03




「――いつも通りでいい。お前は巨人の位置を把握しろ。ルートの選択は俺がする」

「はい」

「目的地に着くまでは無駄な戦闘は全て避ける。お前ら、遅れるなよ」

「「了解」」


見晴らしもよく風もほぼ無い最適な天候の中。総人数七名―通常遠征の一班分程、小さな塊となってそれらは前進した。


「初めてだねぇ〜こんな少人数で遠征なんて」


ハンジはいつも通り楽しそうで、リヴァイはいつも通り平然としている。班の面々はどちらかと言えば冴えない表情をしていたが、やはりそれが至極当たり前な反応だとルピは思う。巨人の巣窟にたった七人でなんてどうかしてる。きっと他の兵団なら…いや、うちの兵団内にもそう思っている人がいてもおかしくは無い。


「…ルピ、実は私も隠していた事がある」

「?」

「ルピが訓練兵の間、こっそりルピの家を調査していたんだ」

「…そうだったんですか、」

「隠していてごめんね。調査っていっても、身辺調査だけなんだけど」

「…それを指示したのは全てエルヴィンだ。何を思って奴がそれを実行したかは俺達も知らねぇ」


その家のものを少しだけ持ち帰っていた、というハンジ。それはもうかなり前のだが…あの場所から去って一年もたたない間の話。


「…彼らは、」

「その時に私が出会ったのは巨人だけだった。…たまたま"留守"にしていただけかもしれないけど、」

「…、」

「会えるといいね、ルピ」

「、はい」


ルピはハンジにニコリと頬笑み返す。その場所へはそう、ファルク達との約束を破り地下から地上へ出て巨人に襲われかけたところをリヴァイに拾われて以来だ。
…まさか今その場所に帰るなんて、一体誰が予想しただろう。もしかしたらその場所で彼らに会える事になるかもしれないなんて、一体誰が想像しただろう。

…どくり、どくり。進むにつれ上がる鼓動。それはまるで何かの、予兆のようだった。







Beherrscher






「――見えてきたぞ」


そうして駆ける事数十分。その街へすんなりと到着した。少し奥に見える緑の塊。自分の、"故郷"。自然と蘇る、あの頃の記憶。


ズシン、ズシン…


その風景は、以前と何も変わっていなかった。澄んだ空の色も、木々の緑も、踏みしめる大地の感触も、その街も、…リズムよく響く、足音も。


「ルピ、巨人は」

「近くにはいません」


街外れ、緑が生い茂る中にひっそりと佇むその場所は、今思うと少し不気味にその目に映る。本当に自分はこの場所に住んでいたのかと一瞬疑った。何も変わらないその外観も雰囲気も、この場所がそこから隔離されていた事を嫌というほど漂わせているように今なら思えた。


「お前たちは馬を繋ぎ外側の木の上で待機。巨人が来たらその都度駆除しろ。家には俺とルピが入、」

「ええええ!!!私も行く!!!!」

「――家には俺とルピとハンジが入る」

「「了解」」


ドクリ、ドクリ。変わらず鳴り続ける鼓動。時折吹きだした微風が昂るそれを冷やかに撫ぜ、妙に心地いいだなんて。
不思議な気分だった。ここにいた時間の方が格段に長い筈なのに、いざ来てみるとそんな感覚など無い。昔とは異なる情意でその場所に立っているからだろうか。自分が住んでいた家なのに、知らない人の家に初めて入るようなそんな感覚に襲われて。


「…私も久しぶりだ。変わらないね、」


なかなか前に進もうとしないルピを見兼ねてか、ハンジが背をポンと押す。何を躊躇しているのだろう。感慨深くなっているのだろうか。その表情が特に変わらない為にリヴァイにはそれは分からない。


「…ルピ、止めるか」

「…………、」

「今すぐ決めろ。ここにはそんなに長い間留まれねぇ」

「……、いえ、行きます」


ルピはリヴァイの声の後、自身の記憶の中に入り込むように、ゆっくりとそこへ足を踏み入れた。
ドクリ、ドクリ。静まり返ったその部屋に、己の鼓動だけが響き渡る。



――おかえりなさい、ルピ



空気中に溶け込んでいた彼らと自分の影が己の脳内を刺激し、ぶわりと過去が甦る。
もしも彼らがここにいたなら。きっと自分の足音にも声にも気付いている筈。…でも、何も出てこない。そこには彼らの匂いも姿も微塵も無かった。


「……」


全ての記憶を呼び覚ますかの如く、足は自然と動いていた。



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