「第53回壁外調査を開始する、前進せよ――!!」
ルピにとって久しぶりの壁外遠征は兵団に復帰してから約三カ月後となり、復帰戦に相応しく…なく、雲行きの怪しい中行われた。
「この陣形になると酷く安心するね。気が抜けちゃうよ」
「…テメェはいつもそうだろうが」
数ヶ月間現場を退いてはいたがブランクというブランクは自分では感じていない。耳の方はあれからかなり鍛えられているし問題は無いが、…しかし自分には新たな課題が生まれている。
この壁外調査から復帰してくれとエルヴィンに言われた際にルピは正直に特訓が順調ではない事を話したが、「その力も実践でどのくらい使えるのか試す必要がある」と言われ今回の遠征に踏み切っている。
確かにいつまでも自然と変化出来るのを待っているとそれまた何ヶ月かかるか分からないし、いくら優れた能力だといってもやはりデメリットは必ず存在する。それにもしかしたら窮地に陥れば自然と成し遂げるかもしれないなんて、…やはりそこはぶっつけ本番調査兵団だ、なんて。
「――街が見えてきました」
「…久しぶりだな。巨人に遭遇せずにここまで来るのは」
「各班配置につけ!荷馬車班はそのままルピに続いて前進しろ!」
「「はっ!」」
そうして何事も無く目的地である街に着きルピとリヴァイはそのまま荷馬車班を率いて街を直進し、少し開けた場所に到着した。
「身体に異常はねぇか」
「はい、大丈夫です」
ルピにとってこの時間は暫しの休憩時間。この時の聴覚の範囲は荷馬車付近のみでいいと新たに命じられている。姿を変えたりした場合に酷使する体力面を考慮してだろう。
「…しかし、ハンジが言っていた事も満更ではないな」
「?」
「お前がいると確かに気が抜ける。悪い意味でも、良い意味でもな」
クシャリ、と一つ頭を撫でられる。そう言ったリヴァイの顔はいつになく穏やかだった気がした。
何はともあれ、調査兵団でまたこうして活躍出来る事が何より幸せなように思える。皆の期待を背負って任を遂行する責任感も、彼の元でその任を全うする喜びも。…そうして彼に褒められたり、頭を撫ぜられたり、その傍に置いてもらえる事が、
「……、」
ルピはブンブンと頭を振って逸らしてしまった注意力を無理矢理戻し、屋根に上った。
任務中に気を逸らすような事はもうないと思っていたのにもかかわらず、初っ端からこれではいけない。気を取り直して、いつもしていた通りに荷馬車班が荷を下ろすのを暫く眺めていた、
…それは数分後の出来事だった。
「――霧が…出てきたな」
視界を覆っていく白い霧。どんよりとした色の雲がその重さに耐えきれないというようにやけに地上近くまで降りてきていると思ってはいたが、それは一瞬で視界を遮っていった。…これは経験した中で一番最悪の天候だ。
「エルヴィン!どうする!」
「ここに留まるのは策じゃない。…西に森が見えただろう、あそこで一時待機しよう」
荷馬車をそのまま放置し兵達はエルヴィンの命に従い移動の準備をし始める。その命を聞いていたのはこの荷馬車班だけで他の班には知らされていない。それを一人の兵がエルヴィンに問えば、この濃霧の中信煙弾は役に立たないし、いつ巨人に遭遇するか分からない中で伝達に駆けまわるのは自殺行為になる為、他の班員に告げるのは至極困難だとエルヴィンは言った。
確かに彼の話には納得だが、どうにかして知らせられないだろうかとルピは考えていた。屋根の上でもそりゃ安全と言えば安全かもしれないが、確実性は皆無。何かいい方法が、
「……エルヴィンさん、提案があります」
「聞こう」
「私に行かせてはもらえないでしょうか」
ルピはその時思いついた。自分がその適役ではないかと。巨人は自分が敵意を見せなければ反応しないし、人の声を拾いながら行けば全班に伝達が可能である。
…しかし、
「…ルピ、どうやってそいつ等に森に移動しろと伝えるつもりだ」
「……それは、」
ルピはその姿になると言を発せない。イコールそれは一旦元の姿に戻り、またそれになって駆け回るのを繰り返す事になるだろう。はたしてそれが上手く行くかという保証はどこにも無い。自傷行為を繰り返せば可能かもしれないが、リスク高すぎるとリヴァイはそれにかなり難色を示した。
エルヴィンから復帰を告げられてからこの遠征の間にも自然とそれに変身出来る事はなかった。練も兼ねて自傷行為は最終手段とされその使い所は自分に任されているが「最終手段だからな」とリヴァイにきつく念押しされている。
しかし、どうしてそこまでの規制をするのかがルピには分からなかった。そりゃ傷を付けるのに痛みは伴うけれども、優先すべきところはそこでは無い事は自分でも理解出来るのに。
「考えている暇はねぇ…移動するぞ。奴らは奴らなりに考える。それなりに経験を積んで来てるんだからな」
そのリヴァイの言葉に誰もが納得の表情を浮かべた。エルヴィンは何か考え込むように黙ったままだったが、
「…いや、リヴァイ。可能だ」
ようやくその顔を上げて、そう一言。自信ありげに言い放った。