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「――巨人の足音が一ヶ所に留まっている感じがします」


絶好の天候、嘆かれた早々の帰還の中、全速力で馬を飛ばす。途中何度か巨人に遭遇したが、真っ直ぐ前を見据えて歩くそれらが自分達を振り返る前に傍を通り過ぎてやり過ごした。

…目指す場所は、不覚にも同じ。


「あぁ…匂いが濃い場所があるな。…駐屯兵団が何か策を練ったのかもしれない」


――五年前と、同じ


誰もがそう口を揃えてその顔に絶望を浮かべた幾分か前。リヴァイの焦燥の表情を見たのはその時が初めてで、自分一人だけが平然を保っていた。
…そう、自分はその惨劇を知らない。その時の状況も、人々を襲った絶念も、その場にいたのに何も知らない人間だ。

だから破られたそこがトロスト区最南端だと思ってすぐに浮かんだ最悪な状況は、きっと自分一人だけ異なっていたように思える。運悪くこの日その場所で、エレン達が模擬訓練を行っている筈なのだ。彼らはその壁のすぐ側にいたに違いなく、それに巻き込まれている可能性が高い。
今朝方会った三人の顔が浮かんでは消える。…無事だろうか。突然訪れた史上最悪の事態にここにいる熟練兵士でさえ顔色が優れないのに、彼ら―訓練兵達がその状況に順応出来るとは考えにくい。巨人を駆逐すると意気込んでいた彼には念願かもしれないけれど…無茶をしていなければいいのだがと願うばかりで、


「――見ろ…!やはり壁が…!!」


そうして見えてきたそれは遠くからでもハッキリと分かる程。壁の下側に出来た穴はまるで黒い痣のよう。それを認識した途端にその場にあった空気は一層重くなっていた。


「……、あの場所って、門があった場所ですよね?」


五十メートル級の超大型巨人が現れ壁を破壊し、マリアの壁を破ったのは鎧を纏った巨人だと聞かされたが最後。調査兵団に入ってからも当時の詳しい状況を聞かされる事は無かったし、聞こうともしなかった。巨人の生態だって兵法に載っているものくらいで、ハンジからも巨人には知能が無いと聞かされている。
…なのにぽっかりと無残にも開けられたそこは、今朝方自分達が出て行った場所―壁門だ。他のどの壁よりも容易に破壊し得る唯一の場所だと自分でもすぐに理解出来る。

…それは、ただの偶然だろうか。


「お前は知らねぇだろうが……五年前もそうだった」

「!」


否、偶然なんかではない。それは故意的にその壁を破壊したのだ。
何故、一体何の為に。人間を捕食する為?ただ、それだけの為に?…分からない。巨人が壁を壊してまでこの人類を追い込もうとする理由など、そんな事今迄考えた事が無かった。今後またそういった事が起こるという想定などする以前に自分の中に存在しなくて、壁の外よりも壁の内がどうなるのかなんてそんな事、自分には考える意味もないと思うまでもなくて。

…ドクリ、ドクリ。胸騒ぎが止まらない。


「――ミケ班は壁外で一時待機!壁内に侵入する巨人をここで食い止めろ!」


開いた穴が眼前に迫り、中の様子が垣間見える中エルヴィンが声を上げた。近づくにつれ大きくなる騒音、焼け焦げるような臭いが耳と鼻を刺激し続ける。


「俺たちはこのまま直進する。ローゼ壁門まで突っ走れ」


もしもローゼの壁まで壊されていたならば人類は終わりだと誰かが言っていたが、巨人達の足音は先ほどから一定の場所―壁の端の方に留まり続けている事が分かっていた為、ルピの中にその懸念は存在していなかったが、


「……リヴァイさん、」

「なんだ」

「先ほどから何かがこちら側に…穴に向かって歩いています。…他の足音と、少し違うものが」

「…?どういうことだ、ルピ」

「…わかりません。でも、」


ドォオオオォンッッ_!!


「「!?!?」」


いざその穴に差し掛かろうとした、その時だった。大きな音と共に穴の向こう側にあった筈の景色が瞬時に黒に変わる。
何が起こったのか一瞬分からなかったが、


「っ、穴が、」

「…穴を塞いだ、だと…?」


土煙が鼻を掠める。そこに生まれた新たな壁その暗闇に目を凝らせばそれは巨大な岩のようだったが、…しかし、一体"誰が"これを。こんな巨大な岩を運ぶ術を、巨人の巣窟となったこの場でどうやって、


パシュッ_


刹那、青い空に上がった黄色の煙弾。変わらず壁の向こうで鳴り続ける、数個の足音。…この壁の向こうで、一体。一体何が行われているのだろう。


「…壁を登るぞ」


リヴァイの声の後、アンカーを上に飛ばす。
城壁から見える景色に目が行ったのは一瞬。真下から立ちこめる異様な蒸気の中に数人いるのを確認して刹那、リヴァイと共にすぐに降下しそこにいた巨人を削ぐ事に今は精を注いだ。


「…、!」


そうして振り返れば、そこにいたのは、


「…オイ…ガキ共」


ミカサにアルミン、そして、


「これは…どういう状況だ?」


…ぐったりとした、エレンだった。



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