嫌というほど思い当たる節が頭の中を駆け巡った。確かに自分たちはその為の旅をしていたから。


「……、」


…その、為の――?


「でもね、まだ世界は生きている。どうやら彼の企みは失敗したみたい」

「……失敗、した?」

「でもまたすぐに事を起こすだろうね。だからこうして君にお願いしているのさ」

「……、」


この会話の中に確かに生じているズレは、きっと―いや、確実に自分にしかわからないだろう。

失敗した。彼が何かを企んでいた。…本当に、そうだろうか。

あの世界を壊そうとしていたのはセフィロスだ。セフィロス以外にそういった事を目論んでいた者は旅をしている中で出会ってもいない。全てがシナリオ通りだった。…自分がいることを除いては。

本当に彼が世界の破滅を望んでいたならば、何かしらのアクションがあったはずで。自分が気づいていないだけなのだろうか。もしかしたら彼は本当に、世界を壊すことを辞めたのではないだろうか。
もしやセフィロスが。…とも思ったが、それはないだろう。あんな力を持った人間がもともとこの地球にいたとは思えない。


「? どうかした?」

「……その彼の名前はわからないの?」

「彼の名前?…確か、天爽忍(アマサワジン)だったかな?……心当たりがあるの?」

「……いや。…ない、です――」


神羅にいた時にもそんな名前の人物には出会ったことは無い。セフィロスの元名がそれだったとも到底思えない(あくまで個人的見解だが)。…まああの世界の事だから、彼が偽名を名乗っていてもおかしくは無いのだが。


「……本当に彼はその世界を壊すつもりだったの?」

「…どうして?」

「……や、なんとなく」

「……本当のところを言うとね、僕は彼の真意を知っているわけじゃない。彼の気持ちを直接聞いたわけでも、実際に彼が手を下しているところを見ているわけでもない」

「…」

「僕はただ後から入ってくる報告を聞いているだけ。…パラレルによって世界を跨いだ者がいて、その後に必ずその世界が滅んでるっていう報告をね」

「……それが彼だという証拠は?」


パラレルによって飛ばされたニンゲンは他のニンゲンとは違う。各世界によってセンスやマインドの作りは異なるわけであって、その相違を創りあげた神自身が識別出来ないなんてことはない。だから、特異なニンゲンが飛ばされてこればすぐに神はそれに気づく。神たちはお互いのセンスやマインドの特徴を大体は把握しているから、どこから飛ばされてきた者なのかすぐに察知する事が可能なのだと彼は言った。


「ここ数年(地球の年月)やたらパラレルを起こすその特徴がこの地球の者だということは一致していた。……そしてパラレルを起こした者はこの世界でまだ二人しかいないという事実を組めば――」


…答えは、一つしかない。


――アマサワジン


聞いたことなど無かったその名のバックグラウンドを思い起こそうとするかのように。シンバはそれを、頭の中で繰り返していた。



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