"林を抜けた所にある民家へ、酒を届ける"

このミッションには何か裏がある。言い渡された時から感じていた違和感、そして己の勘はやはり正しかった。
林を抜けた先にあったのは民家ではなく、ただの倉庫。中には古くさった机や本棚が無造作に置いてあるだけで、恐らく今は使用されていない、ただの廃墟だった。


「――ま、待ってくれ!」


…そして今、そこに先程の海賊達と、我がヒーローペンギン、そして我らが船長と共にいる。共にいるが、"いる"というよりはどちらかといえば相手を"恐怖"で支配していると言った方が正しい。そう、それはその直前まで自分が陥っていた状態と、同じように。


「話せばわかる――!!」


何故この海賊達を、こうしてミッション達成場所に連行したのかは知らない。理由はやはりまだ、聞かされていない。場の空気感からそれを問質す事も出来ずこうして着いてきているだけだが。


「頼む!殺さないでくれ―—!!」


…ただ、分かるのは、船長の目的は自分が夜道に慣れる事ではなく、この海賊達を捕らえる事だったという事。


「ピーピー喚くな、黙れ」

「な、何でも話すから!!頼む!!」

「……昨日か一昨日か知らねェが、この町の女を連れ去ったって輩は…貴様らか?」

「っ、あ、あぁ…そうだ…でも!その子はもう解放した!」

「何故指輪を狙う?」

「知らねえよ!俺達はただ…奴らに頼まれてそうしているだけだ!」

「奴ら?…って誰だよ、言え」

「知らねえよ…!ただ、金になるっていう――!?」

「!」


その時、ローは持っていた愛刀を素早く抜き、丁度目の前にいる男の喉元へと突き付ける。その動作によって辺りに一層の緊迫感が蔓延った。
分かっている。その刀で船長は人を"殺さない"。けれど、月明かりで反射したそれが自ずと悪夢を蘇らせる。顔が強張るのが分かり、ドクリドクリと警鐘を鳴らすかの如く心拍数も上がっていった。

そんな自分に気付いたのか、隣に立っていたペンギンに両肩をそっと掴まれ、一歩二歩と後ろへ誘われた。驚いてその顔を見上げれば、小声で、けれども力強く彼は「大丈夫」と言葉をくれた。


「正直に言え。言わねェとバラす」

「なっ、っ、本当だ!俺は本当に何も知らねえんだ!!」

「っ、信じてくれよ!俺たちはそいつ等の素性も何も――!!」

「素性も知らねえ奴の言うことを聞いて金をふんだくってんのか?海賊として恥ずかしくねェのか」

「まっ、待ってくれ!!」

「何で他の指じゃなく、小指に限った指輪なんだよ?」


その後も暫く船長による尋問の嵐が続いた。しかしローが何を言っても聞いても海賊達は知らないの一点張り、焦燥感と恐慌感を募らせていくだけで話は一向に進まない。

けれども、自身の中にあった違和感は話の流れで解かれ始めている。船長もといペンギンもこの指輪が狙われることを最初から分かっていた。"この町の女を連れ去った"話の根本は知らないが、きっとその子も狙われたのだ。…小指にはめた、小さなリングを。
指輪を狙っている奴がいる。どこかでそれを知って、そして自分を囮にそいつらをおびき寄せようとした。これがこのおつかいの真意といったところだろうか。"偶然にも"自分はその条件に当てはまっているし、服装を変えさせたのもか弱そうな一般人に見せる為だろう。

しかし、理解できていないところはまだまだある。何故指輪が狙われているのかということ、そして一体何故、船長達はその犯人を探し出そうとしているのかということ。


「っ、だから!本当に知らねえんだって――!!」


埒が明かない。そう思い、息の上がった海賊達から放たれる熱気が倉庫内を包み、身体にへばりつくような空気に少し嫌悪感を抱き始めた頃。


「(…?)」


今まで目の端に写っていただけだった海賊の肩が小刻みに震えているのにライは気づいて目を向ける。それは最初から他の海賊と違って一言も発さず、ずっと俯き動かなかった1人の小柄な海賊。船長に捕らわれた事で意気消沈しているのだと、その時はただそう思っていたのに。


「ククッ…」

「「…!?」」


それは、笑っていた。


「…貴様、何が可笑しい」


他の3人に向けられていた刀が、スッと小柄な海賊の前へと突きつけられる。こんな状況下で笑うなんて自分には出来そうにない。船長の威圧感で精神がいってしまったのだろうか。その海賊の隣で喚いていた海賊達は、それをただ信じられないといった顔で凝視している。


「…お前らは、何故それを追っている」

「あ?」

「下手に首を突っ込まない方が身のためだぜ?善意を働いているだけなら今すぐやめな」

「…………お前、何か知ってるな?」


場の空気が変わった。隣の海賊達はそれを唖然とした表情で見続けていて、声すらかけない。恐らく、寄せ集めの"犯罪集団"なのだと思う。
相変わらず笑っているそれに、どうして今まで黙っていたのかなんて聞くのは愚問だろう。きっとその海賊は、今のこの状況を楽しんでいる。そう思わずにはいられなかった。


「あぁ、知っている。…いや、正確に言えば知らねえ。俺はその"奴ら"の話を偶然耳にしただけだ。それを聞いて俺はこの仕事から足を洗おうと思った。この嬢ちゃんで最後にしようって決めてたんだ」

「……海軍が絡んでいるのか?」

「違う。もっとやべぇもんだ。お前らこの一件を甘く見すぎている。…これは只の婦女誘拐じゃねえ」

「っさっさと言えよ、黒幕は誰だ!」


痺れを切らしたローが声を上げても、その海賊は微動だにしなかった。それどころか少し顔を上げ、ニヤリ、とその口に弧を描いたのである。
その笑みは、その言葉通りの意味を表現しているのではない。それは満足の笑み。この場を自分が支配していると感じ、それに酔いしれているような、




「カイドウだ」




…自分が発する黒幕の名で、目の前の海賊たちの表情が、この場の空気が凍り付くのを、まるで楽しむかの如く。



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