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「…………あの、」

「なんだ」

「……ちょうさへいだんって、何ですか」


その後一番に開口した自分の言葉に皆がポカンとした表情をし、見張りだけが信じられないないという顔を向けてくる。一瞬静まり返った部屋でしかし金髪の男の人は、


「…そうだね、まずは我々について話そうか」


そう言って、優しく微笑んでくれた。




「――この壁内は兵団という内外の治安と軍事を担う組織がある」


それは憲兵団・駐屯兵団・調査兵団という三つに分類され、憲兵団は壁内での警察業務と王の近衛兵を、駐屯兵団は壁の守備と強化および壁内地域の防衛を担っている。


「その中で我々調査兵団は唯一、壁外に遠征する組織なんだ」

「分かりやすくいえば壁の外側を探検してるってことだね」

「……だから"壁の外側"でお前に遭遇した。わかるな?」


ルピはコクリと頷いた。


「我々の目的は、ほんの三ヶ月前までは壁の外の探索活動が中心だった」


そうして巨人の討伐、及び生態調査を行っている。巨人に自ら立ち向かっていく唯一の集団である調査兵団は、人類の英知の結晶と言われていた。


「しかし今は、巨人達からウォール・マリアを奪還することに目的を置こうとしている」


言葉にすれば簡単のようでしかし、実際は至極困難なものと想定されている。その為には多大な物資と命が必要になるからだ。

最近ではリヴァイの活躍、そしてエルヴィンの作戦のお陰で壁外調査での死傷者の数は以前と比べてかなり減少したが、それでも毎回三割程度はその命を人類の為に捧げていた。


「それは雲を掴む様な話だとずっと言われてきた」


捧げているというよりも、巨人によって奪われると言った方が正しいのかもしれない。人類の何倍もの大きさの彼らに対して人間は非力だった。彼らに見つかり、捕まったら最後。いくら高い戦闘能力を持っていようが大人数でかかろうが、犠牲なくして彼らに勝つことは不可能。それくらい、力の差は歴然としていた。


「…しかし、ルピ」


原因はいろいろある。巨人の生態について明確に人間が把握していない事。人間はその狭い視野でしか彼らを捉えることが出来ない事。大型ならば多少遠くても位置を把握できるが、小型はそうではない。建物などの障害物は死角となり、瞬時に対応することが難しくなる。奇行種なら尚更だ。


「君の力があれば、マリア奪還はそう遠い夢ではなくなるかもしれない」

「…!」


遠くにいる巨人の位置、そして数までを早期に把握できるのだとしたら。壁外調査はよりスムーズに行え、少人数で行える可能性だってある。もしかしたら一匹も遭遇せずに目的地に辿りつく事だって可能かもしれない。お姉さんはそう、嬉しそうに話していた。


「ミケ同様、鼻も利くようだしな」

「君のその能力は、人類にとって賜物なんだ」

「…………」


一通り話を真剣にルピは聞いていたが、全てを理解したとは誰しもが思ってはいなかった。彼女の脳内は今混乱している。…しかしそれが逆に彼らにとっては好都合なのだが。


「……あの、」


自分のこの耳と鼻が人類の役に立つなんて、思ってもいなかったし考えたこともなかった。あまり実感がないのはまだそれを自分自身で証明することが出来ていないからだろう。

荷が重い話だとか、嫌だとか、そんな考えは浮かんではこなかった。寧ろ、少し嬉しかった。こんな風に自分と接してくれる人が今までいなかったから。自分を受け入れてくれることがこんなに嬉しいなんて、知らなかった。
…しかし、


「……ファルクとルティルには、もう会えない…ということですか?」


ルピの心残りは寧ろそれだけだと言っていい。約束を破って自分はあの地下から出てしまった事は何よりの後悔であって、もしかしたら今この瞬間にも彼らがそこへ戻ってきているのではないかなんて。そして、必死に自分を探しているんじゃないかって、


「……テメェ、今までの話ちゃんと聞いてなかったのか?」

「、?」


会いたくて、寂しくて、彼らの温もりが恋しくて、


「お前だけがあの場所に残された意味がまだわかんねぇのか」

「…リヴァイ、」


彼らは自分にとって唯一の存在で、そしてこれからもずっと、


「お前は、その家族に捨てられたんだ」


――この世界は、残酷だ



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