07




それからルピ達はリヴァイの命により、古城の中も外も徹底的に清掃していた。

本部として使われていただけあって中はとても広く掃除にはかなり時間がかかると懸念されたが、誰も文句を言わずに黙々と作業を続けている。それはリヴァイの命であるというのが第一だが、彼がかなりの潔癖だという事を知っているからである。


「終わりました、リヴァイさん」

「……上出来だ、ルピ。お前も掃除が上手くなったな」


今迄ずっと彼の部屋で過ごしてきたルピは勿論、どこをどう掃除すれば効率よく且つ完璧に仕上げられリヴァイの御眼鏡に適えるかを熟知している。彼の潔癖な性格がルピにも伝染しているようで以前ハンジが「嫌な所が似てしまった」と嘆いていたが、リヴァイのお供が務まるのはもうルピしかいないなと、…どこか嬉しそうにエルヴィンが言っていたのは一体いつの頃だっただろうか。


「――上の階の清掃、完了しました」


そこへ、エレンが顔を出す。この場に来て第一の任務が清掃(しかもかなり入念)だなんて彼は思ってもいなかっただろうが、口元を三角巾で覆うその姿はなかなか様になっているとルピは思う。


「…オレはこの施設のどこで寝るべきでしょうか?」

「お前の部屋は地下室だ」

「「…!」」


考える間もなくそう即答したリヴァイに反応したのはエレンだけでは無い。「また地下ですか」と言うエレンの顔に浮かぶそれがルピにはよく分かった。光の当たらない薄暗い場所に隔離されるという事は、自身が"普通でない"という証を嫌でも教えてくれるから。


「当然だ…お前は自分自身を掌握できていない。お前が寝ボケて巨人になったとして、そこが地下ならその場で拘束できるからな」


それが彼の身柄を手にする際に提示された条件の一つで守るべきルールだと言うリヴァイの顔に慈悲は無い。…分かっている。全てが最善策として練られた案であって、それがエレンの為でもある事。
そうは言っても、自分の時とはかなり異なる処遇だとも思う。自分は獣であってエレンは巨人。その格がはるかに違う事、ましてやそれが公になっていない事で生まれる差異はかなり大きいが、…でも、己とエレンとで調査兵団にとってそう"何"が異なるのかがルピは一人図り切れずにいる。

そうしてエレンが掃除した部屋を見てくると言ってその場を去って行くリヴァイの背を彼はずっと目で追っていて、ルピはその横顔を眺めていた、その時。


「――失望したって顔だね、エレン」

「っ、はい!?」


そこへ現れたのは、ペトラだった。


「…珍しい反応じゃないよ、世間の言うような完全無欠の英雄には見えないでしょ?現物のリヴァイ兵長は」


思いの外小柄で神経質で粗暴で近寄りがたい。誰もが最初に抱く彼の印象。ペトラも実際そうだった。


「いえ…オレが意外だと思ったのは…上の取り決めに対する従順な姿勢にです」

「強力な実力者だから序列や型にはまらないような人だと?」

「はい…誰の指図も意に介さない人だと…」

「私も詳しくは知らないけど…以前はそのイメージに近い人だったのかもね。リヴァイ兵長は調査兵団に入る前…都の地下街で有名なゴロツキだったって聞いたわ。そして何があったか知らないけどエルヴィン団長の元に下る形で調査兵団に連れてこられたって」

「団長に…?!」

「私よりもルピの方が詳しいんじゃない?」


ねぇルピ。とそこで話をふられたが、ルピがその話を今この場で初めて聞いたと言えばペトラに物凄く驚いた顔を向けられた。

そう言えば、自分はリヴァイという人と成りについて殆ど知らないと思う。彼から直接そう言った事を聞いた事がなく、聞いたとしても全て間接的だ。
彼に興味が無いのかと聞かれれば、そういう事でもない。ウォルカの件の時にはそりゃ知りたいと思った事だってある。…でも、何か違う。知らなければならないという意思が無いのかもしれない。今のリヴァイが自分にとってリヴァイという人であって、それが全てで、そんな彼を、


「――!リヴァイさんが戻ってきます」

「「!!」」


思考がその足音に持っていかれ、そう口にすればペトラは即座に掃除をしていましたという風にせっせと箒を動かし始め、エレンは何故かそのまま突っ立っていて、


「オイ…エレン」

「は…はい!!」

「全然なってない。全てやり直せ」

「えっ、…あ、はい…!!」


この部屋を出て行った時とはまるで違う鬼の形相。エレンはエレンで真面目に掃除をしたと思うが、最初からリヴァイの御眼鏡に適うなんて至難の業。何だかエレンが不憫で自分も手伝うと言ってルピがその背中を追おうとした矢先。
「待て」の一言が、冷たく飛んできた。


「…お前は外のエルドを手伝って来い」

「?…分かりました」


その後でペトラと顔を見合わせる。エレンの掃除の仕方がやたら気に喰わなかったから機嫌が悪いのだろうかと、…その時ルピはその程度にしか思っていなかった。



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