09




「――聞いたぞ、リヴァイ。お前もハンジ同様生き急ぎすぎだ」


目を通していた書類から顔を上げたエルヴィンは、そう言う割にはどこか嬉しそうな表情をしていた。


「リヴァイ、あなた巨人の調査に向いてるかもね!」

「……ハンジ、それは俺をお前の隊に誘っているのか?」

「あはははは!うちにリヴァイみたいな強面な部下はごめんだね!巨人が怯えちゃうよ!」

「……俺もテメェみてぇな奇人の部下はお断りだ」


昨日のリヴァイの奇行はちゃっかり見張りの奴らに報告されてしまっていたようで、朝っぱらから呼び出してお説教かと思ったがしかし、そこには何故かハンジの姿があった。いつも彼女の"お目付け役"であるモブリットの姿はどこにもない。…ただ単に昨日の奇行についての話をする為では無いようである。


「……で、何のようだ。エルヴィン」

「あぁ、用があるのは私だよ、リヴァイ」

「?」

「…どうせ聞くなら、一緒にと思ってな」


昨日の夕方、第11回壁外調査に参加した兵士全員が集められリヴァイとエルヴィンから事情説明がなされた後。ハンジは、エルヴィンからある調査依頼を受けていた。


「…ルピの身辺調査をなるべく極秘で進めたんだけどね、」


ウォール・マリアからローゼ内に避難した人民の名簿を手に入れ、そしてルピが住んでいた区域に所属していた駐屯兵や街人に遠回しに話を振り、彼女の存在を知る者及び彼女の家族の存在について調べ回っていた。
もちろん大半の事をやったのはハンジの"優秀な"部下であるモブリットらしいが、…彼は扱き使われ疲れ果てた為にここにいないのではないかとリヴァイは思う。


「あの区域、いや、この壁内にヘルガーという姓の者の存在はあの子以外に無かった。…と、いうより――」

「……なんだハンジ、クソでも漏れそうか」

「いや、朝からスッキリ出すものは出してきたんだが、」

「だったらなんだ。ハッキリ言え」

「…………あの子自体、存在していないんだ」

「?!」

「…どういうことだ」


この人類では、壁内ごと、また区域ごとに住民の管理を行っている。主に駐屯兵団の管理職の連中がその名簿を作成し、それを憲兵団の管理職の連中も共有する仕組みになっている。
と言っても憲兵団のその管理はかなり杜撰。…憲兵団とは、"そういう"ところ。


「845年の最新のマリアの名簿はどこの区域のも残ってない。…だから、昨年度のものを借りてきたんだけど…」


いろいろ鑑みてルピが住んでいた区域だけでなくマリア全土の区域も捜したのだが、…その姓も名も、見つからなかった。


「…家族の方は?」

「もちろんファルクとルティルという名前も捜したさ。だけど、…そんな人物も存在していなった」

「…テメェそのメガネよく拭いてから見たんだろうな?」

「確かだって!私以外に三人がかりで捜したんだから!」


「二度と字なんか見たくないと思ったよ」というハンジに「ご苦労だったな」とリヴァイが声をかける。一見労っているようだが、実は全く心がこもってないことをハンジとエルヴィンは知っている。


「……街の人の話も聞いたんだろう?」

「…あぁ、あの区域はトロスト区からそう離れていないから、ほとんどの人が避難できていたみたいでね。ルピの名前はさすがにマズイかと思って"親"の名前を出して反応を伺ってみたんだが……皆、隠しているというよりは本当に知らないって顔をしていたよ」


間違いないよ、と言うハンジ。


「……だとしたら、ルピの名前自体も知られていない可能性が高いな」

「何故そう言い切れる」

「…彼らは街から離れた場所に住んでいたんだろう。関わりを全く持っていなかったのならばそういう可能性もある」

「…、」

「ただ、…ここでまた問題が浮上する」

「……"何故関わりを持たなかった"のか。…だろ?」


名簿に名の無い―存在していない筈の彼女。その存在を知っていた彼らが彼女を避けた理由が一体どこにあるのだろう。
ただ単に嫌われ者だっただけか。彼女の名が存在しなくなった理由と、街の者が彼女を避けるようになったのには何か関連があるのではないだろうか。


「……彼女を調査兵団に迎え入れよう」

「…どうした急に。気が変わったか、エルヴィン」

「…先に街の連中にルピのこと確かめた方がいいんじゃないの?」

「…いや、もういい」


十分だ。そう言うエルヴィンの顔を覗き込むが、何を考えているのかリヴァイにはわからなかった。しかし彼は自分よりも多くの事を考え、そしてかなり先まで見越しているだろう。…いつもそうだ。だからエルヴィンには頭が上がらない。


「これは"賭け"だ、リヴァイ」

「……俺はその"賭け"に勝つ気満々だがな」

「…………でも、あの子この調査兵団に入りたがるかなぁ?」

「強制に決まってるだろ。アイツにこの先の人類がかかってるんだからな」


無理やりにでも頷かせるさ。そういうリヴァイの顔はいつも以上に悪い顔をしていて、


「…お前は非情だな」

「……エルヴィン、お前にだけは言われたくねぇよ」


エルヴィンはその言葉に笑っていた。


「……、」


…相変わらず変人が多い兵団だなんて、一番の変人と言われるハンジは一つ溜息を吐いた。



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