「――揃ったね」
団長室。エルヴィンの座る席の後方、壁に持たれるリヴァイの隣。ルピの目の前に並ぶは、四人の兵士。
「早々だが、話を進めるとしよう」
エレンは調査兵団の"管轄"となったものの、そう簡単に政府が彼を手放す訳がなかった。彼が人類にとって有意義である事を証明しなければならず、急遽一ヵ月後に壁外調査が行われる事となり、その未知なる力―巨人の力の抑止力となる新たな班が結成される事となった。
選ばれたのは、討伐数・討伐補佐数共に申し分ない実力と精神力を兼ね備えた猛者。…そして、自分の良く知る仲間達。
「エルド・ジン、グンタ・シュルツ、オルオ・ボザド、ペトラ・ラル。君達四名を本日より特別作戦班として任命する」
エルドとグンタはかなり神妙な面持ちだが、ペトラは自分がいるからか変わらずニコニコと、そしてオルオは嬉しさを前面に表したそうにウズウズとしていた。今まで特定の班をもたなかったリヴァイが初めて結成したそれに選ばれるということはそれなりの精鋭として認められたという事であって、オルオにとってはこの上ない喜びである事は間違いないだろう。…この後自慢げにそれを自分に語るオルオが目に浮かぶ。
「明日から君達にはエレンと共に旧調査兵団本部で待機してもらう事となる」
「…旧調査兵団本部、ですか」
「そうだ。不確定要素の多い彼をこの兵舎に置いておくわけにはいかないからな」
「……」
「エレンの巨人化能力の解析・評価試験、そして彼の監視と称する護衛が君達の主な任務だ。その場の指揮権は全てリヴァイに任せてある。彼の指示に従ってくれ」
"巨人化"の言葉が出た途端彼らの目が変わったのをルピは見逃さなかった。ニコニコしていたペトラも、ウズウズしていたオルオも、表情が少し強張っていく。
調査兵団にとってエレンが必要だと断言したエルヴィンだが、兵全てがそれを享受しているワケではない事をルピは知っている。…そう、それは自分の時と同じ。ましてや人類の存在を脅かすそれが壁内に―しかも己らの兵団に属するとなったと言われてはいそうですかと、いくら巨人に何度も遭遇している調査兵団であってもそう簡単に肯定出来はしないだろう。
自分は一切エレンをそういう対象としては見ていないが、彼らの顔に懐疑が生まれてもそれは仕方の得ない事だとルピは思っている。寧ろそれが普通の反応で、自分が彼らと違って当然だという事も理解しているつもりだった。
あの時、憲兵達の目を見た時から感じていた。いや、悟ったのかもしれない。
…自分は、どちらかといえばエレン側の"人間"であるということを。
「次の壁外調査で我々は功績を残さねばならない。…詳しい作戦内容については、後日改めて説明する。今はエレンの方に尽力してくれ」
「「はっ!」」
そうしてエレンに班員を紹介する為、彼らにエレンを紹介する為、リヴァイと共に彼らは団長室を去って行った。
「…ルピ。君はリヴァイ班ではないが、いろいろと協力してやってくれないか」
「はい」
「エレンも顔見知りがいた方が馴染み易いだろうからな」
それにリヴァイの歯止め役もな。エルヴィンは笑っていた。彼は本当にエレンを殺しかねないからなんて言うそれは冗談か本気かは定かではない。
「…エルヴィンさんは、エレンが巨人でも怖くないですか」
懐が深いというか、何というか。エルヴィンは全ての事象をすんなりと受け入れる人だと今更ながらルピは思う。自分の時も特にそうだった。動じない、疑わない。全てを人とは逆の発想で捉えるのが彼の団長としてのあるべき姿なのかもしれないが、…彼の中に既にそれらが"非"でないという何か確定的要素があるのかもしれない。
彼が何かを隠している。それを悟ってからしかしルピはエルヴィンにそれを問いただすような事はしてこなかった。言わないなりの理由があるのか大したことではないからか、それが彼の"非情さ"か"優しさ"かも分からないけれど。団長という立場にある以上自分たちより遥かに多くの事を考えているのは間違いなくて、だからこそ何かをいち早く把握しそれが"善"であることも分かっているからそういう反応が出来るのではないか、なんて。
「……ルピ、君もそうだろう?」
エルヴィンは次に使うであろう作戦の図面を描き始めていて、ルピに顔も向けずしかし嬉しそうにそう言った。
否。聞かなかったのは、聞いたって答えてはくれぬだろうと、自分で見つけるべき真実なのかもしれないと思い込んでいた節もある。
…そんな時の、この事態。しかしそれはルピに気づかせてくれたのだった。自分はこの壁の中の事も外の事も何も知らない、まだまだ無知な存在であることを。
…己を知るにはまず、この壁内の事を知らなければ始まらないのだと。
「…一つ、聞いてもいいですか」
「なんだい」
「ずっと気になっていた事があります」
人類の壁が破壊された。五年前と同じように。五年前のその日何か特別な事があったのかどうかは知らない。何の変哲もない日常にそれが突然現れるんだと思い知らされただけで、気に留めるところではないのかもしれない。
…けれども、それならば本当にいつでも良かったはずだ。明日でも、壁外調査に出る前日でも、いつでも。
「…どうして、あの日だったのでしょう」
シャッ。歯切れよく響いた音が止まり、エルヴィンがようやくルピの方へと顔を向ける。
超大型巨人や鎧の巨人には知恵がある。壁の一番脆い所を崩せばいいと考えられるならば、何か他のところでもその知恵を絞ったのではないかとルピは考えていた。彼らにとって何か都合の良い事がその日、あったのではないかと。
五年前と同じで、調査兵団が壁外調査に出ていた。…且つ、その日。その場所で行われていた特別なことがある。
――トロスト区襲撃想定訓練が
「…ただの、偶然でしょうか」
「……」
ルピは鼻も耳もいい。何より勘もすぐれているが、…エルヴィンは彼女がそれについて追求してくるなど考えてもいなくて酷く驚かされていた。
今までただ言われた事に従って人類の為に尽力してきた彼女に現れた、変化。この壁内に住む者としての意見か、調査兵団としての巨人に対する疑問か、はたまたただの興味心かは定かではないけれど。
「…その答え合わせは、後日行うとしようか」
エルヴィンはまた嬉しそうに笑って、視線を図面へと戻していた。