あれからシャッキーの店へ行きレイリーと数十分話し、ライが船へ戻ったのは小一時間後となった。
まるで小学校のお別れ会のよう、食堂の壁に大きく貼られた紙には「ライ独り立ちの会」とよく分からない送別会名が書かれており、テーブルの上に並べられた料理はいつにも増してカラフルだった。
レイリーと話して少し気が楽になったからか、素直に「独り立ちの会」という名の別れを受け入れることがようやく出来そうな気がしていた。
もちろん負傷者の類なので酒は飲むなと言われている。しかしライも飲んで記憶をなくしたくないので、飲まない事は最初から決めていた。最後の夜だ、飲み会の記憶も、良い思い出として持っておきたかった。
「「ギャハハハ――!!」」
ただ、自分を送り出す会、といっても、普段の宴となんら変わりない光景がそこにはあった。「戻って来た時には俺たちもっと大物になってるからな」とか、「新世界で待ってるぞ」とか。皆自分がすぐに戻ってくると思っているようで、きっと悲しみや寂しさを抱えている者の方が少数派なのだと思う。だから、飲むペースも、はしゃぐペースも、楽しい雰囲気も、いつも通り。…自分にとっては、この方が楽かもしれないな、と思う程に。
「――ねぇ、ライちゃ〜ん」
だが、その少数派において、異端児の存在を忘れてはならない。セイウチだ。ねばっこい話し方で、相変わらず距離を詰めて来るこの男。今宵は何を言ってくるかと少し警戒心を持った、矢先。
「…船長のあれ、嘘だよね」
「!」
いきなりの核心を突く問い。ライは飲んでいたオレンジジュースを吐き溢しそうになった。
「……なんで、そう思うん」
「船長の嘘つくときの癖、知ってる?意外とあの人も分かりやすいんだよ」
小声で、周りに気付かれないように話すセイウチの距離だけが変わらない。
クルー一たらしだと謂われる彼の勘が鋭く優れていることは有名だ。だが、まさかここまでだなんて思いもしていなくて、ライは本当のことを告げるべきかどうか一瞬躊躇い、返事を濁す。
「…言わなくていいよ。理由なんていらない」
「…、」
「ライちゃんがそうするって決めたなら、僕はそれに従うまでだ」
「ペンギンも、悟ってるんじゃないかな」そう付け足すセイウチ。確かに、ペンギンの態度が分かりやすく変わったことを思えば、そうなのかもしれない。しかし、そうする理由の先の答えが明確に分からない。怒っているのか、寂しく思ってくれているのか。
だから、こんなに気になるのだろうか。皆と同じような態度をとってくれさえすれば、セイウチのように打ち明け、背中を押してくれれば、
「ライちゃんはペンギンのこと好き?」
ガシャン。
「「!!!」」
いきなりの問い。動揺したのか、ただの偶然か。ライの持っていたグラスが滑り落ち、真下にあった小皿とぶつかった。周りにいたクルーの目が一斉にこっちを向く。
気にしないで、と両手のひらを目の前で合わせ、あははと笑いながら誤魔化し、場を整える。グラスの中が空で良かった。「セイウチまたライに卑猥な事言ったんだろ」と茶化すクルーにセイウチも悟られぬように上手く言葉を返す。流石だとしか言いようがない。
「…ライちゃんも分かりやすいね」
"も"、と言うのが気になったが、とりあえずスルーを決め込もうと、無理やり口の中にサンドイッチを詰め込んだ。
…そうなのかもって、いつからかずっと思っていた。きっと、今もそう、だからこんなに彼の動向がいつも以上に気になっているのだと思う。
でも、この気持ちを確定させたことはない。単に気遣ってくれる優しい彼を慕っているだけなんだって、どこかでいけないという気持ちを持ってブレーキをかけている。
「…セイウチ、前言うてたやん。海賊に恋は必要ないって」
ゴクリ。サンドイッチを飲み込んで、ポツリと呟く。
ブレーキを踏むキッカケになったものがあるとすれば、セイウチのその言葉でしかない。
野望を持って、海を渡ると決めた覚悟。その決意の妨げになるくらいなら、恋など必要ない。異世界から来たおかしな女が一人の男の人生を、クルーの仲を、この世界の摂理を狂わせてはいけない。…そもそも、自分はそういう関係を望んでいなかった筈だ。最初から、そうだろう?
「あぁ。…何?気にしちゃってた?」
「…別に」
「僕や船長がそういうスタンスを守っているだけであって、ペンギンはどうか知らないよ?」
「……何でこの期に及んでそんなこと言うん?」
いつもそう、彼の口から出るそれは冗談ばかりで、ただその場の空気を変える為、場を和ませる為のエンターテイメントのようなもので、サラッとしれっと流してきた。それが彼なりのコミュニケーションであって、大半は意味のないものばかり。だから、この話にも深い意味などない。…そう思いたいのに思えないのは、その奥に何かを期待しているのだろうか、なんて。
「最後だし。聞いておこうかと思って」
「…聞いて、その後はどうするん」
「どうもしないよ。僕、口は堅いほうだから」
誰も知らない秘密を胸に秘めてニヤニヤするのが好きなんだ。という彼に正直「キモチワルイ」と吐露すれば、セイウチはニヒルに笑みを浮かべた。
「――おいセイウチ!!ライを独り占めしてんじゃねえよ!!」
「え?…待ってそれいつものことじゃない?」
こっちに来い!とシャチに言われ、ライはしぶしぶ立ち上がる。「で?答えは?」と最後までしつこいセイウチに笑顔のみを返し、ライは彼の元を離れた。
「…素直じゃないなぁ」
取り残され一人、ポツリと呟く。
「…………人のこと言えない、か」
そう言ってセイウチは、瓶に残っていた最後の一口を一気に飲み干した。