「――エレン…!?」
調査兵団兵舎の一室でそれらの帰りを待っていたルピは入ってきたエレンを見て声を詰まらせた。
ハンジに濡れタオルを持ってきてくれるかと言われて直ぐにそれを取りに行くが、
「っ、イテテ!」
「大丈夫ですか?一体何が、」
審議所は話し合いをする場所だとばかり思っていたのに、まさかキレイな顔をしていた筈のエレンのそれがまるで"輩"にでも殴られたかのようにボコボコになって帰ってくるなんて思いもよらない。
「すまなかった…」
「エルヴィンさん、」
部屋にはミケ、ハンジ、そしてリヴァイの姿。リヴァイは壁に凭れてソファに座っているエレンをじっと見て…いや睨んでいる。
「しかし君の偽りのない本心を総統や有力者に伝える事が出来た」
「はい…」
「効果的なタイミングで用意していたカードを切れたのも、その痛みの甲斐あってのものだ」
「…、」
「君に敬意を」
エレン、これからもよろしくな。そう言って手を差し出すエルヴィン。その時のエルヴィンの顔はとても穏やかで、そうして交わされた硬い握手からエレンが調査兵団に託されたという事は解ったのだが。
「なぁエレン」
「はっ、はい…!」
その後で、ドスッとソファに腰掛けてエレンに寄ったリヴァイ。エレンはかなりリヴァイに恐縮しているようでエルヴィンの時とは打って変わってビクビクしている。…一体彼らの間に何があったのだろうかと思いつつも、ルピは傷の手当てを続けていた。
「俺を憎んでいるか?」
「い…いえ、必要な演出として理解しています」
「ならよかった」
「ルピがいない分、凄かったと思うよ」
「「…?」」
「ルピにはあんな場面見せられないよねぇ〜リヴァイ?」
「…あ?」
まぁリヴァイの粗暴さも調査兵団の意向もしっかりと皆の目に焼き付けられたからよしとするか。とハンジは独りごとのように話し続ける。いまだ理解出来ていないルピの為に、エルヴィンがその時の事を詳しく説明してくれた。
「エレンを調査兵団の管理下に置くには、…我々と憲兵との実力の差を見せつける必要があったからな」
憲兵団の案は、エレンを徹底的に調べた後で速やかに処分するというものだった。中央で実権を握る有力者はエレンを脅威の対象として見ているが、ローゼ内の民衆及び商会関係者はエレンを英雄視しており、双方の食い違いから内乱が生じかねない状況となっている。確かにエレンの巨人の力が成した功績は事実だが、その存在が実害を招いたのも事実。政治的な存在となりすぎた彼から出来る限りの情報を得、人類の英霊となってもらおうというのが憲兵団の意向だった。
「リヴァイの実力を知らない者は兵団にも有権者の中にもいない。もしもエレンが不意に巨人化したとしてもリヴァイなら迅速に対応出来るが、…憲兵ではそうもいかないだろう」
「現にあの場でも皆かなりビクついてたしね」
それを見せつける為の、演出。暴挙を図り、彼らに"その恐怖"を、調査兵団の"威厳"を植え付けるもの。その結果がこのエレンのボコボコ具合。…あぁなるほど、とはこれっぽっちも思えなかったが、巨人の力には不確定な要素が多々あり常に危険が伴うけれど、彼が調査兵団の管理下に置かれた暁にはリヴァイが常に監視を行うという条件を加えて指示しめせば、それに誰も異論を唱える事は無かった。
「っしかし、限度はあるでしょ…歯が折れちゃったんだよ?」
ほら。と言ってハンジが布の中に包んでいたそれを見せる。一本の白い歯。…歯が折れるほどのリヴァイから受けた暴行とやらはさぞかし凄かったのだろうが、「解剖されるよりはマシだと思うが」なんて言うリヴァイのそれにも納得出来るのでルピはあえて何も言わなかった。
「エレン、口の中見せてよ」
そうしてそれをハンジもといルピも覗きこもうとするのを、リヴァイはただ隣で見ていた。
「元の場所に嵌めれますかね」なんてぶっ飛んだ発言はさておいて。先ほどから―否、あの事件の時からルピはずっと彼の事を気にしていて、そうしてそれの隣に今も居続ける。
「……歯が生えてる」
「「!」」
それにはエルヴィンもミケも反応したが、それ以上に"人に対して"興味深そうにしている彼女を見るのはこれが初めてな気がした。
「…歯って、そんなに早く生えてくるものですか?」
「そんなに早く生えてくるものではないね、確実に」
…だからかもしれない。
「……、」
リヴァイは妙にそれが、気に食わなかった。