…あの遠征から、五日後。
「ルピ、身体に問題はないかい?」
「はい」
「そうか」と言ってエルヴィンは微笑む。やはり遠征後、ルピは疲れ切って丸二日眠ってしまっていた。優良な能力の代償とでも言うべきだろうか。それによって遠征の後片付けや弔いが出来ない事だけが悔やまれるが、使いこなせるようになるまでの辛抱だとルピは言い聞かせている。
「揃ったね、じゃあ早速途中経過を報告するよ!」
団長室にリヴァイと共に呼び出されたのだが、そこにはハンジと大量の書類を持たされているモブリットもいた。途中経過とは何ぞやと思ったが、…このメンバーが集まるという事はイコールそれに関連した事でしかないだろう。
「ただし、今から話す事はあくまで私達が出した"推測"にしかすぎない事をご了承頂きたい」
「…だから途中経過、ってワケか?」
「ご名答!」
そんな事を自信満々に言うなとリヴァイが低い声で言ったが、ハンジはそれを無視して話し始めた。
「まず、我々はルピの中に二つの遺伝子があると考えている」
それは、言わずもがなヒトと獣の遺伝子。細胞の中…あるいは血液中にも何か変身に必要な要素が混ざっていて、普段はヒトの細胞と血液が活動しているが、ある条件によってそれらが入れ替わりその姿を現す事が出来るのではないかとハンジは言った。
「…その条件とは?」
「細胞を高揚化させることだ」
「高揚?」
「全身が熱くなる感覚、血液が全身に廻る感覚。そして細胞が新しく生まれ変わるように動き出す感覚。…ルピはそれを感じると言っていたね」
「はい」
血液の入れ替えが活発に行われる、イコールそれは細胞が活発に動き出すという事だ。それによって眠っていたもう一つの遺伝子が目覚め、どういう仕組みかはハッキリしないが使用する細胞を切り替えるのではないかとハンジは言う。
「その説が有力なのは、ルピが自傷行為によってそれを成し遂げるからだ」
傷を付けることによって血液の循環を早め、何かしらの信号を細胞内に送っている。今は無理矢理刺激を与える事でそれを呼び覚ましているのだろうと。
「…昔はそれにすんなりとなっていたと言っていたが?」
「それは…その行為を繰り返していて身体がその感覚を覚えていたからだろう。細胞の切り替えが容易だったんだ、恐らく」
「つまりその力を使わなくなったから、今苦労していると」
彼らに変身するのを禁ぜられてからどれほどの時が経っているのかはいまだ分からないが、それでもあの場所に住み出してから、そして自分の記憶が確実にある期間を思えば少なくとも十年以上はなっていないと推測出来る。その間にその細胞…いや遺伝子自体が身体の奥底に眠ってしまったのだ。長い、長い眠りに。
「…それを呼び覚ますきっかけが、あの時の大怪我か」
「あぁ。…それできっと、覚醒したんだ」
よって、それを再稼働させ、またその感覚を戻すのには時間が多少かかっても仕方がない話だとハンジは言う。長年眠っていたそれを無理矢理目覚めさせたのだから、リハビリが必要なのだと。
「ただ、それを調べるうちにまた気になることが増えてね」
「なんだ」
「それに成れるとも今迄知らなかった、いや、思い出せなかったのは、……こんな事いいたくないけど」
記憶を改善させられたのかもしれない。ハンジは小さく、そう言った。
「……、」
「…それほど、この姿を他人に見せたくなかったのだろう」
それは、愛情だろうか。人々に恐れられない為の、ただの愛情だろうか。…記憶を改善せざるを得ないほどの、何か重大な事があったのではないだろうか。
――あなたはこの世界で、生きていなければならない
…それは"あのヒト"の姿が見れなくなった事と、関係あるのではないだろうか。
「とにかくっ、分かってる…というか私の推論はここまで」
「ルピ、要するにお前は…日々その訓練に励んでいればいいということだ」
「そうだね。慣れが必要だ。頑張れとしか言えないけど私は言うよルピ、頑張れ!!」
「…はい、頑張ります」
そうしてルピがハンジ、リヴァイの後に続き部屋を出て行こうとした時、
「……ルピ。あれから何か他に思い出した事はないか?」
エルヴィンに、そう問われた。
「?…いえ、何も」
それにエルヴィンは「そうか」と返しただけだったが、…しかしその時の彼の声は最初のものと明らかに違った気がした。何か思いだしたらすぐに言えと、…それは団長である彼の言葉として相応しい筈なのに。
――お前の過去には重大な"秘密"があると考えているようだ
「…、エルヴィンさん」
「?なんだい」
「……、いえ、失礼します」
彼は何か隠している。ルピは直感的に、そう思った。