「――あとはハンジ班だけか。アイツどこまで行きやがった全く手間のかかる…」
愚痴ぐちと独り言のように呟きが上から聞こえる。きっとそれは己に話しかけているのだろうが、ルピは何も理解出来ずにいた。
「…アイツこの状況を見たら、絶対変われと言うだろうな」
面倒臭ぇ。それは聞こえた。声のトーンからしてきっと彼は今不機嫌なんだと思う。それは今の状況からか、…これからハンジ班の元に向かうからかは話の内容を掴みきれていない自分には分からない。
「ったくエルヴィンの奴…無茶苦茶な発想しやがって、」
そう、今、リヴァイは獣と化したルピに乗って移動中。それがエルヴィンの出した最善策だった。
まったくもって一石二鳥。最強のリヴァイが一人で馬に乗って行くよりも、巨人の足音も団員の声なども拾えるルピにその最強の男が乗って行けば何の問題もないだなんて、提案したエルヴィンの顔に何の悪気も無かったものだからリヴァイはそれに反論すら出来なかった。
確かに真っ当な意見である事は理解している。その獣が丈夫で人が乗れるくらい大きい事だって分かっている。…だが、まさかルピに自分が乗るだなんて思いもよらない。嫌では無い。そういう事ではない。何だろう。自分の部下であるそれにましてや一応女であるそれに乗るという行為に躊躇ったのか、はたまたただのプライドか。
…しかし、いざ乗ってみると乗り心地は馬より良いし何より速いし機転は利くし巨人を気にしなくていいしと、文句の付け処が無かった。これはかなり便利だなんて、…けれども本人に聞こえないにしてもリヴァイがそれを口に出すことはなく、ただただ見当たらないハンジ班に苛々を募らせるだけであった。
「――いや〜しかしまいったねぇ」
…その頃。ハンジ班の面々は何とか全員生きてはいるが、途方に暮れていた。
「ドキドキするなぁ!こんな状況"あの日"以来じゃないか?」
…否。暮れているのはモブリットやニファ達だけで、相変わらずハンジはこんな状況でも楽しんでいる。いつ巨人がくるかなとそんなところに滾られても困るのだが、それを止める気力はもう彼らには無い。最早味方のそれも敵のようだなんて、この人一度巨人に喰われたら目が覚めるかもしれないなんて、いやしかし逆にまた滾ってしまうかもなんてどうでもいい事を考えていた、
――その時
「…ん?何か来る、」
「っ巨人ですか!?」
「…いや、違う。これは、」
「――おいハンジ!テメェ何こんな所で呑気にくつろいでやがる!さっさと移動しろクソが!!」
「「っ兵長!!」」
モブリット達はその姿を神々しい目で見ていたが、当のハンジは何も言わなかった。…否、言葉を失ったのだ。リヴァイとその下のルピを交互に指をさしてあんぐりとその口を開けていて、そして、
「んなーーー!!!ずるい!!!リヴァイずるい!!!」
今すぐそこから降りて変われと案の定滾りだすハンジ。そこか、ツッコむとこそこかとモブリット達は最早呆れを通り越して蔑んだ目でそれを流し、そうしてまじまじとその姿―リヴァイがそれに乗る姿を眺める。馬よりも獣に乗る兵長はかなり様になるだなんて…やはり死んでも口に出しては言わないけれど。
「西にある森に向かう。何事もなければ全員もうそこにいる筈だ」
「兵長が、伝達役を…?」
「…あぁ。まぁ、エルヴィンの命だがな」
「くそー!!リヴァイに先を越されるなんて…!!私が一番に乗ろうと考えていたのに…!!」
「ガキか」とリヴァイは溜息をつきながら、その場所をハンジと変わってやった。嬉しそうにそれに跨って…いや、思い切り寝そべり抱きついて「最高だ」と繰り返すハンジに最早かける言葉は見つからない。
「…とにかく、行くぞ。巨人が集まってくる前に」
「ルピ!!出発進行!!皆遅れるな〜しっかりついてこいよ!!」
…コイツ今度からルピに乗って壁外に行くと言い出さないだろうか。リヴァイはそんな事を心配しながら、駈け出したそれの後に続いた。
===
「――御苦労だったな、リヴァイ、ルピ、」
「全員揃っているのか」
「あぁ、何とか。怪我人は出ているが死人は出ていない」
ルピのお陰だ。エルヴィンに一つ頭を撫ぜられ、ようやくルピは人間に戻った。
「ルピ。身体は、」
「平気です。問題無いと思います」
霧は相変わらず晴れていないが、小雨が降り出していた。このまま晴れなければ壁内に戻るとエルヴィンは言う。それにはまたルピの力が必要な為、今のうちにしっかり休んでおいてくれとルピは差し出された水を口に含んだ。
「ルピ、本当にキミには感謝しているよ」
エルヴィンは笑っていた。周りを見渡しても、自分に向けられるそれは笑顔ばかりだった。壁外で彼らのそれを見るのは初めてかもしれない。…皆の恐怖の対象でしかなかったそれが今、彼らに受け入れられた事が目に見えて分かるように。
「ルピ〜帰ったらまた乗せて、」
「貴様ここから突き落としてやろうか」
だからこの時、ルピはとても満足していた。この耳も、この身体も、自分にあるべくして備わった力なのだと心から思えたから。