03




コツ、コツ、コツ_


足音がよく響くそこは、場所は違えど作りは同じで昔は随分"お世話になった"なんて、その時の記憶を思い起こしながら地上からどんどん離れて行く。…それでもこの空間に自らの意思で足を踏み入れるのはこれが初めてな気がして、そしてどこか気持ちは複雑なままで。


「いい?ルピ、何度も言われていると思うけど他言は無用だよ」

「…、はい」


トロスト区の壁を塞ぎ一躍人類の救世主となった巨人化した少年は今、隔たれた空間で鎖に繋がれている。何故、なんて愚問。人類の存亡を脅かしてきたそれが今壁内にいるという事実を一体誰が称賛しようか。
そうして彼の身柄は憲兵団の保有となったが、調査兵団はそれを奪うつもりでいた。我々の命運を左右するのはやはり巨人で、そして彼がこの絶望から人類を救いだす鍵となる。ウォールマリア奪還にはルピの力だけでなく、彼の巨人化の能力が必要だとエルヴィンが言っていたのを思い出しながら、

…ルピはあの朝見たその顔に、四日ぶりに出会っていた。


「――ルピさん…!」


身を乗り出した彼の手にある黒い塊がジャラリと音を立てる。檻越しにその光景を見れば、重なるは過去の自分の影。
…あの頃の自分は、こうして"逆の立場"になる事など想像だにしていなかっただろうに。


「…、エレン、」







Beherrscher







巨人化した少年、第104期訓練兵エレン・イェーガー。調査兵団トップであるエルヴィン、そしてリヴァイにでさえ彼に接触する許可が降りたのはその事件から三日後の事で、一般兵である自分にその権限が降りたのは自分が彼と知り合いであるという特別な理由と、エルヴィンの好意によるもの。
しかし先ほどハンジにも言われた通り、その件に関して何も言うなとエルヴィンに口止めされている。彼を庇うような、彼を元気づけるような言動は一切無用。憲兵の領地でその発言は自身が目を付けられ兼ねないからだ。


「ルピさん、俺…」

「…っ、」


物珍しそうに自分に向けられていた見張りの憲兵二人の目が言を発したエレンに向いた瞬間、忘れていた感覚がまたブワリと蘇るように細胞に伝わった。…それは昔、自分によく向けられていたものと同じ目。

――忌諱の、目


「ごめんねエレン、待たせてしまって」

「…!」

「でもやっとここから出られそうなんだ」


巨人の力を恐れる憲兵団と、それを利用しようとする調査兵団。その二団の背後にはこの後すぐに開かれる異例の兵法会議が待ち構えていて、…彼の命運の全てはそこで決まる事となっている。
ただしルピはその場所にはいられない。そこには各兵団の幹部の者、そして、あの現場にいた者達が集うのみ。リヴァイはそれを憲兵が大勢いるからだと言っていたが、ルピはエルヴィンのその意向にすんなりと従っていた。


「――私は調査兵団で分隊長をやっているハンジ・ゾエ」


そうして重い鎖を外され今度は手錠をかけられたエレンと共に、審議所へと向かう。見張りの憲兵が後ろにピタリとくっついてくる中でも、ハンジはいつもと変わらない感じで話し続けていた。


「そっちの彼は、」

「…(スンスン)、」

「あ…あの…」

「…、彼も同じ、分隊長のミケ・ザカリアス」


ミケはと言うと、エレンと共に歩き始めた時からエレンの隣でずっと彼の匂いを嗅いでいた。ハンジが初対面の人の匂いを嗅いでは鼻で笑うクセがあると言っているが、…自分はそんな事された記憶が一切ない。知らないうちにされたのだろうかと、しかし今聞くのはどこか場違いだろうから後で聞いてみようかとルピは一人思い黙っていた。


「まぁこんなのでも分隊長を務めるほどの実力者ではあるんだ」


ハンジは今ミケをかなり変人扱いしているようだが、ルピにとってはハンジも結構…いや、一番変人なのではないかと最近思い始めている節がある。
…が、やはりこの場では言わない。今はいつものように兵団にある空気ではない事くらい分かっている。後ろ二人の憲兵の突き刺さるような視線は、今も消えていなかった。

憲兵団についてルピはあまり認識していないが、リヴァイやペトラが言っていた話からあまりいいイメージは持っていない。壁の一番内側にいるそれらは壁の外へ出る自分達と違って巨人の本当の恐ろしさを知らないからエレンに畏怖を抱く事は分からないでもないが、それでもルピは顔にこそ出さないがそれにかなり嫌悪感を抱いていた。


「っあ、ごめん…無駄話しすぎた」

「!」

「もう着いちゃったけど…大丈夫!」


ガチャリ。命運を左右する扉が開かれる。


「むしろ説明なんか無い方がいい。エレンが思っていることをそのまま言えばいいよ。勝手だけど私達は…君を盲信するしかないんだ」


ハンジの言葉の意味が理解出来ないのか、エレンは最後にチラリと自分の方へと顔を向けてきた。


「ルピさん、」


ルピはやはり最後までその口を開かなかった。…代わりに、この場に相応しくないであろう笑顔を向けてそれを見送る。


バタン_


…私は"彼ら"とは違う。そう、言うように。



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