翌日。

朝早くから、シャチ、セイウチ、ベポ、トド、ペンギン、そしてライは、真っ昼間から開催されるプチ送別会の準備の為、街へ繰り出していた。
負傷しているから船にいた方がいいと言われたが、血液循環を高めた(能力の)お陰で歩く分には支障がないようにまでなっていた為、船長の許可をもらい買出しへと出ている。こうして街を堪能できるのも最後。それに出会ったときから一番自分を気に掛け、仲良くしてくれたメンバーと最後まで共にいたいという気持ちがあった。


「白装束には気をつけろよ。見かけたら即水になって空を飛んで逃げろ」

「それって僕たちも含まれるよねぇ」

「生憎危険な白装束はお前だけだ、セイウチ」

「…ウチの能力に空飛ぶ機能あるん?」

「やってみろよ、意外とすんなり飛べたりしてな?」

「んなアホな」


いつもと同じ、たわいもない会話の繰り返し。船を一歩出ればやはり誰も昨日の話を蒸し返さない。
良く出来た人達だと、本当にそう思う。船長の命令に忠実、フランクそうに見えて実は堅実。ルールは絶対に守る。仲間の命が、かかっているから。


「ライ、今日は特別!お前の好きなものばっかり作ってやるってアザラシが張り切ってたぜ」

「好きなもの買っていいってさ」

「ほんま?じゃあサンドイッチとグラタンとフルーツケーキと、」

「…それじゃ船長が参加出来ないな、」


冷静なペンギンのツッコミに、自然と笑みが零れた。そう言えば船長は和食が好きだ。カイザー一族は"ニホン人"寄りの系統だったのだろうか、なんて。
今でも不思議な気分だ。船長と従兄妹の関係。あまり実感が湧かないのもきっと、今までの関係性からくるものなのだろう。あれから船長もそれについては言及してこないし、ライもする気がなかった。

シャチとセイウチとペンギンが三人並んだ後ろを、トドとベポの巨大なコンビに挟まれ歩く。三人居る中、視線を赤いボンボンがトレードマークの彼の背にだけ向ける。
あの後、――いや、シャボンティ諸島に入ってから、ライはペンギンと二人きりで会話をしていない。怒涛のように過ぎていった時間、それでも何度かチャンスはあった。…が、話せなかった。

分からない。何かあったときにはすぐに気付いて、声を掛けてきてくれて、フォローをいつもしてくれた。でも、今回は違う。少し、避けられているような気もする。彼はシャチのように感情を曝け出したり、ベポのように凹んだり、セイウチのようにからかったりしないから。今何を思い考えているのかが分からなくて、もどかしい気持ちが心臓を一杯にして、少し苦しい。
…何故、苦しい。彼に、どうして欲しい。「元気でな」って送り出して欲しい?「行くな」って引き止めて欲しい?「必ず帰って来いよ」って言って欲しい?


「……」


馬鹿な女だ。この世界に、未練など無いと言うのに。そうだろう、特殊能力を使いこなすことも出来ず、海賊にも成りきれず、純粋に恋に落ちる事も出来ず。何もかも中途半端な自分が、この世界に未練など。


「…どうしたライ?溜息ついて」

「っ、え?…ううん、何でもない」


ダメだ。暗くなってはいけない。明るく元気に、笑顔で彼等と過ごさなければ。
ライは気を逸らすように、ベポの腕に絡めるように自身の腕を回し、賑わう街へと目を向けた。


*


一通り買い物を終え、何事も無く5人は船への帰路を辿る。街の喧騒、いつも通りの彼等の態度の中に身を置けば、自然と気持ちは落ち着きを取り戻していた。


「――あ、」

「やぁ、昨日ぶりだね」


そんな最中。ライ達は偶然にもレイリーと遭遇した。
そういやすっかり忘れていたが、昨日「コーティング具合を翌日見に行く」と言っていたことを思い出す。聞けばやはり船へ出向いていてくれたようで「コーティングは問題ない」と、船出の準備かと声を掛けられた。あんなことがあった為、その場にいた誰もがそのことについて頭の中から追い遣っていたようで、そういえば俺たち魚人島を目指すんだったと、当初の目的を今更再確認。

だが、レイリーが船へ出向いたのは、コーティングの仕上がりを見る為だけではなかったようだ。「実は探していたんだ」と、視線を向けられたのは紅一点の自分。


「少し、話をしたい。時間はあるか?」


ライはチラリとペンギンに目を向けた。この場で一番権限を持っているのは副船長であるペンギンだろう。「話を終えたらしっかり船まで送っていく」と付け足し言うレイリーに、ペンギンは「わかった」とそう一言だけ述べ、他のクルーに「行くぞ」と促す。


「じゃあライ、準備して待ってるぞ」

「……うん」


また後でな。そう言って振り向いてくれる皆の中、ペンギンだけは目を合わせてくれなかった。…そう言えば、今朝からずっと。彼とだけ視線が交わっていないことにライは気付いた。



***



――嘘だ。
直感的に、そう思った。

目覚めたライを船長室に運んで後。いや、"あの時"からずっと自身の心は落ち着いてはくれない。船長室で何を語り、何を話し合い、何を決めているのか。気になって仕方が無かった。ずっと一人で考え込んでいた。
そうして、ようやく船長から説明があると呼び出された際。彼の顔に浮かんでいた込み入った表情を見れば、何となく察しがついた。堂々とライを前にして、普通に立っていられる自身はなかった。副船長としてどうかと思う。…だが、その時のペンギンは、一人の男としてその場にいることしか出来なかった。

ずっと塞ぎ込んでいる彼女を見れば「一時的な帰国」が咄嗟に船長のついた嘘だと言うことも。この世界で生きることでなく、ニホンで生きる選択をとったという事実も。…そうなれば、もう二度と彼女に会えなくなることも。分かっているのに、己の中に浸透しない。細胞が、理解を拒む。
だからか、自然とライと二人きりになるのを避けてしまっていた。あからさますぎて、分かりやすいなと自分でも思う。だが、どうしようもない。どう接したらいいのかが分からない。…面と向かえば、繋ぎ止めようとしてしまう自分がいそうで、怖い。

「ニホンへ帰る」という選択を決めたのはきっと、彼女自身。船長のことだ、迷う彼女の背を優しく押したのだろうと思う。いつだってそう、彼はそうして彼女を見守り、支えてきた。
だから、彼女の意志を尊重するならば、己がどうこう言う筋合いは無い。彼女が能力を手にする時同様、彼女の意志を拒むのは、ただの己のエゴなんだって、だから今回も言い聞かせて、言い聞かせて。言い聞かせているのに、


「――ペンギーン、歩くの早えよ」

「!」


フッと思考が現実を見る。周りの緑がやけに鮮明に目に飛び込んできた。ピタリと足を止めて振り返れば、数メートル後ろをのろのろと歩く大の男4人の姿。


「ペンギンはあれだね〜本当にわかりやすい」


両手一杯に荷物を抱えながら、ヘラヘラと笑うセイウチ。シャチも、トドも、(理由は絶対分かっていないだろうが)ベポも、己をニタニタと見つめてくる。


「…………」


だが、この時は何も言い返すことが出来なくて。いるはずのない彼女の影を、男4人の後ろを探すように、ペンギンは薄暗い森の奥へと視線を投げた。



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