02




トロスト区南門破壊。再び人類を絶望の淵に追いやったその惨劇は壁内全域に瞬く間に広まった。

一時的にはトロスト区全域を巨人に占拠されるも、決死の奪還作戦が功を成し人類が初めて巨人の侵攻を阻止した快挙はこの壁内の歴史にも深く刻まれる事となるだろう。
…しかし、その一部始終を知らない調査兵団及び壁内中央―シーナの住民に告げられたその真実は、誰もが想像だにしていなかった結末を迎える。


――"巨人"が、穴を塞いだ


一体誰がその事実をすんなりと飲み込む事が出来ただろう。人類の敵でしかないそれが人類の為に善意を働いただなんて、その場で言う冗談にしてはシリアス過ぎて。加えてその巨人がこの壁内から誕生し、その正体がたった15歳の少年で、

――自分が良く知る人物だったなんて


しかし、その時の詳しい状況説明は調査兵団の上層部―エルヴィンやリヴァイ達に知らされているだけで、ルピはまだ三分の一も聞かされていない。
…壁を塞ぎ巨人の侵攻を防いだという快挙に歓喜するには、失った人々の数が多すぎたから。


「――ルピさん!」


トロスト区内に閉じ込めた巨人の掃討戦には丸一日が費やされ、壁の端に群がっていた巨人の殆どは壁上に固定された砲の榴弾によって死滅。その際巨人二体の生け捕りに成功。僅かに残った巨人も調査兵団によって掃討され、ルピもそれに加わっていた。


「…っジャン、無事だったんですね」


それからまた既に二日の時が経過しているが、しかし快挙の裏に存在した悲劇の処理は終わりを見せていない。
街中に散らばるは勇敢に戦った兵士の死体。どれも無残に身体の一部、または大体部を失っており、空気に晒されたその部分から放たれる異臭に虫が群がり始めていて徐々に腐食も始まっていた。見るに耐えないそれを放って置くわけにもいかず、動ける兵達は黙々とその遺体回収を行っている。伝染病が蔓延する恐れがあり、その二次災害は何としても防がねばならないから。

…だから、そう。仲間の死を嘆く時間は、今も存在しない。


「…はい、何とか、」


その場にいる兵士―特に104期訓練兵達の顔色はこの上なく悪く、誰もが生気を失いかけながら作業にとりかかっているのをルピは見ていた。
今し方会ったジャンもそうだ。彼は確か憲兵志望だった筈で、成績が優良だったならば既に内地入りが決定していたかもしれない。…その直前の、この事態。こういった時、やはりどういった声かけをしたらいいのかがルピはいまだ分からない。


「…でも、」

「?」

「……マルコは、死にました」


ジャケットには各兵の名前など記載されていない。それが誰か判断する為の第一の材料は"顔"。しかし先ほども言った通り大半が大体部を失っている事が多く、また消化器官を持たない巨人が腹が一杯になって吐きだされた跡に残るそれらが原型を留めている事もまず無いに等しい。
ジャンが見つけた彼は、身体が半分無かったそうだ。彼に限ってそんな事、誰か彼の最期を見てはいないかと放心状態となったジャンに傍にいた兵士が「名前だけでも分かってよかった」と言ったそうだが、…それにジャンは返す言葉が見つからなかった。


「…、俺、作戦時…仲間の死を利用しました」

「……、」

「俺は…そうして生きてる。…目の前で喰われた仲間も、たくさん、いたのに」

「…、ジャン、」

「……マルコは、一体どんな最期を、」

「ジャン」

「、」


自分を責め始める傾向を見せたジャンを、ルピは名を呼んで正気に戻す。
誰もが自分の行いに後悔する。仲間を無残に殺されて喜怒哀楽を曝け出す。いつかハンジが自分に教えてくれた事を思い出していた。それが普通で、当たり前の感情だと。…しかし、


「今を、見失わないで下さい」

「…、」

「マルコの事、仲間の事は残念です。…でも、ジャンがする事は彼らの死を嘆く事じゃないと思います」

「……どういう、」

「彼らの死を無駄にしない。彼らの意志を継ぐ。…それはジャンにしか、出来ない事なんじゃないですか」

「、っ」


彼の目の奥が、揺れた。

それを乗り越えて自分達は強くなるのだと先輩が教えてくれた事を、今度は自分が後輩へと繋ぐ。…リヴァイやハンジ達が強い理由。それは、上に立つ者として持つべき威厳の在り方を知っているからこそな気がした。
自分がしっかりしなければ、示しが付かない。彼らが迷わないように、その背負った重みを、捧げる心臓を、まずは自分達が導いてやらなければならない。


「…そう、ですね」


ありがとうございます。そう言って作業に戻って行くジャンの背中を見送りながら、ルピは一つ息をついた。
後輩を持てば感覚が変わると、キースの言っていた事がようやく分かる。自分はもう立派な調査兵団の兵士なのだと、上に立つ者となる自覚が芽生えたのはこの時だったように思う。

…ただ、そうは言っても、彼らが負った傷は計り知れない事は分かっていた。それは何も仲間の死だけではない。


「……、」


…その仲間の一人が巨人化したという事実。それをルピもまだ、受け入れきれていないのだから。



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