13




850年――




「来たぞ、調査兵団の主力部隊だ――!!」


第56回壁外調査の日、早朝。かかる歓声に囲まれながら、トロスト区壁門へと向かう調査兵団一行。

「リヴァイ兵士長!」と声があがる度に「うるせぇな」と彼はいつも嫌そうな顔をするが、この何年かで築き上げてきたその実力が相当な人気を集わせているのだとルピはそれを聞く毎にいつも思わされていた。その横でハンジが「リヴァイの潔癖すぎる性格を知れば幻滅するだろうね」なんて呟いたのにクスリと笑いながら、馬を進める。


…変わらない。この日もいつもとなんら変わらない時が流れていた。




「――ルピさん!」


そんな時。彼やエルヴィンにかかる声が多いその中で、ふっと呼ばれた己の名。その声に聞き覚えがあったルピがその方を振り返るとそこには、


「…エレンっ」


彼だけでなく、アルミンやミカサの姿も捉える。ルピはリヴァイに許可を貰うと列を抜けて彼らの元へと馬を寄せた。

こんな早朝にどうしてここにいるのだろうかと問えば、今日はこの場でトロスト区襲撃想定訓練があるらしい。準備をしていたら調査兵団の凱旋の鐘の音が鳴り、急いで駆けつけてきたそうだ。

自分もそれをやったな、なんて思い出しては、彼らがもう訓練兵を卒業して配属兵科を決めるところまで来ているんだと思わされる。
…こうして会うのは何ヵ月ぶりだろうか。ちょっと見ない間に逞しくなったんじゃないかと言えばエレンもアルミンも相当喜んでいたが、ミカサは顔色一つ変わらない。それでも彼ら自身は何も変わっていない事が、こうして自分を慕っていてくれた事がルピは嬉しくて。


「ルピさん!巨人を駆逐してきて下さいね!!」


彼と壁外へ出る日もそう遠くない事を思えば、「エレン達も訓練頑張って下さいね」とルピは笑顔で返していた。
…今日もまた壁外へ出てシガンシナ区へ一歩近づき、そしていつも通りここへ帰ってくるんだと。


「はい!!頑張ります!!」


…この時。ルピはそう、信じてやまなかった。




 ===




今回も天候に恵まれ何事も無く第一拠点に辿り着いた調査兵団は、それぞれがいつも通りの任を遂行していた。


「――リヴァイ!あそこ!!」


ルピの復帰遠征。あれから三ヶ月。その内容はいつの時も最善策を、ルピの力の効率のよい使い方を求め常に進化している。


「うわぁぁぁ――!!」


荷馬車班の周りを徘徊していたハンジとリヴァイの目に飛び込んできたのは、ガス切れにより屋根の上に登れなくなった一人の兵の姿。周りには巨人。…最低最悪のシチュエーションだ。


「私が、」

「…いや、問題無い。もう来ている」


そうリヴァイが言って刹那"それ"はハンジの頭を通り越し、その兵が巨人に掴まれる寸前でそれを咥え少し離れた屋根へと舞い上がる。…一瞬の出来事。ハンジは感激の口笛を一つ吹くと、討伐数確保と言って巨人に向かって突っ込んで行った。


「大丈夫ですか。とりあえず私のガスを使って下さい」

「でも、」

「私なら大丈夫です。後で補給してもらいますから」


そう言って彼女はまた"それ"になってすぐにその場から消えて行く。

…一体誰が想像していただろう。人間と巨人だけの戦場だと思っていた世界に、一匹の獣がまるで救世主のように現れる事を。


「――しっかしまぁ〜〜器用に変身するようになったねえ」


巨人を倒し終えリヴァイの元へ帰ってきたハンジがそう歓声を上げる。…そう、あれからルピはようやく自然とそれを―"ルヴ"への変身を成し遂げられるようになっていた。それもほんの二ヵ月前の話。彼女のその力が存分に発揮されるようになったのも、第55回の壁外調査からだった。
ルピが"ルヴ"になっていればガスも必要ない為、ルピはその前回の壁外調査から街中を徘徊する形で荷馬車班及び他班のサポート役をこなしている。誰もがそれに感心し、その力に大いに頼っている事は言わずがなであろう。


「リヴァイとルピの子が産まれたらもう最強じゃん!!」

「…あ?テメェ今何て言いやがった」


それに感心しているのはリヴァイとて同じだった。日ごろの訓練から鍛え上げている為かルピが"ルヴ"になって駆け回っても以前のように疲れ果てる事も無くなってきていて、加えて巨人にも目を付けられないそれはもう非の打ち所が無い、己よりも最強な力と化している。悔やまれるのはその力を公に出来ない事と、…この突拍子もない滾り方をハンジにさせる事くらいだろう。


「リヴァイ…これは義務だと思うよ、全人類の為!!」

「テメェは実験がしたいだけだろーが。…だいたいアイツいくつだと思ってんだ貴様」


いくらルピが最強になって調査兵団の功績が格段に上がり、加えて危険遭遇率が下がっているとは言えこの壁外においてそんな呑気な世間話。…しかしそれにムキになる自分も自分だなんて、リヴァイはあからさまに大きな溜息を吐く。


「…え?いくつだと思っているの?」

「十六だろ?」

「…………ふうん。そうかそうか…」

「……おい、待て、」

「さて、仕事仕事…」


…こんなに"穏やかな調査"が、最後になる事を知らずに。



back