…それからもルピは、街中を駆け回っていた。
「――ルピ!!怪我人を頼む!!」
"ルヴ"の力を確立させてから、自分はいろんな役回りをするようになっている。討伐は勿論、怪我人を運ぶ事、ガスや刃補給のサポート、伝達係…などなど、数え切れない。
それでも、一気に大変になった壁外調査でも、ルピはとてもそれに遣り甲斐や生き甲斐を感じていた。
「すまねぇ、ルピ…」
訓練兵を卒業してからの二年間、いろいろな事があった。いろいろな事を知った。壁外調査の恐ろしさ、皆の希望を背負う重みや責任、仲間を失う事の辛さ、人間が何も牙を向けるのが巨人だけではない事、…そして、己自身の事。
それでも、全ての事に意味があるのだと感じている。自分がこの力を手にしているのも、こうして壁外において役に立つ事も。物事には全て始まりがあって、理由がある。それを知らなくとも、今を生きる事が―未来を見据えて行く事が大切なんだって教え続けてくれる場所が自分にはあるのだから。
「増援部隊が来るので、ここで待っていて下さい」
だから、ずっとこうして、この力をこの壁外調査で、調査兵団の為…否、人類の為に捧げ続ける事に全力を尽くすつもりでいた。
…そう、ずっと。
「ルピ!増援連れてきたよ!!」
「お願いします。私はまた、」
だってもうこれ以上変わるものなんて、
ドォン_
「――っ?」
…小さく、微かに。耳に届いたのは何かが崩れるようなそんな音。
「?…ルピ?」
ニファはそれにではなく、自分の声が止まった事、そうして自分が他方を向いている事を不審に思っているようだった。
…気のせいなのだろうか。この街でなく、どこか近くの街の建物が巨人によって崩されただけかもしれないと、
「どうかした?何か、」
「…、いえ、何も」
その時はそこまで気にもとめず、ルピはニファにそう返すと任に戻る為その場を去った。
――しかし、
ズシン、ズシン…
「…………、」
…おかしい。何かがおかしい。それが聞こえてから、巨人の足音が一定方向ばかり向いて進んでいる気がして止まなかった。
今迄そんな事など無かった。確かに巨人は未知数だけれど、全部が全部同じ方向を向いて歩くなんておかしい。
…何があったのだろう。あれは、何かの合図だったのだろうか。巨人に向けて、何の、巨人にとって都合のいい合図とは、
「――ルピ!!」
「っ!」
その時だった。自分を呼びとめたその声はミケのもの。
「っ、ミケさん」
「ルピ、何かおかしいと思わないか」
「…、ミケさんも、そう思いますか」
ミケは鼻が利く。ルピの耳が活躍するまでは彼の鼻がその役割を担っていた。今でも彼の鼻は役に立っているが、…ルピのおかげでその活躍の場が減っているというのはここだけの話に留めておく事にする。
「あぁ、一斉に北上し始めた気がするんだが、」
「……」
北上。確かにそうだ。巨人達は一斉に北に向かって歩き始めている。…北には何がある。巨人達は人間が集うところに寄ってくる習性があった筈だ。今この場にいる調査兵団に目もくれないで一目散に向かう北には何が、
「…嫌な予感しかしないな」
「?」
「……五年前と状況が酷似している」
――まさか、
「……、ミケさん、大変です――」
===
「――リヴァイ!退却だ」
馬に乗ってリヴァイの元へやってきたエルヴィンのその第一声。リヴァイは顔をしかめてそれを見た。
「退却だと…?」
聞き間違いでもなんでも無い。エルヴィンはいつになく至極真剣な顔をしている。
己が知る限りでは調査は順調だった筈だった。何も大きな惨事が起こる事も無く…それにまだ第一拠点までしか進んでいないのに、何故退却する必要があるのか意味が分からない。
何か正当な理由があるなら言えと、強気な発言だったように思う。…まさかそんな言葉が次に彼の口から出るなんて、リヴァイは頭の片隅にも置いていなかった。
――壁が、破壊されたかもしれない、と
「「…っ!?」」
その場にいた誰もが絶句した。…壁。破壊。それが意味する事など聞かなくとも分かっているが、でも、どうして、
「ルピが微かに何かが崩れる音を聞いたようだ。それから巨人が北に一斉に北上し始めた」
「…、」
「ミケも同じ事を言っている。…間違いないだろう」
歯車が、一気に狂いだす――