コンコン、
「――ペンギン!キャプテンが戻ってきた!」
「!」
今は使われていない、物置と化していた部屋。一応部外者、他のクルーと一緒にしておくのは良くないと思い、イメルダとルアンはそこに運ばれた。大した怪我はしていなかったようだが、拘束されたまま海に数分投げ出されて意識を失っていた身、暫くは安静が必要だった。
2人が目を覚ましてからそう時間は経っていないが、船長に頼まれていた聴取は既に終わっている。他に2人と話すことはこれといって己には思い浮かばなかった為、室内には沈黙の2文字だけが浮いていた。…ライの事も、彼女の父親の事も、何も聞く気にはなれなかった。
「部屋にいるから来いって」
「…あぁ、わかった」
呼びに来たのがベポで丁度いいとも思えた。何の蟠りもなく世間話をするにはいい相手だと思える。2人を見といてくれと頼んで、ペンギンはそそくさと船長室へと向かった。
「――入れ」
船長室の扉をノックし入れば、ソファに項垂れ天を仰ぐ船長の姿。数時間前、オペを終え部屋に引き籠っていた時のデジャブのよう。
冥王に会いに行き何かしらの情報を手に入れたのであろうが、そんな風に待っているとは思っていなくて、緊張感が少し走る。
だらりと垂れた右手に揺れるシルバーのネックレスの先、きらりと光るリングに目が行った。見るたびに浮かんでは消えていくあの時の彼女の表情。…そして、彼女の心情を思っては苦しくなる己の思惟。
「返す」と言って右手を挙げる。動く気はさらさらないようだ。ペンギンはゆっくりと近づいて何を言うでもなくそれを受け取り、一旦丁寧にポケットにしまった。
「…どうだった」
「結論から話す。あの2人がカイドウの手下である可能性が浮上した」
「っ!?」
フゥ、とあからさまに大きな息を吐き、姿勢を正す船長。まさかの答えに、それへの正しい返事の仕方は思い浮かばず声が出ない。
「…あの2人から話は?」
「…あぁ。船長が出て行って数分後にイメルダの方が目を覚ました」
イメルダは起きてすぐ「アサト様は」と声を発した。ペンギンが小さく首を振ると、「そんな…」と顔を手で覆いながらベッドに倒れこんだ。長年慕っていた者が目の前で殺されたのだ。その反応は至極当たり前に見えた。
ルアンの方はまだ目覚めそうになかったので、イメルダに事の経緯を聞くことにした。
ライがニホンに帰ると約束し、ポーラタング号を去った3人は、少し船を移動させ、街へ出た。アサトは船に残ると言ったので、イメルダとルアンの2人で。
マングローブの木々に囲まれた中でライの話をしていた。ようやく見つけ、酷く安心したこともあって、気が抜けていた。…街中でもないし人気も無い場所での会話。誰かに聞かれているなんて微塵も思わなかった。
「…その会話を聞かれたのが、運悪くドフラミンゴだった。ドフラミンゴの事は2人とも知っていたらしい」
2人掛かりでも力及ばず呆気なく拘束され、そのままアサトの居る船へ連れていかれた。…そして、ライの手配書を回した張本人であることを聞いたという。
「ライの父親が何故"それ"を知っているのか問い詰めたが、ドフラミンゴは『話は俺の国に帰ってから』の一点張りだったそうだ。大人しくしていれば危害を加えるつもりはない。大事なゲストだからな…と」
だが、アサトがライと合流する前に「来るな」と叫んでしまったことで、事は最悪な展開を迎えた。
どうして。イメルダは話し終わった後、一人小さく何かを呟きながら、ずっと涙を流していた。
「…彼らは黒幕がカイドウだとは知らないようだ。ドフラミンゴに対して、お前の国に行ってどうする、何を企んでいる、とばかり問い詰めたと言っていた」
…彼らがカイドウの手下であるという可能性が浮上したという言葉を聞いたから、思い返す様に彼らとの会話を船長に話した。
だが、抜け目が無いのか演技が上手いのか、どんなに遡ってもドフラミンゴと繋がりを持っているようにはペンギンには思えなかった。
「…俺が聞き出した話は、以上だ」
「そうか」
「…ライも指輪も、そして全てを知る父親が揃っても…直接カイドウの元へ行く気が無かったのが気になるところだが」
その話が本当ならば、かなりの朗報ではある。ライは今ドフラミンゴの治める国―ドレスローザにいることになり、そしてワノ国へは行かずにそこに留まると予想出来る。肝心の指輪を、ライが持っていないのだから。
指輪がここにある以上、ライの命が奪われることはないだろう。”大事なゲスト”というくらいだ。やはり指輪だけが狙いではなく…ライ自身にも価値があることを知っている、ということにも繋がる。
「…彼らがカイドウの手下であるという根拠は?」
「ねェよ。ただの推測だ。…だが、可能性が少しでもあるなら、その体で接するべきだ」
一旦正した姿勢を、少し崩す。"何も知らない"ペンギンの報告から何かしらのボロが出ればと思っていたが、今はただの哀れな被害者というレッテルしか貼れそうにない。
だが、故意にドフラミンゴと合流し、そして脅されているように見せかけていたとしたら。アサトを失い、悲しみに暮れる演技をしているのだとしたら、とんだ大物役者に昇格する。
「イメルダもルアンも、ライが指輪を持っていると思っている筈。ここに指輪があることは2人だけの機密にすべきだ」
「あぁ。…それには俺も賛成だ」
人質となっているライと指輪を交換するのも一手かもしれない。だが、奴らが本当に必要としているものが指輪だった場合、別の争いの引き金となるだろう。
単にライの奪還に成功したとしても、それだけでは何も解決しない。首謀者を止めなければ、同じ過ちを繰り返すだけ、悪夢の鬼ごっこの始まりだ。
「ライを奪還し、ドフラミンゴを"あの座"から引き摺り下ろす」
「…カイドウの前に、ドフラミンゴと一戦を交えるか…」
「あァ、そうだ。ラスボスの前に立ちはだかる中ボスをやっつけるのは、当然だろ」
そうは言っても、数時間前の悲惨な状況を思い浮かべれば。ドフラミンゴを討つのにも相当な戦力は必要になる。今のまま乗り込んでも、敗北の文字は目に見えている。ドレスローザにはドフラミンゴを"慕う"強力な部下が勢揃いであることも、ローはよく知っている。
「…これからは別行動だ。ドレスローザには俺だけが行く。わざわざ敵の本拠地に指輪を持って行く必要はねェ」
「…!1人で…って無茶だ、誰か数人でも、」
「悪ィが1人の方が行動を起こしやすい。…それに、手は既に考えてある」
対能力で苦戦するのならば、頭を使えばいい。奴は王下七武海のメンバーと一国の王という称号を持ち、そして世界の闇のバイヤーとしても有名だ。奴のメンツを潰し、いい関係を築いていた者たち―特に黒幕であるカイドウの怒りを向けられれば。奴は窮地に追い込まれるだろう。
「ライの奪還はハートの海賊団としてだが。ドフラミンゴに関しては…これには俺の私情も含まれるからな」
お前らを巻き込むわけにはいかない。ローはそう言った。
「お前は指輪を守ることだけ考えていればいい。…あとはあの2人の監視だ。今後どういった行動をとるかは判らねェ。それと引き続き情報収集、あとはカイドウ戦に備えて力をつけておけ」
盛り沢山だ。遊んでる暇はないぞ、なんて。
「…だが、」
「…船長命令…という名の、俺の我儘だ」
頼む。そう言う船長の表情をペンギンは初めて見た気がして。思い止めようと、否定しようとする言葉は口から出なかった。
詳細は知らないが、忠誠を誓った頭の過去のカタストロフィー。いつかケジメを着ける時は来ると本人も言っていたし、ペンギンもいつかその日が来るとは思っていた。
ドフラミンゴを窮地に陥れる。長い時間、そして途方もない労力、能力、力を酷使するかもしれない。…もしかしたら船長は、この戦いで、
「必ず奪い返してくる。海賊だからな」
「…っ、」
全ての因縁を断ち切る時が来た。
「終わらせようじゃねェか。俺達で」
ローは、持っていたビブルカードをペンギンに差し出した。