04




「彼らは、いないみたいだね…」


一つ、空気を大きく吸い込む。懐かしい香りがした。古い木々の香り。しかし入った瞬間に分かっていた。そこに生活感は皆無。彼らはここにはもういない。…きっとあの時から。ずっと。


ギシ_


自分が歩くごとに古めかしい音を立てるそこは、入口からすぐにある台所。あまり使った記憶はない。料理という料理は殆どしていなかった。彼らが獲ってくるものを食べていたから。

ドクリ、ドクリ。…あぁ、そう言えば自分はこの音が嫌いだったような気がする。この音が嫌いで、それを立てないようにと忍び足で歩くようにしていた。彼らを真似て。彼らは、足音を立てずに歩くのがとても上手だったから。


「……、」


自分も"それ"になれば、きっと同じように歩く事が出来るのに。…ドクリ、ドクリ。どうしてならなかったのだろう。



――あなたは我々とは違う。それでいいのです



その奥には、いつも彼らと一緒に寝ていた小さな寝床。寒い日には彼らにピタリとくっついて寝ていた。彼らの体毛はフサフサでとても心地のいいものだった。


「……、」


自分も"それ"になれば、心地のいいそれをずっと身につけていられた筈なのに。…ドクリ、ドクリ。どうしてならなかったのだろう。彼らに抱きつくのが、好きだったからだろうか。



――もうその力は失われつつある。…それでいい



地下牢へ続く階段は、闇への入り口のように黒い。ここに入る事は滅多に無かった。雷が怖くてそれを聞きたくない時くらいだったように思う。


「……、」


"それ"になっていれば、怖さも半減した。幼い時はそうして避けていた気がする。…ドクリ、ドクリ。どうしてならなかったのだろう。その姿を現してはいけないと、言われていたからか。


「ルピ、」


ルピは灯りも無しに地下へ降りていった。ハンジがそれを止めようとしたが、それをリヴァイが制止する。


ズシン、ズシン…


今みたいに聞こえていたその音を、この地下で一人暗闇の中で聞いていた。一度彼らが戻ってきて、もう一度出て行こうとした時。…そう言えば、聞いた気がする。どうして自分はここから出てはいけないのかと。


ズシン、ズシン…


彼らと一緒にいたかった筈だった。"それ"になれば、一緒に外へ出れたのに。…ドクリ、ドクリ。どうしてならなかったのだろう。



――ルピは、"人"なのだから



…いや、違う。なれなかった。なろうとしても、なれなかった。どうしてだろう。…昔は、そう。昔は、意識すれば簡単に"それ"になれていた気がするのに。


「…………」


"それ"にならなくなって、どれくらいの月日が経っていただろう。禁じられてから一度もそれにはなっていないように思う。禁じられたのはいつだっただろう。ここに来る前。この森の中で暮らす事を決められた日。…そもそもどうしてこの森の中で暮らす事になった。元々自分は、この森の中で最初は暮らしていなかった――?


「……、」


ドクリ、ドクリ。何か思いだせそうで、どうにも靄が晴れ切らない。冷たい空気に覆われていた筈なのに身体はどんどん熱くなっていく。
…でも、この感じ。初めてじゃない。ドクリ、ドクリ。知っている。自分はこれを、


ズシンズシンズシン_


「…!」


しかし刹那、音が変わったのに気付いてルピはすぐさま地下から出た。その先に待っていた彼らは何事かと目を丸くする。


「どうした、何か思い――」

「奇行種が一体こちらに向かっています…!」

「え?」


取りこぼしやがったか。リヴァイがそう言ってすぐさま外へ出ると、そこには。


「――兵長!!!分隊長!!!」


すみません!と大声をあげるニファが必死で追いかけているそれは彼女に全く目もくれないで突っ走ってくる。紛れもない奇行種。十メートル級。



――俺に任せとけ



…思い出す悪夢は、今も鮮明に。


「おーおーおーおー、勢いがよろしいことで」

「チッ、仕方ねぇ俺が」

「リヴァイさん、」

「なんだ」


私に殺らせて下さい。ルピは、ブレードを構えた。



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