08




「――リヴァイ兵士長、」


その夜。リヴァイはルピのところへ一人で訪れていた。

階段を降り切って刹那声をかけてきた見張りの一人は酷く不安げな顔を向けていて、幽霊でも見たのかと冗談で言えば無言で視線を後ろへ動かす。…あぁ、コイツも"その内"の一人かと思って、リヴァイはそれに言葉を返す事はしなかった。

「ずっとあの調子です」と言う兵士の言葉を受けてそれに目を向ければ、ルピはそのベットの上で膝を抱えて座っていた。頭はその膝の上に乗せられていて、眠っているのかと思ったがその眼はパッチリ開いている。リヴァイに気付いてか視線だけをこちらに向けてきたが、…これでは見張りが怯えるのも致し方ないとリヴァイは思った。


「…寝ねぇのか」


一つコクリと頷いたルピがゆっくりと顔をあげると、お兄さんは昼間金髪の男の人が座っていた椅子に腰かけている。…ここに、いてくれるのだろうか。


「…そうだな、昼間の続きでも話そうか」

「……あの、」

「なんだ」

「少し、思い出した事があります」


数ヶ月前、外が騒がしい時期があった事をルピは思い出していた。きっとそれが三ヶ月前の壁の破壊騒動というやつだったのだろうと。


「なら話が早い。お前がその家族と離れたのはその直後だったか?」

「…そう、です」


それが意味する事。リヴァイは口にはしなかったが、そこにいた見張りの二人は悟ったのか互いの顔を見合わせて憐れむ表情をしていた。
…しかし、


「でも、…暫くして、ファルクとルティルは帰ってきました」

「…、なんだと?」


その騒動が何なのか何が起こったのか聞いても彼らは何も言ってはくれず、すぐ戻ると言って自分を地下へ残してどこかへ行ってしまった。その時にもここから出てはいけないと言われていて、ルピはその約束を守っていた。


「その後も、少しの間だけ一緒にいました。…どのくらい、と言われると、わかりません。数えてなかったので」

「……」

「でも、その後またファルクとルティルは出ていきました」

「……それが最後か」

「…、はい」


リヴァイの気になるところは既に彼女にはなかった。彼女の、その家族にベクトルが向いていた。

壁の破壊騒動後に彼らが消息を絶っていたのであれば、おそらく―いや、確実に彼女を置き去りにして逃げたという事実が浮かび上がる。だから先ほど見張りの奴らもそんな顔をしたのだ。
暫くして戻って、また消えた。…一体何の為に。食料を確保して三人で地下に閉じこもってやり過ごすつもりだったのか。そうして食糧難を懸念してまたそれを探しに行ったのかもしれない。そうして戻ってこなくなったのならば、彼らがルピを置き去りにして逃げたという線は薄れ、他の線が濃くなる。

――巨人に、捕食されてしまったという線が


「……」


でも、それでもどこか納得がいかない。巨人の恐ろしさを知っていたなら、どうして地下に逃げる必要があったのだろう。街の人間と一緒に避難すればそれで済んだ話ではある。


――誰も、私と遊んでくれませんでした


…彼女が街の人間から避けられていた事が関係しているのか。だったら、その家族は、


「……また明日来る。しっかり睡眠はとっておけ」

「…………眠れないんです」


ポツリと、寂しそうに。リヴァイはその場を去ろうとしていた足を止めた。


「…ここはお前が住んでいた"部屋"とそんなに変わらねぇと思うが?」

「そうですね、……でも、」


外に出てその明るさを知ってしまい、この狭くて暗い空間は恐怖以外の何物もでもない事に気付かされた。ファルクもルティルも誰もいない部屋で一人でいたあの寂しさが、今になってルピの中で鮮明になっていて。


「…一人でいるの、怖いです」

「一人じゃねぇだろ。監視が二人もいる」

「…その人たち、怖いです。……街の人と、一緒の目をしてるから」


お兄さんは目を見開いていたが、見張りの二人はそれでも自分に背を向けたままだった。


「…………俺の方が酷い顔をしてると思うが?」

「そんなことありません。…お兄さん、すごく優しい目をしてる」


機嫌が悪そうだとか、悪い顔してるだとか、いつも仲間に言われてきた。それを自負しているし寧ろそうでなければ自分ではないなんて思うほどだから、そういった言葉から自分を隔離してきた筈なのに。


「…っ、」


今までかけられた事などなかったルピのその言葉にリヴァイは再び目を見開いてしかし、…次には何故か舌打ちをして、


「…おい、鍵をかせ」

「はい?」

「いいから、出せ」

「っ、兵長何を――!?」


ガチャリ。そうして、お兄さんは四角いハコの中に入ってきた。


「兵長っ!?危険です!!」

「うるせぇ、お前に責任はとらせねぇよ。俺が勝手に入った。それだけだ」

「っしかし――」

「コイツが寝るまで監視するだけだ。俺がいいと言っている」


慌てる見張りの二人を余所にリヴァイはズカズカと躊躇なくルピに近づき、そうして布団の上にドガっと腰掛けて刹那、片手でルピの頭を鷲掴みにして彼女を無理やり押し倒した。


「っ!?」

「…寝ろ。ガキはもう寝る時間だ」


大きくなれねえぞ、なんて。自分よりは大きいがそれでも見張りの人に比べて小さいお兄さんに、…しかしルピは何も言おうとせず、そうして安心したようにすぐに眠ってしまっていた。

…その寝顔を眺めるリヴァイの顔は、見張りからは見えなかった。



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