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「――おっ、ルピ!」


調査兵団訓練所にて一人トレーニングをしていると、そこへやってきたのはトモダチ三人。丁度五日前に彼らは第52回壁外調査を終えており、もちろんルピはそれには参加せず、その時も一人この場で黙々とトレーニングに励んでいた。


「お疲れ様です、皆さん。無事でなによりです」

「おうルピ、聞いて驚け!俺は今回の調査でお前の討伐数にようやく追いついてやったぜ!!」

「…もう、オルオそればっかり。どうせ今度でまた大差付けられて終わりよ」

「あぁん!?」

「タクは復帰して初の壁外だったんですよね、大丈夫でしたか?」

「あぁ、大丈夫――」

「おいルピ無視か?この俺様を無視とはいい度胸だばっ――!!」←噛んだ

「それより、どう?トレーニングは順調?」

「順調。……とは言えないです」


あれからルピはずっとそれに変身する練習を行っているが、自傷行為無しでそれになることがいまだ出来ていなかった。それに長時間なるとその反動で次の日半日潰れる事もあり、加えて自傷行為は一日一回とリヴァイに決められていて、それになったり戻ったりのスムーズな練習は全く捗らない。恐らくその指定は自分を追い込む為のものだと分かってはいるが、…分かっていても身体が言う事を聞いてくれないのだ。


「そういや俺まだちゃんと見たことねえな…見せてくれよ!」

「あ…すいませんもう既に一回傷つけちゃったので、」

「なにィ!?頑張れよ!!タクだって見たいよなぁ?!」


それにタクがしれっと「見た事ある」(訓練時間が被った時に見せた事があった為、またその時にはペトラもいた)と答えれば、オルオはまた一人「なにィ!?」と叫んでいた。…この人、相変わらず忙しい。


「最初は怖いと思ったけど…良く見ると本当ルピみたいで可愛いんだよね」

「可愛いってお前…」

「見てえ!!もう一回くらいいいだろ!?ルピ!」

「嫌です。リヴァイさんに怒られます」


その弁明にオルオがどうしてもと言うからと告げていいのかと問えばオルオは押し黙った。…この人、相変わらずリヴァイに弱い。


「兵長と言えば…最近ペトラは兵長の補佐に就く事が多いよな」


ルピが現場を退いてから壁外では専ら長距離索敵陣形が使われ、街中に入ってからの荷馬車護衛も一段と重要となった。元々ルピがいなかった事を思えばそれが"通常"だったが、一度ルピのその能力の効率の良さを知ったら元には戻れない。その代わりは誰にも務められず、リヴァイが"ルピの分まで"気を張ってはいるがやはり一人では賄えず…それによくペトラが伝達などの補佐として助太刀をしているらしい。


「昔はどっちかというと嫌いだったけど、…あの人が兵士長っていう立場にいるのも今なら凄く納得出来るわ。それにあのすごい活躍を近くで見ると惚れ惚れしちゃうね。好きになっちゃいそう」

「なにぃぃペトラ…!!」


あんなに怖いのに兵長好きな人が多い理由も分かると言うペトラ。それをも聞いたオルオの顔にショックが大きく浮き出る。ルピはそれをリヴァイ崇高者の"ライバル"が増えるからだと思ったが、


「あの、…一つ聞いてもいいですか?」

「ん?」

「……好き。って、なんですか?」


丁度よく出てきたその言葉にルピはいち早く反応した。ウォルカがそれを口にした時からずっと気になっていた。好きとは、一体。…リヴァイが好き。それはどういう気持ちなのだろう。
しかしペトラはそれに「深い意味じゃないからね」と焦ったような顔をし、それにオルオの顔が平常に戻って行く。それで余計にルピは混乱する羽目になったが、


「好き。ってのはなぁ、…一言じゃ言い表せねえな」


やはりそれを取りまとめてくれるのは、タクだった。

人は"好き"を様々な意味で使う。自分が思っていたように食べ物などの広い意味での好みに、尊敬の延長に、愛欲の意味に。ウォルカのそれは愛欲で、そして自分のそれは尊敬の延長上にあるとペトラが付け加える。
簡単に言えば男として好きか人として好きかの違い。ずっと傍にいたい、触れたい、独占したい。そういう気持ちが強いならば男としての好き。慕い添いたい、彼の元で任を遂行したい、彼の役に立ちたい。そういう気持ちが強いならば人としての好き。…という事らしいが、


「…ルピ。お前は俺達の事、好きか?」

「はい」

「ハンジ分隊長やナナバさんは?」

「好き…です」

「じゃあ、兵長の事は?」

「……」


彼らに対する好きはすんなりと出てきたのに、リヴァイに対するそれは言葉にならなかった。何故だろう。分からない。
彼は自分にとって神様のような存在でそれはずっと変わっていないと思っていた。だからそう、自分が絶対的な存在である彼に使う"好き"はそういう意味であって深い意味なんてない筈なのに、それを言うのを躊躇ったのは何故。…やっぱり好きってよく分からない。

ペトラ達はその返事の仕方でルピがリヴァイをどう思っているのか分かっていた。…というよりずっとそうだと思い続けているが、当の本人が気付いていない事を今知った。今迄人にそういった感情を持った事が無かったからかもしれないが、初めて知るその気持ちに彼女が悶々としているのは、…何だろう。ハンジならこの気持ちを滾るとでも表すだろうか。


「ニッグも、お前の事"好き"だったぜ」

「?…それは、どっちの意味ですか?」

「…さぁな」


お前がその気持ちを理解すれば分かるんじゃねえか。タクは、そう意地悪そうに笑っていた。



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