06




翌日、早朝。ルピはリヴァイ班と共に旧調査兵団本部へと向かっていた。


「こんなに壁と川から離れたところにある本部なんてな、調査兵団には無用の長物だった――」


快晴の下、街中の喧騒からだんだん離れ静かな環境に入る中。その場に響くは馬の蹄が刻むリズムの良い音と、エレンの隣でいろいろな事を語りまくっているオルオの声。

念願の調査兵団に入って早々リヴァイ班に属する事となるなんてきっとゲルガーやトーマ、そしてオルオから言わせればこの上ない幸せに値するのだろうが、今のエレンにとってそれは恐れ多いものでしかないのだろう。眺めるその背中がかなり強張っているようにルピには見えた。
抑止力。それがどういう意味なのかルピは理解していないわけではないし、きっとエレンも分かっているのだろうと思う。何かあればそれ相応の対処を行うのがこの班の使命でもあり、その命が彼らの手に握られていると言っても過言ではない事を。


「まだ志だけは高かった、結成当初の話だ」


とはいえ、ペラペラとエレンに話し続けるオルオは怱々たるメンバーに囲まれて緊張気味なエレンの肩を解そうとしているのだろうか。意外と面倒見がいいのかもしれないと、いいとこあるなと感心していると隣にいるペトラがボソリと「先輩風を吹かせたいだけだ」と言った。…確かに、それもいなめない。


「しかし…このでかいお飾りがお前を囲っておくには最適な物件になるとはな」


自身がその場所を訪れるのは果たしていつぶりだろうかと、オルオの言葉で思い起こされるそれはまだ記憶に新しい。
その場に行く目的、その場で行うことはモノは違えどまるで己の模倣だなんてリヴァイが出発前に言っていたのを思い出し、チラリと右隣に目を向ければ彼はエレンを見…いやずっと睨んでいた。彼はエルヴィンと同じでエレンを敵視していないと思っていたがそうでもないのかもしれないと、…そうする理由がそれ以外にあることを知る由も無く。


「調子乗るなよ新兵…巨人か何だか知らんがお前のような小便臭いガキにリヴァイ兵長が付きっきりになるなぼっ――!!」

「っ!?」


…あぁ、噛んだ。と最早恒例行事のようなオルオのそれに今や自分は冷静だが、どうしたもんかとおどおどしているエレンを見れば、自然と重なるは昔の影。頭に蘇るその光景はあれから随分な時が経ったのだとしみじみ感じさせてくれて、オルオも立派な先輩となったのだな、なんて。
自分がエレン側の人間であると気づいてから、同じ境遇にあるエレンに親近感が湧きつつあるのをルピは感じていた。周りを今先輩に囲まれている彼は、そう、昔の自分と同じ。


「……」


自分の辿ってきた軌跡を今度は彼が辿って行くのかも、なんて。その二つの翼に笑みを乗せながら、ルピは木漏れ日の隙間から覗く青い空を見上げた。


 ===


「――乗馬中にべらべら喋ってれば舌も噛むよ」


そうして古城に付いたリヴァイ班。エルドとグンタが古城の中を見回りに行く中ルピはエレンと共に馬の世話をしており、オルオはその血まみれとなった口元を井戸水に洗われていて、その隣に立つペトラの顔には最早呆れしかない。


「…最初が肝心だ」


めげずにしれッとそう言う彼の真意はルピには分からなかったが、自分の時もそれでかなりオルオという人物が印象付けられた為、そういう意味ではファーストインパクトは申し分ないと言えるのだろうが。


「…あの新兵ビビっていやがったぜ」

「オルオがあんまりマヌケだからびっくりしたんだと思うよ」

「…何にせよ俺の思惑通りだな」


いつになく低い声で、低いテンションで話すオルオ。どうしたのか今回は盛大に舌を噛みすぎたのかと思っていると「昔はそんな喋り方じゃなかったよね」とペトラは言い、そうしてまた大きく溜息をついていた。


「リヴァイ兵長のマネしているつもりだろうけど、ホントやめて。…言ってやってよルピ、まったく共通点とか感じられないって」

「フッ…俺を束縛するつもりかペトラ?俺の女房を気取るにはまだ必要な手順をこなしてないぜ?」

「…女房?女房って何ですか?」

「嫁だよ、ルピ。まったくペトラは――」

「兵長に指名されたからって浮かれすぎじゃない?…舌噛み切って死ねばよかったのに」

「…戦友へ向ける冗談にしては笑えないな…」


いつもなら「うぉぉいペトラぁぁ」と盛大に声を張り上げるクセに、オルオは懲りずにその喋り方(リヴァイのマネ)を続けるつもりのようである。後輩が出来ると人は変わるというのはいなめないけれど、彼はそうして冷静沈着で何事にも動じない…そう、リヴァイの猫を被ろうとしているということだ。
彼に憧れ最初はその髪型、次は服装、そして喋り方。お次は何かと考えるよりもそうしてオルオがリヴァイのようになっていくと思ったら…何だかちょっと嫌な気もして。


「…私は前のオルオの方が好きですよ?」


サラリとそう言えばペトラもオルオも呆気にとられたような顔を向けてきたが、直後クスリとペトラが笑う。


「…だって、オルオ。諦めたらどう?」

「フッ…ルピも俺に嫉妬か…モテる男はツライぜ」

「「…………」」


あぁ、もう何を言っても無駄のようだと、ペトラが手でここから去ろうと合図する。「いいんですか」とまたおどおどとしているエレンを連れて、ルピは少し楽しそうにその場を去った。



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